障害を越える為に……
一昼夜の眠りは本当に必要だったらしい。 私の体内保留魔力の回復は驚くほど速かった。 下着を着ていてこれなのだから、もし、念の為の下着を脱がされて居たら、それこそ魔力多過症の症状が出ただろうな。 結果、早期帰還を選ばなくてはならなかっただろうと推測できる。何はともあれ、皆が無事で『探索行』が続行できるのだ。それに、本来の目的をまだ達成していない。
――― あの大地の裂け目を渡る術を完成させねばならない。
危機的な魔力枯渇状態は脱した。衛生兵長の的確な投薬と、神官としての「癒しの奇跡」を願い、賜り、そして、私に施してくれたことで、私は劇的に回復した。まるで誰かに試され、その試しにおいて使ったモノを全て返却された…… とも言えるくらいの回復であった。目覚めは爽やかで充実し、満ち足りていた。
危険な状態ではあったが、優秀な衛生兵長が私を看護、治療しているという事で、探索隊は回復する事を信じ、当初の計画通りに行動を開始していた。猟兵長、輜重長は、配下の兵たちの内半分を工兵と化し、運搬を考慮に入れていない資材の収集に投入した。
あぁ、つまり水を引き入れている水路横に穿った『保守用の隧道』を駆け上がり、破断部周辺の『魔の森』の木々を伐採したのだと云う。その材料を、破断部上部から降ろし、バルコニー状になっている部分に備蓄。これをもって、必要な施設の資材と成した。多くは何かしらの架台や、壁、床などを作成する。
また、持ってきた例の弩の組み上げも並行して行い、射手長により試射も行ったと報告を受けた。予備としてもう一台分が有るが、それも同時に組み立てたとの事。猟兵長が強く推したらしい。
「いや、万が一の為の方策です。アレは強力です。攻城兵器並みに衝撃力が有る。最終隔壁の向こう側も安地に出来れば、大地の裂け目の向こう側への発出点として、申し分ないと思いましてね」
「確かに、そうだな。 それで、対大型、飛行型の魔物魔獣への対策として弩を使うと?」
「あれならば、多少致命部から離れても、掠るだけで堕ちますから」
「立地から考えて、飛行型への対抗という事…… か。道理だな。それに関して何か必要な物は有るだろうか」
「ありますよ、大有りです。まず架台。弩を強固に固定しては、追従できませんし、やわな架台では反動でひどい事になります。それと、防御壁。万が一突入された場合、この場所に降りられたら、どうしようも有りませんしね。ならば、先端の腰壁を強化する事が望まれます」
「そうか。 前回の探索行では転落防止用に腰壁を作っただけだからな。 強化して防壁と成すことも必要か」
「射角を考えてください。まぁ、射手長にお聞きになればどのくらいの間隙が必要かは即答してくれるでしょうね」
「そうか。……そうだな。……わかった」
安地、仮拠点。 何と呼ぶかは、その認識次第だが、背後を気にせず野営が出来る場所は、この『魔の森』中層域に於いては、宝玉よりも尊く手に入れ難いものだ。強化に努めるのは、『探索行』の成果を上げる為には重要な事柄でもある。よって、それは成さねばならない。「我が佳き人」は、バルコニーとなっている場所に、立哨に立ち断崖の方向に鋭い視線を向けていた。
「射手長として、意見を聴きたい」
「はい、指揮官殿」
「猟兵長から、この場の強化を求められた。 輜重隊が無理を重ねて運搬した弩を使用したいと云う。城塞の防壁の様な物を、この腰壁周囲に設置したいと。どう思う?」
「当然の事でしょう。小官も同意見です。弩の射界を得る為には、矢倉と同じ程の間隙が必要ですが、その他の場所は『砦』の外壁程の厚みと強度を持つ『壁』が必要かと愚考します」
「なるほど…… 間隙の大きさの指定は出来るか?」
「ある程度ならば。 現在、弩が座っているのは、簡易的に組上げた架台です。とても強い威力を持つ弩の反動を受けきれません。試射は終わっておりますが、照準が発射の度にズレます。修正には、多くの時間と人員が必要であります。よって、弩の架台の強化を図らねば、効果的な運用は不可能と愚考します」
「分かった。旋回機能も含め、架台を構築する。 擁壁に付いてはどうか」
「砦の外壁…… は、欲しくあります。魔鳥の襲撃にも、アレは耐えうると愚考します。外壁部外側には突起物は、極力ない方が宜しいかと。足掛かり無くば、大型で重い鳥類の魔物は取りつけません」
「理解した。 先ずは、弩の架台。 その後、擁壁を立ち上げる」
「宜しいかと。 あっ、あと、輜重長より、解放空間の右端より反対側の壁までの四分の一は、腰壁の撤去を願われております」
「あぁ…… 事前に協議したアレの設置場所か。 理解した。そのように。 私も作業に参加する。錬金術士が作業に参加すれば、君の要望もきっと叶うからな」
「はい! あっ、いえ、え、えっと……」
「良いのだよ、『我が佳き人』。 君の具申は、善きモノであった。 ならば、具現化するまで。 立哨、頼んだ」
「はい、了解しました!」
その後は輜重長と諮り、問題となる点の改修にかかる。架台は当初想定したよりも脆弱で、弩の照準に支障を来たし、腰壁では外からの脅威には対抗できない。初級では有るが豊富な魔力持ちの私の土魔法を以て、兵達が欲する物を作り上げていく。そう、私は錬金術式を使える特異点なのだからな。
輜重隊が内、土魔法を使える兵達を集めた。
彼等にも気張って貰わねばならない。まずは、弩の架台。 私も含めた六名の土魔法を発動出来る者達を集め、隧道の壁を少々壊し、壁面を構成する資材と土砂を手に入れた。壁面には、幾つもの成分不明の横架材が張り巡らされているのは知って居た。
錬金術式を用いて、それを四枚の円盤状に成型する。
『砦』にて、細々としたモノを作るより、よっぽど楽な作業では有ったが、周囲の兵達は驚きに口を開けていた。
……そんなに、珍しい事なのか? あぁ、そう云えば、魔法学院錬金塔の研究室の一角で、朋が呆れ果てたように口にしていたな…… 誰が非常識だって? 貴様の方が余程、非常識ではないか。 苦言もしてくれたな…… たしか……
” 貴様の普通は、常人の非常識だと思え。 まったくッ なッ!! 貴様の「工人」が『技巧』は、希少なモノでは無いが、そこまで高めた事は賞賛に値するのだ。誰にも誉められもせず、評価もされないが、黙々と自己の能力を高める努力を怠らぬ貴様の心根は、実に驚嘆に値するものだ。 心せよ、その力振るう時、気心知れた者以外の前で振るうな。有象無象が貴様を骨の髄までしゃぶりに来るぞッ!! ”
だったか。
善き魔法学院での研鑽の日々を思い出しつつ。
……私は、解法の一つを作り上げた。
本日、情報公開となりました。
重々版決定です。 読者様方のお陰です。
本当にありがとうございます。
これに、奢る事無く、頑張って綴っていきますので、どうぞ良しなに。
物語を楽しんで下されば、幸いです。
中の人 拝




