脅威の排除
準備は整えられた。最重要たる腹ごしらえも終わった。装備装具の点検も終わっている。行動開始する時となったのだ。 まずは拠点から踏み出すために、最終隔壁を越えねばならない。 皆を前にして、私は告げる。
「皆との意見交換で、この地を拠点とすることは決まった。しかし、最終隔壁の向こうには魔獣らしき物が潜んでいる事は判明している。観測の結果鳥型の魔物と思われる。隔壁外の窪みに営巣したものと思われる。これを排除し、親鳥や同種の鳥型魔物に対しての防御を成さねばならない。
さらに言えば、断崖のあちら側に渡ることを考えると、隔壁の外側も仮拠点の一部にせねばならない。 今まで抜けてきた隔壁同様に隔壁扉を開け広げると、こちら側に鳥型魔物の侵入も考えられる。安地としてのこの場所の価値が著しく下がることが懸念される。
昨晩、開閉用の魔道具を観察し改編し、既に交換済みだ。
これにより、隔壁扉は、大きく開け放たれることなく、『隙間』並みに開くことが出来るようになった。 がしかし、これだけでは不十分であると考えた。なぜなら、不測の事態において、私が人事不省となった場合、探索隊の皆が著しい危険に晒されることが考えられる。よって、隔壁内に退避する事も考え、私以外にも隔壁扉の開閉が成せるように『鍵』を作成した。これを猟兵長、輜重長、観測長、医療長の四名に保持してもらう」
呻き声の様な漣が隊の間に漏れる。そんなに可笑しなことか? 一晩の成果としてはまぁまぁだな。ちょっと書き換えただけなのだ。構造を理解し、古代魔導術式をパターン認識出来てさえいれば、それほど難しいことは無い。
これにより、隔壁向こう側への侵攻作戦の骨子が決まる。隔壁扉の一連の開閉動作は、開く途中で停止する。一度奥にズレ、そのあと左右に割れる構造になっているが、奥にズレるところで止まる様にした。後は力で必要なだけ隙間を開ける。重くはあるが動かない事も無いからな。
対象となる危険生物は、全部で八匹居るので、射手隊が総出で掛かれば、全てを一度に狙撃も可能だ。よって、四人が並べるほど開くことになった。射撃隊の団列は三段。全力を以て事に当たる。 親鳥の大きさにもよるが、こちらに敵意を向けて突進してきたとしても、大きく開いていない扉で受け止めることになる。 扉の強度は相当に高い。単純だが結果は見えている。殲滅が目的となった。
「準備にかかる。 射手隊と観測兵、猟兵隊は扉前に集合。 他の隊は後方天幕周辺にて待機せよ」
準備は速やかに終了する。既に射手隊の面々は射撃位置についている。観測兵は隔壁扉越しに、敵性魔物の現時点の位置を正確に導き出し、射手たちに伝えていた。先程、輜重長には、『蓄魔池』と『鍵』の魔道具は渡した。
輜重長は『鍵』を持ち、腰にぶら下げている大型の『蓄魔池』に接続する。それを確認した後、彼はそっと金属板に手を乗せた。魔道具から私の練った魔力が吸い取られていき、起動準備が終了したのが見えた。 よし、機能した。 輜重長は大きく目を見開いて、事の成り行きを見続けているが、すべきことは忘れていないようだ。
「開門」
輜重長が、囁くように、試すように、そう口にする。隔壁扉はその命に従い開閉動作を始める。滑らかな隔壁にピシリと裂け目が生じ、滑る様に隔壁の向こう側にズレる。本来ならばここから大きく横にズレ、大きな通路が現れるのだが、そこで止まる。そう、これが改編した回路の動きだ。遅滞なく猟兵隊が扉に取り付き、力を合わせ徐々に中央から左右に扉を押し開ける。
扉の間隙から、十分な射界を得た射手達と、扉向こう側にある魔物の反応である赤点を観測していた観測兵たちは、猟兵隊に対し停止を【念話】で送る。 そう、一言だけ “停止” と。
直接照準が可能となり、各射手達が息を合わせ、一斉射撃に移る。ため息の様な発射音がほぼ同時に聞こえ、そして、断末魔の叫びもなく巨大な魔鳥が、糸の切れた操り人形の様に倒れこむ。
その間、数瞬。
一方的蹂躙といえる戦闘は、それだけで終焉を迎える。しかし、親鳥の片割れが残っている筈だ。巣を作っているのだから、番がいて間違いは無い。親鳥は一羽だけだった。よって、番が存在する事は念頭に入れねばならない。
それに魔鳥の躯から流れる血の匂いに、他の肉食魔物魔獣が誘引される可能性もある。処理は速やかに行わなければならない。 猟兵隊の面々は、親鳥であろう、最大の個体を残し、他の小型の個体を次々と目の前の断崖に落としていった。
最大の大きさの鳥は、最終隔壁内に引きずり込み、簡易櫓を立て、血抜きを行う。冷却系の魔道具を巨体のあちこちに貼り付け、起動させていく。床面には幾つかの穴が開いており、下部の水路に直接落ちているからこその処理方法でもあった。
周囲に土嚢を積み、聖水により、どんどんと血を流していく。 釣り上げた巨鳥の足首を深く切ると、首に入れた傷から勢いよく血液が噴き出す。 周囲に飛び散らぬ様に、『聖水』を噴出する魔道具は、次々と仕掛けられ順次発動された。
「今夜は鳥肉料理となりましょうな」
「頼む。うまい夕餉は士気にかかわるのだ。その腕を振るってくれ」
「承知。 では、解体に掛かりましょうか」
炊事係りは、我が意を得たりと笑い、支給品のナイフを持ち吊り下げられた巨鳥の下に行く。炊事係り全員が同じような顔をして群がる姿は、まぁ、お世辞にも平和な情景とは言えないが、これも旨い飯の為だ。
糧秣を倹約して消費するのは、輜重の関係者ならば常道ともいえる。特に『魔の森』で長期間行動する遊撃部隊ならば、魔物魔獣の排除と解体は軍事行動として規定されているが、その際手に入れた『肉塊』は、作戦中の遊撃部隊内で消費されることが多いのだ。
滋養に富み、熱量がある肉食は、過酷な任務に就く者達には人気の食事でもある。塩味と香りの強い岩塩で味付けされた魔物肉は彼らの士気を旺盛にするのだ。解体に必要な技巧を持つ兵が、大切に扱われるのはそれが理由でもある。既に巨鳥に取り付いた。あとは彼らに任せよう。
一旦引いた猟兵隊。 その指揮官である猟兵長が、私の前に来て報告を上げる。
「外に居た成獣1、幼獣7は、これを排除完了。脅威は今のところ有りません。が、奴らは『営巣』していたと考えられます。 扉向こうの破断場所の一角に、『木の枝』を主材料とした『巣』が確認できました。また、幼獣は羽が生えそろい始め、飛び立つ直前であったかと。 こりゃ、親鳥が来ますね」
「巣立ち後ならば空き家が有るだけだったと思うか?それともここを根城にするような習性が有るか、習性により脅威度は変わる。どうか」
「よき狩場ならば、数個体がここを根城にするやもしれません。 この鳥は見た事が無いので、何とも言えませんが…… 射手長に聞けば何かわかるかもしれません」
「ん? あぁ、そうか。 彼女は良き狩人でもあるのだからな。分かった尋ねてみる」
そうだった、我が「佳き人」は魔物魔獣に関して、かなりの知見をもっているのだ。ご尊父が良き狩人であり、その薫陶を十分に受けていたのだ。『冒険者ギルド』の魔物大全よりも詳細な魔物魔獣の知識を持ち合わせているのだった。失念するところだった。
また、此れだ。 私は何かをよく忘れる。部下がそれを補う様に、様々な「進言」を私に呈してくれる。指揮官としてこれではダメだとは思うのだが、何故か何時も起こってしまう。爺…… 貴方の存在が懐かしく思うよ。兵達に無様を見せる前に、色々と忠告してくれた「古兵」たる爺の存在が、如何に大きかったか、今更ながらに思い起こされる。
だが、立ち止まってはいられない。 私にも爺と同じく本懐があるのだ。 爺とあの饗宴の場所で酒を酌み交わしながら、自分の未熟さを語り合いたくも思うのだ。 ならば、するべき事は一つ。 未熟であっても、愚かでは無い事を証するのみ。
現状、最善と云うべき事ならば……
未だ、狙撃点で引き続き警戒に努めている、我が「 佳き人 」に助力を乞う事なのだ。




