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障害の除去の試み



 ――― 寝床は簡易の寝床。



 組立式の軽金属の骨組みに布を張ったもの。人一人が眠るにも少々きついが、床で寝袋に包まるよりも遥かにマシではある。二台の寝床が並べられ、上に毛皮が敷かれていた。 広さを確保する為だろうとは思ったが、それよりも目を引くモノがある。


 私の眠る場所を護り、隣に立っている人影がそれだ。私が眠る間、私を護る為の護衛として。


 いや、皆の配慮ともいえる。 護衛としてでは無く、私の佳き人()としての立場を慮っているということだった。彼女は控えめに言葉を紡ぐ。配慮を知ってのことだとは思うが、それも本意ではないのだと、言外に私に伝える。



「お帰りなさい、司令官殿」


「う、うん。 ただいま」


「眠ってください。 責任ある者は、その体調も万全でなくてはなりません」


「苦言は耳に痛いな。 分かった」


「いえ、差し出がましい事でした。済みません。……如何されました?」


「いや、没頭すると寝食を忘れるのだよ、私は。爺にもその事について、よく怒られた。その役目を君が、負ってくれる。それが、私は嬉しいのだ。 ……箴言はもっともだ。 では、君の助言に従い眠るとする」


「立哨に付きます」



 穏やかな声で彼女はそう私に告げる。皆の配慮は彼女自身が拒絶する。そう云う人なのだ、我が『佳き人』は。決して作戦中に同衾するような真似はしない。幾許かでも危険が有れば、まして此処は『魔の森』中層域なのだ。周辺に気を配り、安全を確保する事が彼女の兵としての使命でもある。だが、皆の配慮も考慮に入れるならば、それは良い判断とは言えない。だから彼女に対し言葉を紡ぐ。ただ、傍にいてほしいと、願いを込めながら。



「その必要は無いよ。既に猟兵長が手配済みだ。君も休みなさい」


「…はい。……では、休ませていただきます。」



 そう云うと、床に座して『銃』を肩に掛け半目になる。 すぐ横に(メティア)を手の届くところに置く。 有能で精鋭たる兵にして、熟達の狩人である彼女の野営での就寝姿でもある。何時いかなる時にも万全を期す姿ともいえる。装備を固定している革帯が幾許か緩められているのが、彼女にしてみれば『ゆっくり』しているのだという。そんな彼女の行動は……


 ――― もう慣れた。


 戦地にて横になれる事は贅沢の極みであるのも知っている。そして隊の皆は全力で、その状態を出来る限り私に供してくれる。有難い事でもある。穿った見方ではるが、指揮官が正常な判断を下せるように万全を期すのは、自身の生存戦略ともいえる。寝不足でフラフラの、ぼけた頭の指揮官がまともな判断を下せるわけもなく、死地に飛び込むような命令を下す可能性が高いのだ。


 私は私の責務として横になり眠る。その事で隊の皆の安全が担保されるのであれば、甘んじてこの厚遇を受けねばならない。そう、私は兵では無く指揮官なのだから。


 ――― 本当は、皆と同じが良いとは思うのだが、そうも行かないらしい。


 折り合いをつけ、寝床に横になる。装具の革帯を少々緩め、戦闘靴(ブーツ)の紐も少々緩め『ゆっくり』横になる。睡魔はすぐ其処にあり、私をとらえて離さない。かすかに薫る彼女の甘やかな香りを感じつつ、私は眠りに落ちていった。守るべき対象に守られるという、なんとも言えない状況に胸の内が苦しくなろうとも、指揮官たる自身の責務と諦めて……



 ———— ☆ ――――



 目覚めは爽快だった。彼女の姿は既に天幕の中には無い。体を起こし装具を点検し緩めた革帯、靴紐を締め上げる。髪を撫でつけ、身嗜みを終える。深く短い眠りは私に活力を与えてくれた。既に朝餉の準備に兵たちは入っている。行動も既に始まっている。輜重隊の皆は工兵達と荷車で持ち込んだ『兵器』の設置手順を確認している。そのあとに続く『設備』の設置も含めてだ。 全てを持ってくるわけにはいかなかったので、周辺の木々を伐採し使用する手立てを付けてもいた。


 観測兵は互いに(メティア)の索敵魔道具と携帯照準器の調整に余念がない。猟兵たちもまた、自身がどこで戦列を組まねばならないような事態となるか分らない為、平時の訓練を実剣も以て成している。あれは、相当に緊張する物なのだがな。炊事兵はそんな者たちの「腹をくちく」する為に、彼らの技巧のすべてをさらけ出してくれている。


 良き香りが周辺にまき散らされると、肚の音がそこかしこから聞こえてくるのはご愛敬でもあった。


 私は大天幕から昨晩準備した物を取り出し、最終隔壁に向かう。すべての準備が終わってから、私が行動するのでは遅いのだ。金属板の周辺に手を降ろし、錬金魔法術式を口にする。手がズブズブと壁面に沈み込む。視線の先は探知系の魔法により、内部構造を見取っていた。


 金属板に接続するいくつかの魔導線が伸びており、それを慎重に金属板から剥がす。 生きている魔力線だけを残し、ほか全ての接続を切断する。金属板を裏側から押し上げ、壁面から浮かす。 周囲を緩めてある事も有り、あっさりと壁面から浮かび上がる。


 魔導線の付いていない方をさらに空隙が出来るまで押し上げると、そこで手を壁から抜く。後は空隙に指を入れ、片開きの扉の様に金属板を開いていく。内部構造は既に確認済みでもある為、生きている魔導線のみが壁の内側と金属板を繋ぐ全てであった。



「指揮官殿は、本当に規格外に御座いますな」


「あぁ、輜重長か。まぁ、必要となれば、私は錬金術師と同じ事が出来るのだよ」


「そのような錬金術師など、聞いた事も有りませんな。壁に手を直接溶け込ませ、内部構造を探る事が出来ると?物体の状態にかかわらず、変形させもせず、熱しもせず、そのように出来る錬金術師などおりませんよ」


「技巧の『工人』がそうさせるのだろうな。特異体質だと思って呉れれば良い。研鑽と鍛錬と朋の協力なくして、このような能力の獲得には至らなかったんだ。すべては皆の協力によるものだ。有難いと素直に思うよ」


「指揮官殿は自己評価が低すぎますな。これ程の能力ならば、王都では引っ張りだことなったでしょうに」


「いや? 数人の朋を作ることで精一杯だったな。妙に絡まれることもなく、興味を持ってくださる人も無く……な。 高位の淑女の方には、何かと云われていたが、アレは注意だ。元婚約者が無様と不敬を成したが故の説諭だ。まぁ、そんなものだよ、辺境騎士爵家の三男坊に対する貴種貴顕の在り方などはな」


「それは…… 何とも言葉になりませんな」


「別段気にしていない。もとより辺境騎士爵家に偶々生まれた『伯爵級』内包魔力が故の王都での研鑽だ。この辺境の安寧を護るのが私の本懐でもある。なんの問題もないのだよ」


「そう… ですか。なんとも勿体ない話にございますな」


「そうか?」



 生きている魔力線を複線化して、改編した金属板に接続する。 これで隧道本体の古代魔導術式をごまかせる筈だ。後は、対応する接続点に元あった通りに魔力線を接続するだけ。 全ての接続が終わった後、金属板を元の場所に戻し周辺の緩みを除去すれば元通りとなる。 古代魔導術式は改編されているが、隧道本体からすれば変わったと認識もできないだろうな。 これで良し。 私が何か作業をしていると、認識したのか『我が佳き人』も含め、各隊の長がいつの間にか集まっていた。状況を問うには、よき頃合いだろう。



「観測長、最終隔壁向こう側にまだ敵性の生物は居るか?」


「はい、居ります。 大型、小型を合わせて… 予測ですが鳥種の魔獣と思われる反応が八個観測できております」


「少々厄介だな。 殲滅しなくてはならないだろう。巣となっていた可能性も高い。天然の洞穴と同じだと言えるからな、この向こう側は。外からは視認されにくく、また捕食者からの防壁にもなるだろう。あちらに居るモノが、巣掛けしている場合、他の成獣の存在も懸念される。輝点の大きさはどうか」


「大1、小7」


「大1? ならば、外に母鳥か父鳥が居る可能性は高い。 まだ雛ならば、飛べずにいるのならば、成獣(親鳥)が飛翔しつつ、こちらをずっと伺っているかも知れんな」


「殲滅戦の用意はしますが、音が大きいと先制の機を逃します。如何しますか?」


「それについては、考えが有る。先に朝餉にしようか。腹が減っては何とやらだ」



 まずは、皆の準備が整うのを待つ。いや自分のもだな。とりあえずは腹ごしらえをしなくてはならない。空腹では、兵達も辛かろう。 規則正しく、よく食べ、よく眠り、良く鍛練する事。 それが、精強たる兵を維持する為に、指揮官が一番に考え、成すべき事柄(・・・・・・)なのだからな。


 隔壁際を離れ昨晩座った場所へと向かう。今朝は豆、玉ねぎ、腸詰肉を雑穀と一緒に煮込んだ蕎麦雑炊(ポタージュ=サラシン)。独特の香りと食感は、私は美味しいと思うのだが、嫌う者は多い。腹持ちもよく、風邪をひいたときの定番だと思うのだがな。何人かは明らかに落胆した表情を浮かべては居る。我が「佳き人」は、そこはかとなく笑みさえ浮かべて咀嚼していた。

 彼女も好きなのかもしれないな。嗜好が似通っているのかもしれないのは嬉しい限り。朝餉を終え、食器は片づけられた。ただし野営天幕は残置する。一晩過ごしてみて、この場所は『魔の森』中層域では、これ以上無い安地と判明した。



  よって、ここを仮り拠点とすることが、朝餉の際に各長達と話し合った末に決定した。





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― 新着の感想 ―
あの婚約者のせいで三男坊と縁を持てなかった伯爵は どう思ってるんだろうな?この現状 さすがに魔の森探索やってるのは知らんだろうが
ふと深層の森の「友人」を思い出す。
輜重長も何気に自己評価が低いのがほほえましい。
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