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序: この世界の片隅で。

 



 古エスタルの残滓たる人々は、静かに深く『魔の森』の奥底で、『人』としての営みを持ち続けていた。


 たとえ、文明を失い自分達の暮らすべき場所が、『魔の森』に沈んでいたとしても。





 その村の者達は、人としての外見を失い、『魔力』にその身を変貌させてはいても、『人』としての記憶は受け継いでいた。 何故、そうなってしまったのかの記憶も継承され、当然の報いと受け入れつつ…… 故に、彼等を苛む罪に対し、真っ向から立ち向かわねばならないと。 このまま、森に没し『人』成らざる者に成り果てる事など、許容できるはずも無く、強大な力を持つ者達が互いに切磋琢磨を成した上、罪の元凶たるを封じるために立ち上がる。


 数知れぬ世代を重ね、変容してしまった身体を以てしても、それは難しい事だった。 古来よりの知識は、既に過去のモノとなり、微かな残滓のみが彼等の生活を…… 社会を支える、命の糧となり果てていた。 しかし、それすらも流れ来る濃密な『魔力』の前には無力で在り、開墾した土地も、伐採した樹々も、僅少の時間で元の『魔の森』へと還る。 水盆の様な湖の中州にある、乾いた土地だけが彼等にとっての聖域となり果てた。

 中央に聳える大神殿。 己が罪に許しを請う場所に於いて、年老いた『大神官』と『予見の巫女』が天啓を得た。



 “『罪』に対する長い『償いの時』は満たされた。 征くがよい、全ての元凶たる場所へ。 そこで、新たな知己を得、知見を得るであろう。 『賢き者』、『勇気ある者』、『折れぬ心を持つ者』、『真実を見ても尚、揺れぬ者』。 それら、聖者の心(ブレイブハート)を持つ者を選別し、元凶たる場所へ向え。 引き起こされた『災禍』は、起こした者達によって取り除かれねばならない。 そして、見るのだ、世界の理を。 世界の真実を。


 ――― 時は来たれり。


 元凶を造りし者、元凶により世界に変貌を齎せし者、元凶の災禍により己が身を変貌させたる者、元凶を護らんが為に存在した者、元凶より逃げし者。 全ての者が知恵と知識と知見をもって、元凶を利用せし者の愚かな者達の行為を阻止し、この世界の理に触れ、真実を知り、秩序を取り戻せ。『贖罪の期間』は終わりを迎えた。 我はこの世界に生きとし生ける者の魂の安寧を希求する。


 ――― 我、此処に、『神命』を授ける。 ”



 神の大啓示より、『大神官』と『予見の巫女』は、自分達の形成する社会の指導者たちに(こいねが)う。 神の御意思を遂行できる者を見出して欲しい… と。 体躯頑健だけでは足りぬ。 智謀姦計は云うに及ばず。 翻って、口舌の徒は害悪にすらなる。 指導者たちは、元凶の有る場所は知って居た。 さらに、其処に至る道がいかに厳しいかも熟知していた。


 ――― 故に選抜は峻厳に厳選された。


 頑健な体躯を持つ若き男女が集められ、その資質を厳しく見極められた。 『賢き者』は、魔導を良く知り、既知の魔法を縦横に駆使する、『女性魔導士』。 『勇気ある者』は、巨大な魔獣を前に一歩も引かぬ気概を持つ『剣闘士』。 『折れぬ心を持つ者』は、『魔の森』で取り残された者達を護り、ひたすらに救援の来ることを信じ奮戦した、『盾の戦士』。 『真実を見ても尚、揺れぬ者』は…… 最後まで見出されなかった。

 しかし、神は彼等を見放さない。 真摯に罪を認め、その罪を贖い続けた者達への慈悲は有る日、形を以て顕現する。 中州の安全地帯では無く、湖畔の村のさらに『魔の森』に入った場所にある邑。 その邑の住人は、祖先の罪深さの(しるし)を、その屈強なる体躯に刻まれた者。 『罪の刻印』とも云うべき痣が浮き上がる、筋骨隆々たる体躯を持ち、『魔の森』の中でも暮らせる程に狡猾で、それでも尚、慈悲の心を失わない若者。

 年に一度切り、中州への到来を許された、罪深き一族の末裔。 罪の記憶を、誕生の時から心に刻まれた者は、選抜にさえ呼ばれる事は無かったが、その年に一度の物々交換の日に、天空より光が舞い降り神託が降る。 “この者が、『真実を見ても尚、揺れぬ者』である” と、神が神託を御与えになったのだ。指導者たちは、此れを大いに驚き『大神官』と『予見の巫女』に、神託の意味を問い質す。彼等は異口同音に答えを吟ず。


「神の御意思。 我等が常識を、神が知る筈も無し。 大神殿として、この『禍徴刻まれし者』を、『真実を見ても尚、揺れぬ者』と任じ、聖なる旅路に加える事を求む」


 指導者たちは、困惑したが、大神殿の『神官長』と『予見の巫女』の言葉には抗う事はしなかった。 『忌み邑』の者達は、中州の者達よりも頑健なのは周知の事実。 学も無く、戦士の心得も持たず、されど、体躯頑健である彼は、荷物持ちとしては有効かと、そう認識された。 神に背中を押された若者は、ただ一つの条件を出した後、『聖なる道行』の同行を了承する。



「親父とお袋に…… 伝えておきたい。 道中、俺の邑に寄って呉れれば、いいよ」



 口調は、彼等にとっても思わず呆然とさせるほど。 命を賭した道行に、あまりにも軽い。 深刻な表情を浮かべていた他の選ばれし者も思わず、彼を凝視する。飄々とその視線を受け流し、指導者たちへ素直な言葉が綴られる。 隆々とした体躯、強者の器、なにより、物怖じせぬ態度が妙に指導者の心を掴む。



「神様のお告げなんだろ? そんなに驚く事じゃない。 否が応でも応えねぇと、俺達は森に喰われて死んじまう。 たださぁ、親とか親戚とかには、言っときたいんだ。 あんな場所でも、みんな必死で生きてるんだから、息子の俺が選ばれて行くんだってね。 少しは、罪の記憶が軽くなれば、それが一番だ。 で、どうだい?」



 漢は、其の相貌に似合わぬ、清冽な笑顔を浮かべ、並み居る大人達や指導者に堂々と自身の意見を述べる。 『忌み邑の忌み子』とは、思えぬほどに闊達に、朗らかに笑う漢の表情を見つつ、指導者たちは同道の許可を出す。 コレは神意なのだと。 既に、他三名は決定している。 時は来ているのだ。 速やかに彼等を送り出さねばならない。

 準備が整えられ、大聖堂に置いて『神の恩寵』を与える儀式が行われる。 盛大な『祝賀の儀式』が挙行され、民の期待を一身に背負い『聖なる道行』の一行は船に乗り、中州を出立する。

 朝日が彼等を照らし出し、喩えその道行が険しくとも、彼等がそれを成し遂げるだろうと、そう確信に至る『残った者達』。 小舟に揺られる四名の選ばれし者達の姿が、湖上に小さくなっていく。 その中で一際目立つ『忌み子』の姿。


 ――― 赤銅色の巨躯を誇り、身体に浮き上がる禍々しい『罪の刻印』。 紅い髪が湖上を走る風に靡く。 その間から天を突く漆黒の角。 背に背負うは、幅が異常に広い反りの有る長剣…… いや、鉄塊とも云えた。


 大神官は不思議な安堵を覚える。 船の上で無邪気に『聖なる旅路』を怖れもせず楽しむ姿に、神の真意を知る。 そうで無くてはならない。 『神命』、『使命』の前に、命を謳歌する事。 『魔の森』の脅威に立ち向かう事が、日常に成り果て、共に有ると云う意識が構築されている青年は、真に『真実を見ても尚、揺れぬ者』であり、聖者の心を持つ(ブレイブハート)を持つ者なのだと。



 小舟の上で、真っ直ぐに舳先の先に視線を向ける『忌み子』である彼は、心内で呟いた……






 “ あ~あ。 とうとう、この日が来ちまったか。 生まれる前に、『罪を償え』って言われたもんな。 此れかぁ…… この事かぁ~~ しゃぁない。 あっちの人生じゃぁ、好き勝手に生きて来たんだ…… あんな場所に生まれて来たのが贖罪だと思ってたら、こっちが本命かよ~ まぁ、好き勝手生きた代償の『償い』とやらを喰らうのも、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇしな。 ……けどよ、楽しみでも有るんだよな、これが。 どんな場所なんだろう。 誰と会うんだろう。 そっちの方がワクワクするぜ。 神様とらやら、残念だったな。 コレは、「贖罪」には成らんのよ、俺の性格的になッ ハッハッハッ! ”







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― 新着の感想 ―
聖者の心はブレイブハートではないでしょ。 かっこつけようとして逆にダサくなってると思うけど…
輩(ともがら)が増えるよ! やったね三男ちゃん!
 おやおやおやおや。  なるほどそう来るかw
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