表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/217

幕間 森の騒めき

 

 その知らせは、森の中に展開する北部王国軍に静かに広がった。 通信兵が魔導通信に齧りつき、砦からの通信を固唾を飲んで聞き入っている。 その情景は、通信線の中央から辺縁部へ静かに広がって行った。 


 ― 事情を良く判っていない者

 ― 短文の通信に無限の情景を思い浮かべる者

 ― 辺境王国軍と北部辺境伯家に新たな未来を感じる者。


 当然の事ながら、元遊撃部隊である基幹要員は、その通信文の内容を実に良く理解している。 基幹要員の中でも、北部辺境筆頭騎士爵家に属していた者達は特にだ。 通信兵からの通信文に軒並み色めきだったのは、そう言った者達。 


 『魔の森』浅層域、南端部。 野営地の一つ。 哨戒任務に就いていた一隊。 通信兵の言葉が低く隊長の耳朶に届く。



「発;砦。 宛;元騎士爵家、遊撃部隊、主力部隊、守備部隊の全兵員。 主文;明けの明星は、月の女神を帰還場所と定める。 繰り返す、明けの明星は、月の女神を帰還場所と定める。。

 ……どういう意味なのでしょうか? このような、暗号は暗号集に記載は有りません。 『明けの明星』が、何を意味するのか、『月の女神』が誰を指示すのか、判りません。 『帰還場所と定める』とは?」


「よい、気にするな。 おい、射手。 貴様は同期だったな」


「ハッ! やっとですね」


「知って居る奴は、知って居るな。 ならば、すべき事は理解出来るな」


「白色燐光、爆裂、星玉…… で?」


「やれ」


「了解」



 哨戒部隊、隊長と古株の射手。 互いの視線は、安堵と若干の歓喜が滲んでいる。 周囲の索敵を実施し部隊の安全を確認した後、射手は腰鞄(ポシェット)から、信号弾の入った弾帯を取り出し、弾を選ぶ。 数発の弾丸を短い弾倉に装填し、『銃』の実包の詰まった弾倉を交換する。


 夜の空が見える場所へ向かい、足場を確かめ、天空に向かって銃口を大きく掲げる。 ためらいも無く、引き金を引く古株の射手。 



 ターン ヒィ~~~~ン パ~ン

 ターン ヒュ~~~~ン パラパラパラ

 ターン ヒョ~~~~ン カチカチ カチカチ



 弾丸は鏑弾(かぶらたま)になっている。 深夜の静寂に、信号音が響く。 白色燐光が夜空に花を咲かせ、爆裂弾が周囲の目を引き、星弾が点滅を繰り返しながら光の尾を引く。 満足気に古株の射手は隊長に視線を向ける。

 北部王国軍の運用基準から外れている信号弾種。 その存在を知る者は、古くから北部辺境筆頭騎士爵家遊撃部隊に属した者しかいない。 彼等にとっては待ちに待った歓喜の時でも有った。

 哨戒隊隊長は深い満足を覚え、大きく頷く。 (メティア)から覗く口元が大きく笑み崩れていた事に、事情が分からない兵達は、困惑を覚えた。 


 ―――


 とある、浅層域の場所。

 通信文を受けた、隊長が訝し気にその通信文の解釈を考え込んでいる所に居合わせた、年若きしかし経験を積んだ北部王国軍猟兵が一人。



「隊長殿、いかがいたしました?」


「いや…… 魔導通信で『砦』より通信が入った。 が、意味が分からん」


「……小官に御聞かせ願っても?」


「意味が分かるか? 非常通信帯では有るが、極秘通信では無く平文だ。 聴かせても、支障あるまい。 通信文は、『明けの明星が月の女神を帰還場所と定める』だ。 意味が解らん」


「追記や、指示は?」


「無い」


「ならば、そう云う事でしょう。 コレは慶事。 信号弾を上げるべきです。 通信は受領したと」


「ほう…… 貴様、『何』を、知って居る」


「元筆頭騎士爵家が部隊の者達ならば、その通信文で意味が解ります。 ……指揮官殿、通信受領は必要な手順では?」


「そうだな。 そう云えば、貴様は元筆頭騎士爵家の部隊出身だったな。 なら、どのような信号を、『通信受領』に使用する?」


「取り決めが有った訳では御座いませんが、小官ならば『白色燐光、爆裂、星玉』の三弾を上げます。 『祝賀の礼砲』としては、暗闇に華を咲かせるには持って来いかと」


「進言、感謝しよう。 そうか、祝賀か…… と云う事はつまり、総司令次席がか…… 『月の女神』とはだれだ?」


「『探索隊の射手長』…… 月の女神、『アルテミス』は、狩人の守護。 ならば、当然そう帰結するでしょうね。 いえ、それ以外に考えられません。 と云うより、あの朴念仁がようやく重い腰を上げたのかと。 感慨深いものがあります」


「そうか。 ならば、我が隊も祝賀の意を顕わせねば。 よし、射手。 準備せよ」



 打ち上がる、信号弾。 その音と光の下、年若きしかし経験豊富な猟兵は、少々寂しげな表情を口元に浮かべつつ、呟く様に言葉を口にする。



 ” …………初恋は実らず………… か。 まぁ、アイツが倖せならば、それでいい。 『修羅の道行に同道します、それ以外に望みなど有りません。 申し出は有難いのですが、お断りいたします。』と、言い切ったアイツならば、『明けの明星』を包み込むような愛情で満たすだろうしな。 朴念仁に、思いが通じたんだ、まぁ、しゃぁない。 成るべくして、なったんだ。 皆が望んだんだ。 クソッ、帰還したら痛飲してやるッ! ”


 と。



 ―――



 森の浅層域から深層域。 其処此処から打ち上がる信号弾は、北部『魔の森』全域に広がる。 戸惑いも有る。 特に、中央部分から離れた、東方管区、西方管区では、撃ち上がる信号弾は少ない。 しかし、各隊の間に盛んに通信が交わされ、やがて 東方、西方管区からも、盛大に信号弾が打ち上がっていく。


 作戦行動中の北部王国軍の中に静かに広がる特異な情景。 知る者は、知る。 知らぬ者は、何が起こっているのかわからない。だが、知らぬ者も知る者から事情を聴く事が出来た。 故に、展開中の全ての部隊に於いて、程度の差はあれ同様の事が起こっていた。


 その結果、『魔の森』の浅層域の浅い場所から始まった、信号弾の華は、徐々に深部に向かい、『拠点(ポンティス)』に到達する。 夜空に開く信号弾の華が、最終的に到達した場所でも有った。 夜空に『特大の信号弾』が上がる。


 本来ならば、その信号弾が上がる時、中層域からの強い脅威が知らされる時。 が、現在作戦行動中の部隊は、それが違う意味で打ち上げられた事は明白であった。 そう、歓喜の祝賀(サラブレイション)であった。


 ――― 通信は、過たず必要な情報を、待ち望んでいた者達へ届けた。


 視覚的に情報の伝播が確認され、その運用に今後の課題を呈しても居た。 即時性が重要な、哨戒部隊の通信がどの様に伝播し、どの様に指揮官に受け取られ、どの様に対処したのか。 それが、判明したのだった。


 締めくくりとして、特大の信号弾を上げた『拠点(ポンティス)』の施設長は、情報の伝播の詳細を纏め、『砦』へ報告書を認めた。 これ以降、北部王国軍の情報共有の即時性は更に深化し、作戦行動中の部隊の行動が、より有機的に密接に複合的に成った事は……


『善き事』だったのだ。



 ―――



 この事は、北部王国軍として、記録される。 それが、北部王国軍 用兵軍法から外れた行為であっても、それを咎める上級将官が誰一人いなかった事実は、特筆すべき事柄と後の『北部王国軍史』に太字で記載される事となった。 部隊運用上、私的に信号弾を使ったとして、幾許かの罰は与えられたとしても、容認されるべき事であったと、そう記載されていた。


 北部王国軍の誰しもが思った。 多少の叱責は有っても、慶事に於ける軍の行動としては……


 それは、まさしく



 『兵達の心の発露』で、あったと。



 兵達に慕われて(・・・・)いる、『北部王国軍、軍総司令次席 兼 作戦参謀殿』への慶賀の表出。 北部辺境軍、屈指の射手への言祝ぎ。 『皆が待っていた慶事』への反応。 幾許かの落胆を添えて、夜空に大輪の花を咲かせたと、北部王国軍、軍史に刻み込まれた。






祝!

『騎士爵家 三男の本懐』 発売即重版決定!


第三部を始める前に、数話の閑話を挟みます。 何卒、良しなに。


本作を楽しんで頂ける皆様、本当の有難うございます。

今後とも、宜しくお願い申し上げます。


龍槍 椀 拝

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一つ固有名詞が出ただけでこんなに考察の幅が広がるとは…!!すご…!!
おめでとう!おめでとう! さて、急にアルテミスとかいう固有名詞が出てきて、幾らか前に遺構の構造だかに前世の建物の面影を見出していたことからも、さては異世界転生じゃなくて未来か過去に転生してるな……?
月の女神アルテミスって固有名詞いきなり地球の神話体系出てきたな 急に異世界じゃなくて日本のゲームやラノベ世界への転生っぽくなった
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ