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――― 決意の奉上 ―――

 

 激烈な感情を示す射手長。


 強い覚悟が現れ、純粋な思いを浮かべた視線が、私と絡む。 更に歩を進め、座った椅子の側に近寄り膝を突き、しっかりと抱きしめてきた。 それはまるで、自身から溢れ出す熱意に彼女自身の背を押されたかの様に。 二度と離すまいと、そう誓う様に。



「指揮官殿。 私は…… 私は指揮官殿を、お、お慕い申し上げております。 兵としてでは無く、一人の只人、何も持たぬ女(・・・・・・)として。 でも…… でも、この思いは誰にも負けぬと自負しております。 あの拠点での夜から、私は心を決めております。 い、いいえ、幼き日に貴方に櫛を戴いた、その日から……」


「……そうか。 そうなのか。 何時も私は此れだ…… 大切な事が何も判っていない」


「心の動きなど、誰にも見えるモノでは御座いません。 口に言葉を乗せ、真摯に語り、理解してもらう迄は。 大変失礼な事とは思いますが、一つご忠告を。 ……司令官殿は言葉が少のうございます」


「そうか…… そうだな。 あぁ、その通りだ。 ならば、言葉にせねば成らんな」


「はい?」


「射手長。 私は君を大切に想っている。 君が側にいてくれるだけで、心が穏やかに成る。 例えそれが戦野であったとしても、君が側にいてくれるだけで、自分が自分で居られる。 私は望むよ。 何時何時までも、何処までも…… 君と『生』を共にしたい」


「し、指揮官殿!」



 私の言葉に驚く彼女。 まぁ、そうだ。 いわゆるプロポーズなのだ、この文言は。 辺境の漢は『心を二つ』抱いて生きている。 忠誠は王国に、心は妻に。 その手の届く範囲を守護する辺境戦士の心得とも云う。 その言葉を彼女に差し出した。罰?咎?懲? そんなモノがなんだ。 私は、私の愛する者と共に人生の道を歩みたいのだ。感情が大きく揺らぎ、自制を失う。 抱きしめてくれていた彼女を反対に抱きしめ返す。


 ――― もう、心に蓋はしない。 


 ゆっくりと、顔が近づき、口づけを交わした。




 密やかな吐息、耳に出来る程の彼女の鼓動。 それ以外の周囲の音が、まるで消え失せたかのような気がした。 目の前の…… 腕の中で唇を交わす彼女しか見えなかった。 この娘を…… 彼女を…… 妻と成せれば、どれだけ嬉しいか。 様々な障壁が、幻視の様に私の脳裏をかすめていく。 爵位の問題、出自の問題、貴族の妻は、かく在るべきと、周囲の思惑…… 全てを払い除けて、彼女を妻と成すのだと、心に決める。


 なに、問題が片付かなければ、『拠点』に我が家を求めれば良いのだ。 有象無象は、拠点にすら足を運べない。 宰相閣下程の肚が無ければ無理なのだ。 あぁ、朋は何と云うだろう。 きっと難しい表情を浮かべるのであろうな……









「…………やっと、肚を決めたか」



 突然の声が、背後から掛かる。 驚愕するやら羞恥に身を焼くやら…… 慌てて、抱きしめていた彼女の拘束を解く。 勿論、接触していた唇も。 声のする方に二人して頭を廻す。 姿勢を正し、椅子から立ち上がる。 彼女は私の右後ろ。 既に、居住まいを正し所定の位置に…… 兵として、護衛としての彼女は其処に居た。


 薄暗がりの監視台への周り階段の出口。 そこには朋の姿が有った。 チラリと頭が見えているのは、観測長の(メティア)。 深く【隠遁】を纏い、その気配すら消してはいたが、私の目を誤魔化せるとは思うなよ。 おい、貴様! 何を観測していた! と、その時、朋の静かで優し気な声音が、夜の静寂に広がって行った。



「もっと前にこうなるべきだったのだ…… 朋よ。 射手長の気持ちなど、知らぬ者はこの『砦』には居らぬよ。 解りやすい「好意」を貴様に向けていると云うのに、朴念仁にも程がある。 人の感情の機微に疎い私ですら、初めて射手長に出逢ったその時から、『そうなのだろうな』と思える程だったのにな。 貴様の副官にこっそり、どうなのだと問うたら、案の定 遊撃部隊主力の面々は理解していたと。 あぁ、まったく、朋は何処までも朋なのだから、度し難い。 まぁ、いい。 こうなったのだ。 善き事なのだ。 婚姻の届け出は、北部辺境伯が名で貴族院に送って置く。 義父として認めし女性としてな。 観測長に怒りを持つな。 私が命じていた。 合せて命じても居る、既に主要な者達には【念話】にて通達済みだ。」



 朋は身体のどこぞから、以前の様に私の目の前に、二本の純白のクラバットを取り出した。 おい、一体どこから出した?



「 ……通信室の御婦人方が(かね)てより用意していた、揃いのクラバット。 やっと貴様と…… その最愛に渡す事が出来ような。 その時が来たら、渡して欲しいと懇願されていた。 ようやっと渡せる。 クラバットを抑える『カメオ』は貴様が用意しろ。 得意なのだろう、そう云ったモノを作る事は。 ……あぁ、今宵は…… あちこちでやけ酒の宴会が起こるな。 ” 億が一の可能性 ” を考えていた漢共、” 万が一 ” を想っていた女傑達の慟哭が耳に入ろうものだ。」


「なに? ……それはどういう意味だ?」


「狙っていた者が、大勢居たと云う事さ、貴様と、射手長共にな。 貴様等の婚姻届けは私が(したた)め、教会にも送って置く。 貴様の事だ、盛大な婚姻式など挙行する筈も無い。 射手長に至っては、軍服以外着用した事も無い。 そして、お前達が夫婦として行く最初の旅程は『魔の森』中層域に決まっている。出撃準備は終わっているのだろう? 新たに開発した装具装備も完成しているようだしな」


「た、たしかに……」


「一人で死ねぬ身となったな。 帰るべき場所が出来たのだ。 護るべき人と共に夢見る『未来』を手に入れた『辺境の漢』は、『(したた)かさ』と『しぶとさ』を手に入れると聞く。 ……あぁ、期待する。 貴様の征く道の先に光あらん事を」



 手本になる人達はいる。 少なくとも(・・・・・)三組の夫婦が居るのだ。


 何も無い『この辺境』の地に生き、全ての民と家族に愛を注ぎ、自然の脅威に対し知恵と勇気で立ち向かった父上。そのすぐ横で懸命に父を支え続けている母上。


 心に大きな傷を持ちつつも、狡知と権謀の限りを尽くし、この辺境に安寧を(もたら)さんとする強烈な意思を持つ長兄様である現北辺筆頭騎士爵様。 その傍らに立ち、大切な御子を育みながら、長兄様の帰る絶対的な愛溢れる場所を護り抜いている義姉様。


 困難な立場にも拘わらず、伴侶たる上級女伯様に対し尊敬と慈愛、敬愛を捧げ続ける『ちい兄様』。


 皆…… しぶとく、『(したた)か』なる、辺境の『漢』達なのだ。 私も、そう云うモノに成らねば成らぬ。 私は此れに応えなくてはならない。 伝統と格式を以て、連綿と続く騎士爵家の漢達の想いは、私にも確かに受け継がれていた。


 愛しいと思える者を、護りたいと心の底から思える者を……


 還るべき場所を定め、己の本懐を心根に持つ私が、監視台から見える『星降る夜空』を仰ぎ見る。透き通る大気の向こう側、此方を覗き込むよう気配すら感じる星空に対し、私は胸を張り心の中で言上げをする。 伏し祈るのではない。 縋るのではない。 只、神に己が『決意』を奉じるのだ。



 ” この世界に私を送り込んだ神よ、そして、この世界の理を紡ぐ神よ……

    この世界の理と、未知への探訪を果たし、

      『愛する妻』と共に『倖薄き民』の安寧を護らんとする

 

 ――― 騎士爵家 三男の『意地』と『矜持』と『誉れ』、御照覧あれ!!! ”




 ……と。






第二部、第三幕 後編 終幕

これにて、第二部終了となります。

定まりました。 探索行に向かう騎士爵家三男。 彼が何を見出すか。 世界の理とは何か。 この世界の真実に迫る旅の行き先……


第三部 中の人の好きなモノをてんこ盛りにしてお送りいたします。


暫しお待ちを。


KADOKAWA様より、本日発売開始の『騎士爵家 三男の本懐』 第一部、第一幕! 開幕致しますので、其方もよろしくお願い申し上げます。 六万文字の追加は、物語に深みを与えるそんな物語。 是非、是非、宜しくお願い申し上げます。


出版に際し、ご協力、ご尽力を戴きました方々へ、


この場で、更なる感謝をお伝えいたしたく。  有難うございました!!!


龍槍 椀 拝



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― 新着の感想 ―
射手長遂に想いが届いて良かったね 三男頑張れ(o゜▽゜)o
出歯亀多すぎて笑う
電子書籍で買いました! 名前が出てこない理由が気になりますーーー やっと肚が決まりましたね。 心身ともに(物心ともに?)整った後の探索がどうなるのか楽しみです。
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