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――― 魂の救済 ―――

 

 和らかな魔力の流れ。 感知するには、日頃から個人別に魔力の流れを判別するに至る程、近くで行動を共にしている事が必要なのだ。 つまり、探索隊の兵達が課されている、私の護衛と云う任務がこの現実を担保している。 そう、彼等は常に私の側にいる。 彼等の負担について、申し訳なく思う理由の一つだった。 思わず、声を掛けてしまった。



「射手長、君か……」



 【隠形】が解かれ、闇の中から小柄な女性兵の姿が現出する。 『魔の森』探索時の完全装備では無く、北方国軍の一般兵の戎衣(じゅうい)に腰のナイフと云う、姿であった。 見知った、完全装備では無い彼女。


 女性兵士なのだと云う事実を、その姿から嫌でも意識してしまう。 屈強で筋骨隆々とした男性兵士とは違う、屈強では有るが丸みを帯びた肢体を包む戎衣は、妖艶であるとも言い換えられる。 そんな姿で、真っ直ぐに私を見詰めている射手長。 その視線に揺るぎは無い。



「御側に。 本日の護衛に付いております」


「うん、柔らかな魔力の流れから、君だと分かっていた。 何時も、苦労を掛ける」


「本分であり、望みでも有ります」


「そうか…… 頼りにしている」


「あ、あの!」


「何だろうか?」



 真っ直ぐに見詰めてきた射手長。 その視線に真摯な光を乗せて、私に言葉を紡ぐ。声音は真摯であり、その向こう側に何かしらの意思があるのだろう。 心情の吐露。 そう云うモノだと思う。 非難か、苦情か…… 苦い笑いが込み上げる。 そんな私を前にして、彼女は真摯に語り掛けて来る。 静かな夜の静寂の中、荒れていた心の漣は、大きく揺らぐ事になる。



「私は…… 馬鹿なので、難しい事は判りません。 森の端、小邑の狩人の娘…… 行き場を亡くして騎士爵家に縋った只の孤児です。 兵として、指揮官殿のお役に立てたならば、これに勝る慶びは有りません。 幼い頃の一つの出会いが、私を変えたのです。 無為に流され、諦めて生きていく事から、『心に思う事』を護り抜く事(・・・・・)が、出来るまでに」


「そうか…… それは、『善き事』なのか」


「『善き事』です。 生きる指針にして、誰にも邪魔できない『思い』なのです」


「そうか…… それを、言葉にすると『矜持』となる。 君は、その矜持を誇りと出来よう」



 なにか、マズい事を口にしたのか? 射手長の愛らしい顔が歪む。 非常の場、悲惨な戦闘の場でも表情一つ変える事のない強者が、これ程に歪む表情を顔に浮かべるのは、珍しいを通り越して怪異とすら言える。 なにか、なにか…… 私には分からない。 意を決したかの様に、彼女は言葉を紡ぐ。



「……でも、少し不安なのです」


「なにか?」


「わたくし自身の事では有りません。 指揮官殿の事です。 御自身の使命を懸命に遂行されておられるのも理解しております。その上で浮かぶ不安が有ります」


「それは?」


「……任務と仕事の重要性をご存知の指揮官殿。 その重圧に御心が疲れ果てている。 そう見えます。 酒を飲み、女を抱き、一時の憂さを晴らす事も可能な御立場にも拘わらず、何もかもを一身に抱え込まれ、全てを任務に投じられている。 人生の楽しみを、一顧だにされない。 まるで、罰を受けた咎人が、その咎を贖うかのように。 懲役を全うされるが様に…… そう見えてなりません。 ……傍付の任務に就いているわたくしは感じてしまうのです。 突然、指揮官殿が消えられるのではないかと。 打ち捨てる…… では無く、存在自体が闇の中に…… 今も、この監視台で天空を虚ろに見詰められておられます。 闇に溶け込む様に、指揮官殿の御姿が揺らぎ、消えてしまわれるかと…… 思ってしまうのです。 嫌です。 絶対に嫌です 嫌なのです。 私に生きる意味と、矜持を与えて下さった尊き方が、消えるなど、わたくしは…… 私は…… 許容できません。 『いついつまでも、どこまでも』と、御誓い申し上げました。 そして、指揮官殿も、私の言葉を受け入れて下さった。 でも…… 私の想いは届かぬのでしょうか?」



 星灯りの薄暗い監視台。 確固とした意志を持ち、目を怒らせるようにして私を見詰める射手長。 その思いは、私には理解出来ていなかった感情でも有る。 想いを一心に向けられる事。 これ、すなわち『愛』なのだ。 郷土に対して、父母や兄達に対して、郷土に暮らす者達に対して、兵達、『魔の森』の想いは私にも有るのだ。 対象が、そう言った者達なのだ。 奇しくも、彼女の言った通り、私は咎人なのだ。 だから…… 人を…… 女性を…… 愛おしく想い、愛する事は出来ないと思い込んでいた。


 しかし、認めざるを得ない。 真っ直ぐな気持ちを嘘偽りなく言葉にする「この娘」に対し、私はなんと欺瞞に満ちた態度で接していたのだろうかと。 だから…… 私はダメなのだ。 所詮、その程度の男だったのだ。 齢を重ね、馬齢を食み、何も成せなかった老人の気質が染みついているのだ。


 変わろうと努力した。変えようと試みた。 前世も…… そこに、変化は起こらなかった。 投げ捨てられ、廃棄されたような運の無さ。足掻いても、足掻いても、息も出来ない…… そんな人生だった。生まれ変わり、厳しい生存環境に生き抜く事を決められた。 何も成せず行動すら起こせなかった前世の老人が人生を閉じる時、神は云った。 『無為に生きた罰だ』とそう、告げられた。 生まれ直した『この世界』は、煉獄の様な監獄の筈。 本来ならば、その様な場所であったはず。



 ――― しかし、私は『愛』を知ってしまった。



 『愛される事』を、知ってしまった。『愛する事』もまた…… この世界を、この世界の住人を、父母を、故郷を…… そして、目の前にいる娘を。 そう、自覚せずにはいられなかった。 前世では持つ事すら拒絶されていた異性への感情。 ここ此処に至って、その場所に到達したのは…… 神の導きか、それとも罰なのか。 この私に目の前の娘を幸せにする事が出来るのか…… 様々な感情が駆け巡る。 大きな感情のうねりが心の中を掻き廻す。 沈黙が二人の間の緊張感を高めていく…… 言葉を…… 言葉を発せなくてはッ 彼女に言葉を発せられる前にッ! だ、ダメだ、言葉ッ!!



「ご、ご迷惑でしたね。 ……申し訳……」


「い、いや、違う。 違うのだ。 その気持ちを大切に想いたい。 その想いを正しく、受け取りたい。 しかし、私は…… 私には、その『資格』が有るのだろうか? 何も成せず、頼るばかりの私に……」


「指揮官殿? それは、違います。 思い違いです。 指揮官殿は、皆に指針を与えて下さいます。 目標を、到達すべき場所も。 探索行に於いて『新たな知見』を得る、皆の安寧と安全に心を砕かれてもいる。 偉大なる功績に対する『栄誉』を受ける事すら厭われる。 淡々と、指揮官殿の使命を全うする為に、その優れた頭脳と知恵と知識を全部全部注ぎ込まれておられるのです。 私には分かるのです。 指揮官殿はとても孤独なのだと。 だから、私はそばに居ます。 絶対に離れません。 困難な時、心が弱った時、必ず御側に居りますから」


「『木偶の坊』の私は、君に…… 甘えても良いのだろうか?」


「勿論です。 それが、私の望みでも有るのです」



 椅子に座る私へ二歩詰め寄る。 真っ直ぐに私を見詰めた目に、鬼火の様な灯が灯る。 確固とした意志、何者にも枉げられぬ、強烈な矜持がその視線に乗った。 圧倒される情景が私の目の前に現出する。 一心に、私を想うと全身で表出する射手長。


 コレは……


  コレは……


   私の誤解では無く、本当に……



本日発売開始!!!


皆様の御手許に届く事を祈願して!!

表紙だけでも良いので、是非、是非!!



宜しくお願い致します!!


龍槍 椀 拝

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頑張れ。後一歩や。
自己肯定感が低いと自己評価と他者からの評価が乖離しやすいということがわかる
いけー!そこだー! 一線を超えてくれー!
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