――― 準備の完了と、追い付かぬ心 ―――
道行はもとより、見たモノ聞いたモノを全て記録する。 記憶違い、誤謬、思い込みを廃するには、実際に記録された映像と音声を再確認すればよいのだ。 記憶する為の魔石が問題となるが、『記録魔道具』に使用されている魔石は、『魔の森』中層域に生息する魔物魔獣から採取できる。 そして、媒体としての処理は、私が比較的容易に出来るのだ。 その場で錬成する事も可能なほどに。 ならば、問題は、その魔道具を小型化する事と、動かす為の魔力供給をどうにかする事の二つ。
目標が出来れば、それに邁進する事もまた、辺境の漢なれば当然の事。 困難を前に立ち止まる事は無い。
魔道具を動かす為の『蓄魔池』の容量問題。 こちらも既に、解決の糸口を見出していた。 朋に釘を刺され、『禁忌』と云われたあの魔導術式。 空間魔力を取り込み、魔力を利用できる形にする、あの隧道下部に設置されていたモノ。 アレの断片は持ち帰っている。 研究の対象となるだろうと思い、軽い気持ちだった。
が、それこそが困難を打破する、一助となるとは思っていなかった。
術式自体は、古代魔法語で記述されている。 読めなくは無いが、専門では無いので細かい所は判らない。 しかし、私には優秀なる部下が存在している。 古代の隧道に関し、連綿と代を繋ぎ研究している者達。 いや、探索隊の輜重長が居るのだ。 教えを乞うには、最もふさわしい人物と云える。 よって、彼を呼出し魔導術式の解読に挑戦したのだ。
「家書にも…… これは記載されておりません。 同門の家の秘書には有るかも知れませんが、我が家に於いて伝えられた『魔導技術書』には無い魔導術式です」
「卿は、古代魔法語を読めるのではないか?」
「読む…… と云うよりも、その文字の形で覚えております」
「詳細には判らぬと?」
「申し訳ございませんが…… 仰る通りです」
「ふむ…… では、どの部分がどの様な現象を具現化するのは、理解出来るか?」
「それは可能です」
「ならば、教えて欲しい」
「……私に出来る限り」
こうやって、古代魔法語の師を得る事となった。 魔法学院でもあらまししか教授して頂けなかった分野だ。 いや、一般に教授するには難解に過ぎるのか。 迷宮奥深くから出土される古代の遺物に時折記載されている『古代魔法語を専門とする者』は、王宮魔導院の研究室でも僅少と言わざるを得ない。 その教えを受ける事が出来るとなれば、三顧の礼を以て迎えねばなるまい。 日々の生活に新たな鍛練項目が乗せられる。 古代魔法語の習熟という、困難極まりない事だった。
――― 師の教えは、現物に則したものだった。
記述されている古代魔法語が、どのような現象を引き起こすのか。 それを、実例を挙げつつ、再現してくれたのだ。 理解の幅は相当に広がる。 更に言えば、其々の個体術式は、作例の様な形式を持ち、それを繋ぎ合わせ重ね合わせる事によって、複雑な現象も引き起こせる事が判明する。 同時並行にて、例の古代魔導術式の解析も進行する。 理解できる部分、出来ないが『術式再現』できる部分、繋ぎとなる結合術式。
千年の知恵を、顕わにして行く作業は、『苦行』とも『悦楽』とも云えた。 魔導を知らぬ者にとっては、苦行に他ならない。 魔導を志す者にとっては、英知の雨の中、笑い乍らダンスを踊る様なものだ。 その中間に位置する私は……
なんとも複雑な気分がしてならないのだが……
――― ★ ―――
魔導を志す者にして、倫理の壁の薄い者。
第三十六席の歩んだ道は、峻厳にして細い道。 なれど、彼は弛まぬ努力を惜しむような人品骨柄を有してはいない。 日々の鍛練は元より、深く巡らせる思考は、朋とは別の意味で『天才』なのだと、そう云える。
試作品の『急速魔力充填機』
それを彼は深い興味と研究に値するモノと捉え、それを目にし、手に取ったあの日から、研究と解析に明け暮れた。 輜重長とも友誼を結んだのか、気安い口調で、侃々諤々と議論を交わす。 内容は、高度過ぎて私には到達できぬ『魔導術式』の技術論。
既に、私の手を離れたと云っても過言では無かった。 そして、議論と考察、努力の結晶たる『急速魔力充填機』は、十分な小型化と簡素な使用方法を以て完成に至る。 その完成報告に、わが師となった輜重長と第三十六席が、私の執務室に共に入室し報告を上げた。 静かに語る三十六席の口調から、開発には困難が伴ったが、十分使用に耐えられる物が完成したのだと確信を持つ。
「『魔の森』中層域以外での使用は慎しんで下さい。 『禁忌の術式』以外にも、王宮魔導院に知られれば厄介な術式を多々含んでおります。 指揮官殿はおろか、民生局分局自体が、王宮魔導院に拘束されるか、古代魔法研究者が大挙して此方に押しかけて来る事態になるやもしれませんので」
「心する。 探索行に必須と思われる魔道具であるが、携帯は私一人。 そして、同行する兵が使用する場合は、私が立ち合おう」
「その誓い、護って下さい。 『森』の外での使用はくれぐれも……」
「承知した」
三十六席の瞳に、真剣で真摯な光が宿っている。 相変わらず不健康そうな相貌だが、それが故に幽鬼のような迫力さえ感じる。 朋から相当に『倫理』に付いて叩き込まれたのだろうな。 そうでなくては、彼は彼が得た知見を自ら率先して広めてしまったかもしれない。 魔導士の業とも云えるのだ、自己顕示、承認欲求という心の動きは。
いやはや、魔導士とは、難しい人格を有していると云っても過言ではない。
こうして、『探索行』に必要不可欠と思われる装備装具の準備は整った。
ー 『銃』の弾丸は全て特装弾。
ー 信号弾各種の刷新。
ー 近接通話用【念話】術式も改良。
ー 各人の持つ得物も、人工魔鉱の成分からの見直しも完了。
ー 特殊魔道具を追加で開発、実戦化の確認。
さらに、『急速魔力充填機』も私の腰鞄に収納した。 見るモノを記録する魔道具は、軽量化と共に、『魔の森』中層域深部での高い空間魔力にも対応できるように調整した。
『探索』、『記録』、『戦闘』、『防御』、『帰還』。 探索行に必須のモノを、集め、強化し、更新する事が完了した。
―――― この事実は、誠、喜ばしい事である。
喜ばしい事では有るのだが、少々…… 思う所も有るのだ。 全ては民の為とは言え、探索隊の皆にかなりの負担と重圧を掛けてしまう事は、変わりが無いのだ。 北部王国軍の参謀職も拝命しているが故に、彼等の事を放置するわけにもいかないし、そのつもりも無い。
公に成らぬ様に行動し、北部王国軍の作戦行動の責務を背負う。 また、北部辺境伯家の養育子としての責務は、今後の北部辺境伯家の行く末を担う事に直結している。 朋の執政府からの要求も多く、困難を伴う事ばかりなのだ。
私の肩に色々な『責務』が圧し掛かる。
私は有能ではない。 天才でも無い。 辛うじて、努力を全うできる者に成れたかと思う程度の漢。
それも、『抜け』が散見される程の凡人でしかない。
――― そう、私は現状に、
” 疲れ ” と、自身の能力に ” 疑義 ”を……
感じてしまったのだ。




