表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/216

――― 探索行の続行確定 ―――


 親近感を覚えた第三十六席は、ニヤリと不敵な笑みを頬に浮かべ、言葉を紡ぐ。 確かめるまでも無い、既存の術式が目の前にある様に、私の為人の一面を理解した様だった。 成程、三十六席も貴族の籍に列せられているのは、確かなようだ。


 

「第五席殿の為人をよくご存知のようで」


「魔導バカにして、稀代の人たらし。 アレの口車に乗る輩の多い事。 私もその一人かも知れぬが、心地いいのだ」


「ならば、指揮官殿は私の同志。 何なりと、お申し付け下さい。 相応の対価を持って」


「あぁ、そうするよ。 魔導の深淵を極め、人の世の(ともしび)と成らん事を、私は望む」


「……第五席閣下と同じことを仰る。 あぁ、紛れも無く貴方は、北部辺境伯閣下の朋であった」



 指針を得た開発は、その速度を一足飛びに加速させる。 親方等と語り合い、目的の性能を持った人工魔鉱に辿り着くまで時間は掛からなかった。 高火力の炉から、真っ赤に熱せられた人工魔鉱を見詰める親方の、歓喜に満ちた瞳の色を見た時、開発は成ったと確信できた。


 鍛造と成型、焼き入れと焼きなましを繰り返し、目的の形に落とし込んだ人工魔鉱製の弓。 中央で半分に分割でき、且つ、容易に組み立てる事が出来るように、設計も幾度となく変更した。 三十六席が知識は、兵器開発に迄及んでいた事に、驚きを隠せない。 が、それもまた、朋の深慮と云うモノかも知れない。 朋自身は、兵器開発を良く思っていない。 対魔物魔獣の駆除用として、必要に迫られた故に手伝ってくれていたのもある。 だから、今回の様に純然たる兵器の形をした物には、嫌悪を示すのだ。 せめて見えぬところで開発してくれと、そう云う漢であった。


 また、探索部隊専用の特殊装備と云う事で、他の部隊や北方王国軍内でも秘匿事項として扱った。 これは、表には出せない『兵器(もの)』と云う事が決している。 その存在を知る者は、開発に携わった者、北方王国軍総司令部、北部辺境伯家の中央官僚団の一部。 極少数とも云える者達だけで有った。 なにせ、対人戦闘にも有用な兵器となり得るのだ、情報の漏洩には細心の注意を払う必要があった。 北部国軍総司令官殿も、その事には同意された。 王国全土の国軍が使う事に難色を示されたのだ。 



「まぁ、何処にでも馬鹿者はおるからな。 馬鹿に危険な玩具を与えると、使いたくなるからな。 差し当たって、云う事を聴かぬ馬鹿仲間か。 血で血を洗う内戦の引き金にもなりかねん。 妥当な判断と思う。 国王陛下、宰相にも極秘で親書を(したた)めようか。『探索行』を重要だと位置づけるのならば、手を出すなと。 軍務卿家あたりに知られると厄介だ。 そっちにも釘を刺して置く。 宰相補ならば、上手く立ち回ろうからな」



 ……と、有難い御言葉を賜った。 かつて、国王陛下の足下にて、戦場を駆け巡られた戦士。 戦場の悲惨さと、無残に無意味に失われる幾多の命を見られた方の言葉の重みは、私の肚にも重かった。 兵の死を、単なる数では無く、其の目で見て来られた方。 戦を厭われるのは、軍を預かる者の態度として、時折『怠惰』と揶揄される事も有る。 が、総指揮官殿は、その現実を見られ、厭われるのだ。 歴史と現場の証人として、これ程重い言葉は無いのだ。 上手く、感謝の辞を述べる事が出来ぬ程、私は圧倒されていた。 そんな私を、慈愛の目で見詰められ、『よいよい、貴様はそれでよいのだ』と、示して下さった。 ……もう、頭が上がらない。


 ――― 総指揮官殿は、北部王国軍の『父』となられた。


 『弩弓』の開発は終わる。 実際に精度が出るかを確かめねばならない。 探索隊で一番信頼のおける射手は、当然の事ながら『彼女』しかいない。 訓練と任務の合間を縫い、試射を命じる。

 弦も魔鉱製の物に変更してある。当然の事ながら巻き上げ装置は、新型に変更した。 人力では巻き上げる事が不可能となった為である。 多数の歯車を介し、『砦』の石臼を回している『魔動機(モーター)』の回転力を巻き上げに利用した。

 小型化と軽量化は必須。 しかし、それもアノ第三十六席が形にした。 いや、朋も一枚噛んでいる。 民生品ならば、力を貸してくれるのだ。お陰で、目的の物は完成した。 そして試射当日。 前回同様に射手長が傍らに伏射姿勢を取り待機中だった。



「今回は、前回とは違うと思われる。 かなりの反動が有るかと思うが、大丈夫か」


「撃って見ない事には、判断は出来ません。 が、《力強さ》は、感じます」


「そうか、『狩人の勘』か?」


「得物には、風格と雰囲気が付き物ですので。 『銃』しかり、この『弩弓』もしかり…… 良い雰囲気を持っております」


「そうか…… 矢の形状も決定せねばならない。 前回同様の物から、工夫を凝らしたモノまで、幾通りか試射を頼む」


「了解しました」



 伏射姿勢の彼女の傍らには、三本ずつ、十数組の形の違う矢が置かれている。 順次その矢の試射を行い、相性の良い物を選ぶ。 矢の形はまちまちで、性能には一長一短あるが、まずは正確に的に届かねばならない。 一定の射撃の腕を持ち、厳正に評価できる者など、そうは居ない。 この任務を任せるに足りる人物は射手長を置いて他に居ないと思っている。


 試射の時間は、長時間に渡った。的に到達する事は勿論の事、射線のバラつき、散布界、的への当たりの強さなどが考慮された。その結果、幾種類かの矢が選定された。それを土台に、更に開発は進む。 最良の一点を得る為には、膨大とも云える時間が必要なのだ。


 ――― ★ ―――


 矢弾の開発は、弓よりも難易度は低い。 形状と重量配分。 弾頭部に仕込む魔導術式と、内部に仕込む粘着物質。魔導術式は、朋と二十五席、三十六席の協力も有り、早々に開発完了した。


 内部に仕込む粘着物質は、『アラウネ(魔蜘蛛)』種の肚から採取した、『粘着糸壺』を使用した。 同じく、『アラウネ(魔蜘蛛)』種が巣を張る時に使う、縦糸が重要な素材となる。 軽く、強靭で、細い。 討伐した『アラウネ(魔蜘蛛)』を現地で処理し、肚の部分を“保全した”まま『砦』の研究室に持ち込む。 縦糸を紡ぐ出糸突起から、糸を繰り出し、途中で幾種類かの魔法草を煮込んだ薬液の中を潜らすと、強靭さと柔軟さを兼ね持つ丈夫な糸となる。 さらに、魔法遮断塗料の中を潜らし、魔力からの干渉を絶つと、人工魔鉱製の刃物でも容易くは断ち切る事が困難な程の強靭さを見せた。


 この糸を束ね撚り、強靭さと耐荷重を増す様に紡ぐ。 軽さと強靭さを両立した綱の完成だった。 試作品として、約1クーロンヤルドの糸巻きを三巻。 暫くは此れで耐えられるだろう。 さらに、母上の閉鎖倉庫から、南方の辺境域で使用されている、船に使うロープを編む機械を見つけたので、それを買い受け、魔蜘蛛の糸でロープを編む算段を付けた。


 既存の技術と云う事もあり、作成は極めて順調で、多少重くは成ったが数十人を支える程の強度が確認できた。 相応の籠をぶら下げ、一時に小隊が、あの大地の裂け目を推し渡れる…… のだ。



 ――― これで、渡河作戦の成功の目途は立った。


 つまり、探索行の続行(・・)の目途は付いたと云える。




 ――― ★ ―――




 新型携帯型弩弓は、素材の刷新により『最大実効射程』は実に800ヤルドに迄到達する。 重量弾をそこまで飛ばせる既存の兵器は、楼閣も斯くやと云う『攻城投石器(カタパルト)』くらいしか比肩するモノは無い。


 ――― 秘匿技術と成るのは必至。


 北部国軍での運用も厳しく規制するしかない代物となった。 よって、試作を含め完成品はわずかに六基。 探索隊が二基を保有運用し、残りの四基は運搬形態で王領領都、北辺の城壁内部に収められる事になった。 万が一の為の『保険』とされた。 この弩弓(バリスタ)の存在を知る事を許された『輜重』、『兵站』の二人の参謀殿からの懇願とも云える。


 敬愛する総指揮官殿の安寧は、彼等にとって至上命題とも云えるのだ。 北部王国軍の総司令官殿が御座所は、堅牢不落の城塞でなくてはならないと、心に誓われているようでもある。 新任の総指揮官殿の幕僚としては、この懇願に嫌も応も無かった。 (司令部)が落ちれば身体(軍勢)は動けない。 軍組織とはそう云うモノなのだ。 故に、身体を切り離しても、頭だけは護ろうとするのが、幕僚達の総意でも有るのだ。


 辺境の実情では、それ程厳格では無い事柄。 今まで、あまり認識できていなかった、軍組織としての在り方。 ……たとえ、最後の一兵となっても戦い抜く と云う気概の適応範囲の違いを見せつけられたとも言えた。 しかし、北部王国軍(・・・)なのだ。 体裁と実務は分けて考えるべきなのだ。




 これは…… 了承するしか無かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
辺境には辺態の辺態による辺態のためのまつりごとが必要なのだ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ