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――― 机上の想定、選択の結果 ―――

 


 朋と三十六席に現状の困難を説明しつつ、私は心内で状況を反芻していた。



 探索行を続行する為の準備は、おおよそ整ったと云える。 あの大地の亀裂を渡る方策も朧気ながら整ったと云える。 差し渡し300ヤルドの距離。 上下に約6ヤルドの高低差。 それをその距離を埋める為の装備は、あの場所で考え始めていた。 飛んで行けるものならばそうもした。 しかし、魔導術式でもその様な便利なモノは無いのだ。 ならば、物理法則を読み、困難を解きほぐすしか無かった。


 ――― 考えは有った。


 なにも、直接飛ぶ必要はない。 この世界にも、渡河作戦用の装備も有る。 艀をならべ、浮橋を急造する方策も確立されている。 ただし、あの大地溝では使用できないのは明白だがな。 人員の安全な移送。 それを考えると、一つの情景が浮かび上がる。 遠く古く、そして、朧げな情景ではある。

 前世のまだ幼い頃、初等教育の中に『遠足』と言うモノがあった。 学び舎に集まった小さな学生たちに、社会の成り立ちや、美しい自然を見せる為の団体行動。 集団的、規律を重んじた行楽とも言い換えられる。 公の場に於いての『常識』を、その旅程に於いて学ぶ側面も有ったと思う。 教育と云うモノが到達した、一つの頂だとも思う。


 この世界では、その様なモノは存在しない。


 その中で、私が見た情景の一つ。 緩やかな山岳部に張り渡された一本の鋼線ワイヤー。 その下にぶら下がり移動するゴンドラ。 高低差も距離も大渓谷も何もかも飛び越え、麓より頂き近くまで安全に幼子たちを移動させるもの…… 索道(ロープウエイ)と呼ばれる機構でもある。

 だが、最初にあちら側に先行索を渡さねばならない。 それを可能にするのは、一つしかない。何かの投擲兵器で、あちら側に先行索を渡し、それを伝ってあちら側に渡り土台を築く。 その為の投擲兵器の開発が最大の課題だった。 場所と状況を考慮すれば、『剛力』の技巧を持つモノの運搬能力内に分解移送するしか無い。 単純に剛性が一般的な攻城兵器たる弩弓(バリスタ)よりも劣る事は明らかでも有る。

 ただ、300ヤルドの距離を飛んでくれれば、それで要は足りる故に、過大に飛距離を増す必要はない。また、それを達成するには物理制約が大きいのだ。 携帯せねばならないと云う、問題だった。


 弾の開発は、別段問題は無い。 向こう側に着弾し、その場で固着する様にすればよいのだ。 その固着……というか、粘着力が、人を一人、二人支えられるだけの粘着力を有していればよいのだから。 魔物由来の物質が、それを可能にする。外殻も飛翔時にその形状を保ち、着弾時に割れる様にすればよいだけだ。

 弾の中に先導索を仕込む必要も無い。弾の後部に先導索を固定して置けばよいだけだ。必然、軽く細く強靭な糸が必要となる。これもまた、魔物由来の糸が良い仕事をするのだ。前世の記憶では、ボトルネックになる様な技術的限界が、この世界では魔物由来の物質でブレイクスルーされるのだ。


 錬金塔での研鑽の日々、その事に気が付いてた私は、どんなモノでも標準標本を作製し、その性質の解明に努めてきた。 『砦』の保管庫にある、かなり大量に保管している資料の三分の二は、そう云った素材(モノ)なのだ。


 弾の当てはついていたが、それを打ち出す分解移動出来る弩弓(バリスタ)の開発には手間取った。 機構は単純な方が、運用も容易い。 基部、巻き上げ部、弓、弦。 構成はそれだけで事足りる筈だった。問題は、300ヤルドの距離を、少々機能を持たせた重量弾が飛翔できるのかが、問題となる。


 此処までの問題点を洗い上げ、その問題を解く道筋はまだ見えていなかった。 故に、朋と三十六席に相談したのだ。 試作品の改良の可能性を。 朋は、それが攻城兵器であり、対人殺傷能力に優れた『兵器』である事に嫌な表情を浮かべている。 対して三十六席は、興味がそそられたのか、試作の弩弓(バリスタ)を興味深く慎重に観察していた。


 その時点で、明確な改良点を示唆されることは無かったのだが……



 ―――― ★ ――――



 彼等が私の研究室から退出した後、作業台の前の椅子に腰を下ろし、天井を見上げつつ頭の後ろに手を組む。 先日の『試射の情景』がまざまざと目の前に浮かび上がっていた。


 従来の弩弓(バリスタ)を分解移送出来るように再設計すると、強度が落ちる。精度の問題も無視し得ない程のばらつきが出る。一度、乃至は二度の使用を考えても、問題は大きい。分解、組み立てが複雑になり過ぎても、運用に問題が出る。どうにか形にした試作品の試射に於いて、射手長に運用を任せ問題点を聴いた。


「どうか?」


「……指揮官殿、対人戦闘、対城塞に対する攻撃ならばこれで問題は御座いません。 耐久力は心許なく思われますが、強力な攻撃が、射点を容易に変えられる事を考えますと、十分運用に耐えられるかと。しかし、こと精密射撃を望まれるならば、このまま運用する事は出来ません」


「……やはり、弾道のブレが大きすぎるか」


「弾の重量と容量(大きさ)が有りますが故、《風》等の外的要因に左右される事が大きいかと。 初速を出さねば、弾道のばらつきを抑える事は出来ないでしょう。 後落を抑え、弾速を増す事が出来ても、問題は起こり得ると思われます。 主要な懸念点は、弾が発射衝撃に耐えられず自壊する可能性が御座います。 衝撃に耐えうるように弾を強化すれば、さらに重量が増加し、初速低下を招きます。 私もあの場所を知っておりますが故、目標点が小さな事を理解するが故の評価と思って頂ければ……」


「そうだな。 その点は私も考慮に入れている。 確かめたかったのだ。 有能な君の意見は何時も私に指針を与えてくれる。 ……有難う。 もう少し、考えてみるよ」


「御意に」



 伏撃姿勢を取っている射手長が、上目使いに私を気遣ってくれていた。 視線に『敬意』以上の物が紛れ込んでいるのは、何となく感じてはいたが気のせいだと思う。 最近、彼女は女性としても成長している。 姿形や立ち居振る舞いが、屈強で剛毅な兵達の中では、柔らかく感じてしまうのだ。 そして、彼女が側にいる時、私の心は平穏で満たされる。 自分が自分で有る様に、何の衒いも無くそこにいるのだと、認識できてしまう。

 そう、彼女と共に有る時は、心が安寧に満たされるのだ。 癒し…… かと思う。 彼女の存在自体が私にとっての癒しなのだと云う思いに至る。 護衛隊の射手長として、側にいてくれることを、有難く思う。

 あの日の情景と、心中に浮かんだ感謝、及び 得体の知れない感情に、魂が何かを叫んでいた。 しかし、それは私には聞こえない。 ……いや、聴かぬ様にしていると云ってもいい。 感情に揺すぶられる事の無き様に心に蓋をした、その蓋の下からの囁きでも有ったからだ。 一つ、頭を振り、目前の問題に集中した。

 


  ――― ★ ―――



 朋が紹介してくれた王宮魔導院民生局第三十六席。 彼もまた、現物を前に問題点の洗い出しに勤しんでくれた。 この問題に関しては、朋は三十六席に一任した形となった。 兵器を厭う朋なら、そうするしか無かったのだろう。 よって、この問題に関する限り、三十六席と相談する事となった。


 ――― 射手長の意見は、傾聴に値する。


 机上の空論で組上げた試作品では、問題を乗り越える諸元性能を出す事は出来なかった。 弾の重量問題も大きい。 日々の任務の合間を縫って努力はしていても、開発は遅々として進まなかった。 しかし、技術的問題突破(ブレイクスルー)は、ある日突然やって来た。



「そうか! そうですよ、指揮官殿! これですよ、これ!」



 三十六席は、大きな声を出して、私の研究室の中で言葉を発した。 手には、軽装甲付の防具が有った。 指し示すのは、軽装甲に縫い付けられている、装甲小板。



「この材質で、北方王国軍標準剣も製造されておられる筈。 折れず曲がらず魔物魔獣の強固な表皮を切裂ける剣と、魔物魔獣の鋭い爪牙の攻撃を防ぐ防御力。 それを実現した、この鋼材です。 この人工魔鉱は、指揮官殿が錬金術で混錬され、製錬されたとお聞きしました。 また、混ぜ合わせる様々な鉱物や魔石、魔物魔獣由来の素材により、この硬度と粘りを実現させたともお聞きしました。 現在、北方王国軍の主要装備装具の装甲や兵装にはこの人工魔鉱が使用されております。 勿論、中央の軍系統の輜重、兵站関係者に対しては緘口令が引かれ、それを宰相府は容認している事も又、第五席閣下より聞き及んでおります」


「ふむ、それで?」


「粘りを増し、復元力、弾性力を高めた魔鉱の開発を進言いたします。 重量当たりの張力を引き上げる事になりましょう。 つまり、軽く、強力な『バリスタ』の作成が可能となります。 分解運搬を基本とする、今回の開発では肝となりましょう事、保証します」


「成程、それも…… そうか。 現在使用を許可している人工魔鉱を製錬する際に、色々と試行錯誤した。 親方に相談して、その中で有望なモノが有るかどうか調べよう」


「是非ッ! 問題とする事柄に関して、大きく歩を進める事でしょう」


「三十六席、有難う」


「なんの、これが御役目でも御座います。 製造時は、御側に。 それが、私への対価となります」


「成程、対価か。 無償では、その優秀なる頭脳は貸してはくれないと?」


「使い潰されぬ…… と云う事で、北部辺境域への同行を受諾したのですよ、私は」


「貴殿の心根の在処、見せて貰った。 天才の下には、秀才が付くのだな。 並みの貴族では、持てあますであろう。 朋が目を掛ける筈だ」



 何故このような有能な者が、辺境の何もない土地への出向を拒まなかったのか。 何となく腑に落ちた。 突飛とも云える考察、推論に対し、嫌悪を示さず柔軟に対応できる能力は、才能と云う点に於いて稀有の気質。 だが、他人には評価され難い能力でも有る。 表に出ない能力は、容易に他人に利用されるだけ利用され、本人の評価に反映される事が少ない。


 彼の王宮魔導院での評価は彼の階位に現れる。


 第三十六席…… 末席にも等しい評価に、彼は何を想っていたのか。


 もし、王都で猟官し、王都で職位を得たとすれば…… 彼の境遇は、私の境遇となっていたかもしれない。 いや、出自を考えると、私の場合はもっと……





 しかし、私は選択した。 そして、此処にいる。

      故に、昏い目をした三十六席に、親近感を覚えた。





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― 新着の感想 ―
三男と射手ちゃん、こういうのもじれじれっていうのかな
>>視線に『敬意』以上の物が紛れ込んでいるのは、何となく感じてはいたが気のせいだと思う 「気のせいだと思う」!?!!!?!? 自分の想いに蓋をしてるってことはなんとなくわかってたけど、あのやり取りし…
三男坊をなんで誰も卒業前にスカウトせんかったんや?って 色々思われても仕方ない優秀さしめしてるよな 学校卒業したらどこかで働くために就活をそもそもやっとらんから 学生の間にスカウトしか王都に留める手段…
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