――― 朋との語らいと、情報共有 ―――
その構想を語った時、思った以上に朋が喰いついた。
居城と防壁と北部国軍の司令部が一体化した城塞に、強く興味を示したのだ。 兵站と輜重の参謀達も挙ってこの案を推してくれた。 北部辺境伯家の執政官達は難色を示していたが、朋の『鶴の一声』で決まった様なものだった。
――― 天才と秀才、能吏に軍司令。
これだけの方々が一つの街を作り上げようと努力すれば、自ずと結果は伴う物だ。 朋がこの地に辺境伯として還って来てから、まだそれほど刻も経っていないと云うのに、既に北辺の防壁と一部の建物まで造営が始まっている。この速度で行けば、軍司令部の移動も、『砦』の施設群の移動も早め無くては成らなくなりそうな勢いであるのだ。
朋はこの様な繁忙をものともせず、精力的に動き回っている。 その上、私との歓談も望むのだ。 バケモノの様な体力と、飽くなき向上心に頭が下がる。 茶を含み、私に近況を問うてきた。
「それで、貴様は北部王国軍総司令官殿から『何を』仰せつかった? 貴様の副官も相当に忙しそうにしていたが?」
「それなのだが…… 私は軍総司令次席兼作戦参謀を、副官は軍務兼兵務参謀を仰せつかった。従騎士爵位の私なのだが、いいのだろうか?」
「遊撃部隊を丸ごと王国軍と成したのだ、実際に戦闘している貴様達を実戦指揮官だけに留め置く事など出来まいて…… 総司令官殿も思い切った事を成されるが、この状況では仕方ないのかもしれんな。既に、此方にもその話は来ている。“爵位なんぞ、クソくらえだ!”とな」
「王都からの人的派遣は望めない と、総司令官殿には伝えられてもいる。 『人』はこちらで遣り繰りするしかない」
「郷土部隊として成立させた。 そう云う事でいいのではないか。 軍法が求める、職位に必要とされる爵位の設定を下限まで落としたと云う事で、中央を納得させたらしい。 無茶もいい所だ。 それに今更、北部辺境域の事情に詳しくない将兵を配備しても、装備装具、戦術戦技などが根底から違うのだ。 何より『対するモノ』の想定が全く違う。 同じ『王国の剣と盾』では有るが、人の軍勢を仮想敵として想定している他軍と、魔物魔獣に特化している北方国軍の在り方では、大きく差異があるのだ。 物理的な差異を埋めるのは、モノを渡せばよいだけだが、心理的思想的な差異を矯正するは骨が折れるぞ」
「確かにな…… 幾分、こちら側の負担は減ると、貴様は云いたいのか」
「反りの合わない者達と仕事をするのは、もうコリゴリなのだよ朋よ。同じものを見て、同じ事を聴いて、その上で全く別の判断を下すのだ。大抵、そうなって欲しくない、ある意味『絶対に避けたい』と思う様な選択を取られてしまうと、怒りすら湧く。 配下の兵達がそのような者であったら…… 『魔の森』の中では死活問題ではなかろうか?」
「良く見ているな。正しくその通りだ。総司令官殿の決断で、遊撃部隊…… いや、北部国軍は広大なる北部『魔の森』浅層域での作戦行動を遂行できている。『輜重』、『兵站』、『衛生』の任務を総司令官殿配下の参謀の方々担ってくれた。随分と楽をさせて貰っている。 それで、そろそろ探索行を再開したく思う」
「そうか…… また、危地に飛び込むと云う訳か。 なにか、手伝えることは無いか?」
「その事なのだが……」
どの様に助力を求めようかと思っていた。 色々と忙しい朋にこれ以上の負担を強いるのは、無理だと思っていた。 が、探索行の続行を考える時、あの巨大な大地の裂け目を飛び越え無くてはならないのだ。 腹案は有る。 それ用の装備の試作も続けている。
だが、これだけの周辺状況の大変化の中、一足飛びに『結果』を得られる事も無い。 私も、北部国軍の要職に任せられた。 その職務もこなさねば、軍組織は瓦解する。 さらに、参謀を拝命しても私自身が『魔の森』への直接的作戦行動を止めてしまえる程、人員に余裕はない。
他軍では考えられない、参謀職が指揮官職を兼務して、『魔の森』の中で巡察、長距離偵察、排除戦闘などに従事せねばならないのだからな。
時間を作り出し、その中で開発を進めていく。ならば、少しずつと成るのは、仕方あるまい。
当然、幾つもの課題に突き当たる。 それを解決する方策も、一朝一夕には浮かび上がることは無い。 丹念に過去の英知を調べ上げ現状に照らし合わせ落とし込む、乃至は、稲妻の様な天啓を得る。 それくらいしか『課題』を潰す手段は無いのだ。 易々と『天啓』など降りる訳も無い。
よって、選択肢は一つだけなのだ。 が、最大の問題解決手段が、目の前にいる。 そして、手を差し伸べてくれると云うのだ。 乗らぬ手は無い。 状況と『課題』を説明し、なにか良い手段は無いかと、相談する。
「ちょっと待て。色々と不穏な事を言う。 エスタルの遺構だと? そんなモノを発見していたとは、報告に無いぞッ! 貴様、どういうつもりだ」
「バタついていて、正式な報告は未だ上げてはいない。 宰相府に概略を奉じたが、それ以外はまだ纏まっても居ないからな」
「忙しすぎたんだな…… はぁ…… 貴様…… 暫くは国軍の任務に就くな。 貴様の事だから、『民の安寧』を想うならば、そっちを優先するだろう。 問題は『密命』の方が疎かに成る点だ。 この地の…… 北辺の…… いや、王国の未来に光を置くならば、『密命』を優先せねば成らんのだぞ。 理解しているのか?」
「……それは、そうなのだが」
「言い訳は許さん。 私からも、北部王国軍 軍総司令に『助言』を伝える。 優先順位を考えれば、その判断に至る。 理解出来たなら、さぁ吐け。 貴様が『魔の森』探索行で得た、『知識と知見』の全てを、今、ここでッ!!」
情報の共有は、私達の間では必要不可欠な問題でも有る。方や国の頂点近くに存在する『辺境伯』。方や貴族と云えるかどうかも怪しい『従騎士爵』。身分差を考えても、本来ならば言葉を交わす様な間柄では無い。 が、魔法学院の級友、錬金塔の研究仲間、魔道具の共同開発者ともなれば、相応に言葉を交わす理由ともなる。
なにより、『魔の森』の中で発見する古代の英知は、朋にとっても『涎が零れる程』もしくは、『喉から手が出る程』の代物なのだからな。 『魔法馬鹿』と『古代の英知』の親和性は、驚くほど高い。 色々と発見した事柄を、並べ立てていく過程で、話しを進めるどころの騒ぎでは無くなったのだ。
ー エスタルの遺構を発見した。
ー 遺構を進み、大地の裂け目に到達した。
ー 中層浅域から中層深域に続く比較的安全そうな道程と見て取れた。
ー 更に、道中の安全を担保する為に、川の水を遺構に落とし込んだ。
ー その結果、遺構に施された『魔導術式』が稼働し始めた。
ー 現状、断崖こちら側の『管理責任者』は私と云う事になっている。
ー 偶発的に、遺構の機構を起動する為の、特殊な魔導装置を発見した。
ー 幾つか、瓦礫の中から取り出してきている物が有る。
ー 『魔導術式』の標準標本として、羊皮紙に術式を固定し報告準備をしている。
と、出来るだけ簡素に、此処まで告げたとたんに、朋は手を私の前に差し出した。 出せと云う事か? 当然だろうな。 周囲に喧伝する事柄でも無いし、どちらかと云えば秘匿義務の対象物でも有るのだ。
常に、解析途中の古代魔導術式を書きつけた羊皮紙は持ち歩いている。 【容量拡大術式】の符呪を施した腰の腰鞄から、一巻の羊皮紙を取り出し朋に手渡す。 朋は羊皮紙を紐解き、綴ってある『古代魔導術式』に視線を落とす。
もう、何も耳には入らないようだった。
やはり、朋はどのような立場に成ろうとも……
――― 魔法馬鹿なのは、変わりはないようだ。




