――― 足元の充実 ―――
――― 私の憂いは取り除かれた。
朋への罪悪感も、朋の姿を見れば、彼もこの状況を『敢えて』楽しんでいる様にも見えた。 故に、私は私に課せられた『密命』を果たす為に邁進できると言うモノ。 ならば、その期待には応えたくある。 そう、課せられた『任務』を遂行するにあたり、用意せねばならないモノが有ったからだった。
目の前に座る朋は、現在の状況すらも楽しんでいるのだ。 なんと、頼もしい事か。 これが、上級伯家に生まれた『漢』の生き様なのかと、尊敬の念を覚える。 そうなのだ、姿形など、貴種に生まれた者の矜持を私は見せつけられているのだ。 それは、とても崇高な事でもあり、誰もが成し得る偉業では無いのだ。 ただただ、尊敬の念を心に抱く。
そんな朋が画策したのは、私の生家を北部辺境伯家が取り込む事。 王領として独立を果たし、王国からの援助なしに政務を行うとなれば、其処に確たる経済基盤は必要となる。 それを我が騎士爵家に求めたのだ。 悪辣な手を使わずとも、それが現実となった背景には、少々不満も有るが、それが故に朋の行動に感謝もした。 現騎士爵…… 長兄様もその事に恩義を感じていらっしゃるのだと思う。 それが証拠に、一つの提案を長兄様は朋に差し出された。
――― 『砦』を、生家の騎士爵家より北部辺境伯家が『租借』する事だった。
主に、朋が王宮魔導院民生局第五席としての業務を行う場所とする事とされた。 これには朋も素直に頷いていた。 なぜならば、王宮魔導院 民生局 分局として独立した『研究施設』は、何としても必要である。 安全性、秘匿事項の多さ、なにより、既に研究室としての機能を果たせるだけの設備。 それらを一から造営する必要が無いのだ。
安全面を鑑みても、森の端より距離が有るのならば、それだけ有利でも有る上、長兄様が率いる騎士爵家の護衛隊の守備範囲でも有るのだ。 北部辺境ではこれ以上、安全を保障できる場所は無い。その事を十分に知る朋だから、すんなりと受け入れたのだと思う。
新たな王領 領都が出来るまで…… と云うか、その主要な建物群の建築が完了するまでは、『砦』の機能は保持される。『通信室』も、あちらに移すまではそのままこの『砦』に於いて業務の続行を示唆されているのだ。 監視網に穴をあける訳には行かない。そして、移行するにしても、それを成すべき人材も必要となって来る。
『砦』の施設を作り上げたのは、街の魔道具師の友人 及び、その徒弟たち。最優先で随意契約を結び、辺境伯領都、辺境軍本拠地に拡充した通信室の整備を依頼した。正規の報酬は、それまで細々と支払って来た総額よりも大きい。宰相府を通し、国庫から引き出される金額としても相当に多いが、宝飾品、贅沢品に充てる金穀では無い事は、あちら側も重々承知している為、直ぐに承認が下りたと聞く。
北部国軍も、総司令部兵站参謀が、その辺りの事は上手く手を回し、通信室と云う北部辺境軍の機密に近い事柄を、上手く韜晦して予算を取り付けられたとも伺った。技術的には、此方の人員ですべて賄えるが、金穀に関してはかなり厳しい事だったので、私としてもホッと胸を撫でおろしている。遊撃部隊の作戦執務室もまたしかり、厨房、服飾、冶金、軍執政官なども、移転に目途を付けつつ業務に勤しんでいるのだ。
兄上が『砦』を丸ごと王宮魔導院 民生局に引き渡すとしたのも、移動が難しい設備が此処には有るからだ。そう『魔石粉』『魔晶粉』の量産設備である。アレを丸ごととなると、相当に難しくも有る。それに、ギルドに出した高温炉の設置許可もこの『砦』が設置場所と指定されている事も有るのだ。 易々と移動する事は出来ない。その事を兄上は知って居る。
故に、その判断は、紛れも無く騎士爵家として北部辺境伯への『忠誠の証』とも言えた。
現在は北部王国軍の仮拠点でも有る。 がそれは、あくまで仮初の物。 王領領都に『北部辺境伯が御座所』が有る様に、北部王国軍の司令部もそちらに有るのが極めて妥当なのだから。 現在、王領領都の建設が、足早に進められている。 魔導の能力が豊かな魔導士が付いているのだからな。 北部辺境伯である朋の目論見通りと云うべきか。
建設地は、元「森の端」の小邑。 一つだけ特筆すべき事柄は、その場所に輜重隊の根拠地が置かれていた事。 そう、中層域と浅層域の間に有る『拠点』への補給点だった場所だ。 物資の集積を目的とした倉庫が幾つかと、輜重隊の使う馬車、連絡兵や監視兵が使用する駿馬たちの厩。 そんな施設群があった場所だった。 そこに目を付けたのが、北方王国軍の兵站参謀。 立地や森からの脅威、生家の騎士爵家が有る街までの利便性、何より魔導通信線の結節点と云う事を重要視されたのだ。
朋は、最初からそのつもりであったのか、上申と共に命を下す。 朋も早く仮住まいから出たかったのかと、そう思ったが、そうでは無かった。新王領『領都』に思いを馳せていると、その様子を見ていた朋は、笑みを多くしながら彼自身の想いを口にする。
「あの地なれば、『魔の森』全域に対し、ほぼ等距離となる。 魔導通信線の問題もあの場所ならば、新規敷設を行わなくても十分に耐えうる。 なにより、あの地に物見の楼を建てれば、遠く「拠点」も視界に収まる。 更に言えば、魔導通信線に寄らぬ信号所を建てる事さえ視野に入るぞ。 魔導通信線の重複が問題になりつつあるのだろ、その解決策の一助になる」
食客としてこの地で暮していただけの事は在るな。その考えは、私も考慮に入れていた。幾つかの候補地を上げる中で、兵站参謀殿に強く推したのは、その小邑だったからな。 色々な面倒事が、出来るだけ小さくなるようにと考えれば、ほぼ一択となるのだ。 しかし、北部辺境伯が居城を建設するのは、一朝一夕にはいかない。 まして、領都を目指して『街』を造営するのであれば、時間もかかる。 幾ら強大な魔術師がいようとも、この事実だけは変わらない。
「なに、最初は小さくていいんだ。 基礎部分だけ“しっかり”と縄張りが出来ていれば、後はどうとでもなる。 なにも、全ての施設群を同時に造る必要すらも無い。 最初は軍、その次に辺境伯が居住場所。 街はその後でも良いのだ。 その為に、色々と画策したし、貴様にも知恵を出してもらった」
そっと微笑む、朋。
まぁ、そうなのだ。 相談は受けた。 街の礎を置くのに、なにか構想はないのかと。 街の設立場所は決まったが、街の概要 及び 都市設計は、中々に難しいのだ。 王国の他の地域とは違うのだ。 直ぐ傍に『魔の森』と云う脅威が鎮座しているのだからな。 北部辺境伯家官僚団に、一任すると云う訳にもいかない。
――― この地は我が故郷でも有る。
土地勘や、こうあって欲しいと望む形も有るには有った。 それを成す金穀が無かった。 が、今は王領。 国庫が後ろ盾となる。 ならば、遣り様はある。 勿論、無制限と云う訳には行かないが、それでも、定礎するくらいなら…… 支出も認められようもの。
理想となる形は、頭の中には有った。前世の古代都市。戦乱にも耐えうる城塞都市とも云える。四方を強固な壁を以て街を取り囲み、四方に門を置く。 碁盤の目に街路を敷き、北辺に北部辺境伯が居城を置く。 なに、小邑なのは人が居ないからだ。 追々、人も集まるだろう事は明白。土地自体は、広く荒れ野が広がっている。計画都市を造設するには、十分な拡張の可能性を持っていると思ったのだ。
安全を考慮し最初は『北辺の壁』と『城塞』を構築、その後、西方、東方の壁を構築、南方は最後。 辺境伯閣下の居城たる城塞から南方に続く街路は広く取り、その両側に街区と商区、工区、農区を置く。 「魔の森」から流れ出る川が幾本か有るので、用水路で繋ぎ北辺の城塞城壁の下を通して『街』に引水する。
町中に水路を巡らせ、これを上水となす。 下水は、地面下に構を構え、その中を南へと通す。 街の南方に辿り着く様に引水し、遊水池と成す場所に引き込む。下水も汚水も其処に流れ込む様に。 前世で云う、下水処理に使える魔物すら居るのだ。周辺を巡邏する事で容易に下水処理は完了する。
まぁ、理想を云えば、そんな形だ。
もし、私と同じ前世の『世界の記憶』を持っている者が居るとすれば、『長安』か『平安』か、それとも、『長岡』かと問われそうでも有る。 まぁ、私の記憶にある計画された都市と云うのは、そんなモノだ。
私には都市構想などと言う能力など無い。 有るのは前世の記憶。 住んでいた世界の歴史的都市の姿しかない。 『銃』の存在が有れば、星形城塞も考えられたが、それは捨てた。 この世界では、軍史の中に十字砲火などと言うモノが、存在していないのだから。 ……が、それが故に、この地に見合う城塞の『完成形』は、知って居た。
――― 故に構想を出せと言われた時に、その知って居る形を口にしたまでだ。
王城や領主城を中心とし、同心円状に広がる、この世界の『都市』の基本からは大きく外れるが、辺境『魔の森』の側ともなれば、相応の防御城塞の構築は必要不可欠でも有る。 そして、騎士爵家が漢の矜持として、最前線に常に立つ気概を持たねばならない。
勿論、十分な防壁を準備して…… なのだがな……。




