――― 新たな景色 ―――
北辺の貴族家の再編。
それは、我等が騎士爵家の抱き込み、王領太夫 北部辺境伯を中心とした、北辺騎士爵家群の再編に他ならなかった。 北部辺境伯家に与力する者達は、北辺騎士爵家の『寄り子』となり、各騎士爵家の本家ともつながりを持ちつつも、独立した分家として扱われる。
本来、辺境域の貴族が任命する騎士爵位を得た家は、従爵を持たざる家。 ここで辺境伯家は横車を押す。 自家に与力する者達に対し、北部辺境伯家が一括して与爵位として『従騎士爵位』を叙爵した。 従騎士爵位を授与された者達は、『寄り親』変更を申し出た各騎士爵家の本家から分かたれた『分家』では有るが、その身は北部辺境伯の与力家、連枝として扱われる。
連枝門下が衰退した高位貴族家を維持する為に制定された法理を拡大解釈し尽くした、かなり無茶な行動なのだが…… この倖薄き北部辺境域に於いて、その過酷さを知る者達を抱え込まねば、北部辺境伯家として、体面すら維持できないのが厳然とした事実として有るのだ。
北部辺境軍の編成も、庶民ばかりの軍など夢見ても、そんなモノが王国軍法的に認められる筈も無い。爵位を持つ者が居なくては、建軍など夢想も同じ。 しかし、本領や王国の様々な場所から指揮官を募ろうとも、総司令官閣下が仰られた通り、誰も手を挙げなかったと云う事実。つまりは、『旨味の無い場所に自ら出向く馬鹿』は居なかったと、そう捉えても良いとの事。
そこで、総司令官は宰相府と軍務卿に掛け合われた。 『最低限の爵位を持つモノ』ならば、王国軍の指揮官に任命しても、王国軍法に抵触しないと確約を取られたのだ。 派遣指揮官の問題に頭を悩ましていた軍務卿は二つ返事で「了承」の意を顕わし、宰相府はかつてない程の速さでの認可を下ろす。 勿論、貴族院議会の承認付きで。 つまり、国王陛下の御認可の元、この采配は成されたと云う事。
北部王国軍 主力の礎は、何の功績も知られていない北部辺境域の筆頭騎士爵家が中の、傭兵部隊の一隊である「遊撃部隊」。 そんな私設軍の指揮官に爵位を与えるとなれば、本来なら相応の功績が無くてはならない。 が、そんなモノは王国政府に提出されている訳が無い。 そんな者達を、軍の指揮官にしなくてはならないのだから、北部国軍総司令官殿の、『無理』と『無茶』と『剛腕』が必要となる。
しかも、北部王国軍が北部辺境伯に対し行った陳情を成したとしても、北部辺境伯がその者達に爵位として与爵するのは『騎士爵位』が精一杯なのだ。事実、北部王国軍の司令部はその線で、軍編成を考えておられた。しかし、それでは、北辺の貴族的階層が混乱する。よって、それを下回る爵位を、北部辺境伯と『宰相府』が無理矢理『創出』したのだ。
およそ、中央の軍団では考えられない低位の貴族もどきが、軍高官の職位を拝命する結果となったのはその辺の事情が深く絡み合っている。 実際、軍編成に於いて各職位に付随する爵位に対する配慮など、全く存在していない。 誰もが同一の爵位なのだ。 そう、従騎士爵位…… 小隊の部隊長から、大隊の部隊長、管区指揮官まで全て、従騎士爵位で占められる…… 中央の軍では認められるようなモノでは無い。 それに……
『従騎士爵』位? なんだ、それは? 未だ、理解が追いつかない。
―――
現在建設中の王領領都視察からの帰路、久しぶりに『砦』へと戻った朋が、かつての自室で寛ぎながら、私との歓談の機会を求め、状況の情報交換に勤しんでいた。 見た目は女性でも、中身は男性である。 体力的には、文官とは言え魔導卿家にて相当に鍛えられてもいる。 その上、下々の者達の間で暮した体験や経験が朋を異常に強くしているのだ。
疲れを知らぬ朋に、筆頭政務官以下、各職が必死に喰らい付いている…… 様にも見える。 事実、王領領都の礎は既に置かれ、埋設される下水路も、既にその行程は終わりを迎えている。 上水路の整備も進んでいるらしい。『疲れ知らず』の朋は、大きく表情を崩しながら、私と言葉を交わすのだ。 憩いの一時だと云う様に…… その場で私の疑問や不安に答える様に笑い乍ら、言葉を紡ぐ朋。
「何事にも大義名分が必要なのだよ、朋よ。 私を寄り親と認めた者達は、各辺境騎士爵家の分家に相当する。 彼等の生家を『本家』とするならば、その当主よりも爵位的に高くなっては、この倖薄き地に混乱を齎す元凶となりかねない。 分家として立ち、功績をあげ従爵位から、王国が認める本爵位に登爵した時に、初めて本家の爵位を上回る事が出来るのだよ。 それに、もう…… 宰相府は動かれている。 王国四辺の貴族家に対し、騎士爵位を勝手に叙爵する事は、通達として禁じられた。 正規に上申し、宰相府と貴族院議会の承認を通し、国王陛下が下賜しなくては、国王陛下以外の貴種貴顕によって叙爵される事は無くなった。 貴族の階位を与えられるのが中央に集約されたと云う事なのだよ」
「なるほど、そうか。 有象無象の『蛮勇を振う者』に、貴族籍を勝手に与えぬと、そう思召したのか」
「一番の懸念であった『北部辺境域』が王領と定められたのが、その表れでも有るからな」
「深きところからの、変革で有ったのだな」
「まぁな。 それを理解し、その上で『従騎士爵』の創設と叙爵を願ったのだ。宰相府には、相当に嫌われるぞ、私は」
「だろうな。 しかし、朋はそれをものともしない。 なにせ……」
「「天才なのだからな」」
軽い口調に、心が安らぐ。 朋は、そう云う漢だった。 そして、爵位が変わろうと、為人が変わる事が無かった事を慶ぼう。生家の寄り親が北部辺境伯家となった事は、誠に慶事。 現状、辺境伯家が直に叙爵した騎士爵家は我が家一家のみと云う事から、北部辺境伯家の『直参騎士爵家』と、周囲からは見なされる。 その家の三男…… というか、御当主の弟という立場なのだ。 そして、あまり大っぴらにはしていないが、私は、約束通り継嗣が望めない北部辺境伯家の継嗣指定をされてしまった。
勿論、爵位の差が大きすぎると云う理由で、宰相府にて継続審理に掛けられ、公式には認められてはいないとは言え、その意思を示した北部辺境伯と、その意を受け入れた私の意思を以て、私は厳密に言えば北部辺境伯家の一員となっているとの事だった。
考えたのは、あの怜悧な筆頭政務官殿。 私はその事実を知って居る。 笑った姿を見た事が無いのだが、仕事には真摯にして、王国法を熟知した方で有るのは理解した。爵位の隔たりを無視する方策まで、考慮に入れておられるとの事。 その旨を伝えられた時に、“ 奈辺に有るのは何だろうか ”と、お聞きする機会が有ったのだ。 その時、彼の御仁は、言葉を惜しまず私に応えて下さった。
「私には何故かは判りませんが…… 辺境伯閣下は『辺境女伯』として、貴殿を『女婿』として迎える事を良しとされなかった。 事情は理解しているつもりですが、それが、一番軋轢なく物事を運べる手段だと云うのに、いくら進言しても、それだけは拒否された。 理解に苦しみます。 が、それが御意思なのならば、従うだけです。 次善の策として、考案したのが、この策です。 指揮官殿が辺境伯閣下の『養育子』に入る」
一旦、口をつぐみ、その決断が困難を伴うモノである事も、私に告げてくれた。
「しかし、爵位的に貴殿を辺境伯閣下が継嗣指定しても中央には認められはしません。 宰相府が止めます。 と云うよりも、前例が無いのです。 よって、この案件は『宰相府』預かりとなり、貴殿は今まで通り、騎士爵家が三男と云う立場は変わりはしない…… が、王国法に従えば、親と養育子の双方が合意に至って居れば、辺境伯閣下は貴殿の『寄り親』にして親権保持者と王国法で規定されております。 これで、他家からの貴殿の身柄に関する事は、全て辺境伯閣下の裁量となりました。 貴殿を辺境伯閣下の『女婿』としないと云う、辺境伯閣下の『御意思』を貫く事によって、このような複雑な、法的にもギリギリ解釈出来る『方策』を考えねば成らなかった…… と、云う事です。宜しいか」
「了解した。色々と制度面、王国法的に苦労を掛けると思う。宜しく頼みたい」
「それが、私の使命です。辺境伯閣下の統治に全力を尽くすが筆頭政務官が仕事ですので」
「成程。 卿の為人も承知した。 朋…… いや、北部辺境伯は難しい漢ならば、今後も何かと問題を引き起こす事は確実。 諸々の相談事は卿に御話しすれば宜しいか」
「漢…… ですか。 あの姿を見ても、そう云われるのですね。 ……併呑されし他国の王族と同じ爵位を賜った、辺境伯閣下の御宸襟、改めて理解出来ました。 なぜ、あれ程…… 頑なであったか。 ……分かりました。 貴殿の相談事は、勿論 承りましょう。 筆頭政務官を拝命し『この地』に骨を埋める覚悟をしたのです、当然の事でしょう」
「心強き御言葉です。 朋を…… 北部辺境伯閣下を頼みます」
「承知致しました」
その時の会話を思い出して…… なんだろう…… 不思議な感覚にとらわれる。 その方は、どういった経緯で筆頭政務官に成られたのだろうか。 しかし、彼の持つ、辺境伯閣下に対する『忠誠心』は、本物と見受けられた。 だから、安心して『朋』を任せられるし、王領太夫としての『朋』の仕事の補佐をやり遂げるであろうと確信した。
私には何も出来ない。 その能力も無い。 故に、託すしかない。 が、託すに足る人物が、朋の側に付いている。 ならば、北部辺境伯家は人的に万全を期していると云える。 王国上層部の思惑も有るだろうが、その任に『朋』が、十全たる能力を発揮すると目されていると、事実は告げている。 『申し訳ない』と思うと同時に、『誇らしく』も思う。 朋は、この国を主導する方々に、認められたのだから。
――― 『後顧の憂い』、『朋への罪悪感』は、これを以て晴れたのだ。
第二部、第三幕 後半。
始まりました。
そして、書籍発売のカウントダウンも始まります。
せーの、四日前!!
とても、素敵な書籍に成りました! 御手に取って頂ければ、嬉しい限り。
共にご尽力して頂いた方々の、努力の結晶が書店に並びます。
表紙だけでも一見の価値アリ! 【紙の本】は、手触りが…… 試してくだされは、幸いです。
ちなみに、電子書籍も有りますよぉ~~~




