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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
幕間 王都 貴種貴顕の対処と思惑
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幕間 北部辺境伯家と、新たな騎士爵家


 辺境伯家は、着実に辺境に根を下ろし始めた。 王領として、広大な「魔の森」浅層域を領として治めるとされたが、当然そこに邑や村、町などは開く事など出来る筈も無い。 辛うじて「森の端」の邑々が支配領域に含まれるだけだった。 税収など期待できない事は最初から分かり切っていた事なのだ。


 だが、我が騎士爵家が上級女伯家に「騎士爵位」を返上した事により、事情は少々変わった。


 北部辺境域のこの地では、それは天地がひっくり返る程の出来事では有るが、王国北部から…… いや、中央の王侯貴族から見れば、騎士爵家の滅亡など、ほんの些細な出来事でしかない。 ただ、朋はこの事を『善き機会』と捉えたのだろう。 王領を差配する立場に成れば、自身の支配する領を豊かにすることは、貴族ならば命題ともなる。


 騎士爵家継嗣より、この状況を事前に聴いていた北部辺境伯は、北部辺境域筆頭騎士爵が上級女伯に、その『爵位』を返上したと聞くと同時に、継嗣を作戦執務室に招かれた。 そして、辺境伯として彼を新たな『騎士爵』として、北部辺境伯として『叙爵』する事をその場で決せられた。 北部辺境伯は薄く笑いつつ、彼に対し言葉を紡ぐ。



「あぁ、打算が多いのですよ、御継嗣殿。 北辺王領の惨状を見て下さい。 人口は「森の端」にある『邑の者達』をすべて合わせても、この騎士爵家が有る領域には遠く及ばず、この街の人口すら下回る。 いわんや経済力など無きにも等しい。

 王領と云う立場であるので、領を維持する金穀は国の予算が宛てられ、税も収める必要は無いのですが、それが王領と云えましょうか? 私は嫌なのです。

 この森の端に住まう、最北の民が塗炭の苦しみを耐えているのは、もうこの地の他に行く当てのない民であるからと云えましょう。『倖薄き地』に執着を持って、この地に留まる以外、彼等に生きていく術は無かった。 元々、郷士である北辺騎士爵家の各家も、彼等の思いは理解出来ましょう。 それは、私も同様なのです」


「それは、嬉しき言葉で御座います。 お口にされた御言葉は、この北辺に生きる者達の総意に御座いましょう。各地域の騎士爵家の者達も、そこに棲む民達も、この地に執着と云っても良い程の想いを抱え込んでいるのですから」


「当然です。 中央から忘れ去られた様な土地であり、中央の貴種貴顕は『この地の事』を念頭に置く者は居ません。 帳簿に乗せる数字が、彼等に認識できる全てなのです。 ……しかし、戦野を駆け巡られた国王、王妃両陛下や、その宸襟をずっと垣間見てこられた宰相閣下は別でした。 あの方々は、この地に手を入れる事を…… この地の安寧を護る事を心に据えておられた。 国務系統の、能吏と呼ばれる侯爵様が北辺に封土を与えられていたのは、その為だったのでしょう。 ……目論見は、崩れておりましたが」


「いくら才豊かな能吏であろうと、其の目が中央に向いていたのでは、北辺の安寧に心砕く事はない。 でしょうか?」


「まったくもって、その通りでしょう。 先の戦役前に、大きく領地の配転が成された時、陛下は決断されたのでしょう。 ご自身の宸襟の添わぬ者達は、これを排除する。思い描いた挙国一致の体制を取ると」


「そして『上級女伯家』が、この地に配転された。 これも、少々王家の思惑が有ったと? 侯爵領から北側の多くの伯爵領や子爵、男爵領を纏めて上級伯領と成さしめたのですから、その手腕を期待しておられたとみても?」


「たしかに、その通りです。 領地の推挙を成されたのは、現王太子妃殿下。 その想いを受けられ、各部署に働きかけられたのは王太子殿下。 配慮と思惑の結果、上級女伯は当地にて一定の見識を見せられ、表向きは上手く御領を統治されている。

 貴方の弟君が、その補佐役に就いているのが『大きな要因』なのは、知る人ぞ知る表には出ない真実。 国王陛下も、宰相閣下も年若き経験を持たぬ上級女伯の女婿として、その傍に置く事を望まれたのは、北辺の事情に詳しく逞しく生きて、民を護る意思を堅持して居る者しか勤まらない。 そう、ご判断されておられたのです。


 ――― そして、あの戦役が起こった。


 中央軍の失態を糊塗した、北辺のしぶとくも勇猛果敢な武人。 求心力、民や兵たちからの『尊崇の念』を受けつつも、自身は王国の藩屏たるを自認している。 そんな、誂えたかの様な人物が、上級女伯が側に現れた。 次男と云う立場は、御継嗣の補佐をする事は、辺境では当たり前の事。 ならば、その才を上級女伯が片腕として振るって貰えたならば、難治の地を上手く統治できるのではないかと、宰相府は考えた。 故に、無理筋な政略婚姻ではありましたが、宰相府、軍務卿家が戦役の戦勝を隠れ蓑に、成し遂げたと云う事です」


「それほど、目を掛けて下さっていたのか、弟に…… 我等が国王陛下は……」


「そうです。 『貴族が矜持は辺境に有り。』 陛下の御言葉です。 が、この度は善意と希求が悪く作用しました。 薬を処方して、高い薬効を求めた結果、副作用が強く出て全てを混沌に落とし込んだ。 事実は、奇怪です。 が、それしか術は無かった。 御家は上級女伯家から下賜された騎士爵位を返納されてしまわれた。 貴殿が父上である騎士爵殿は、貴族籍を失い市井の民となられた。 その妻女もまた…… が、辺境の民は粘り強い。 この地から離れる事無く、更に護る力となって下さりますでしょう。 懸念点は一つ。 これから、貴方の弟君は辛い御立場に成る事」


「元より、弟は覚悟しております。 命すら狙われる事も視野に入れて。 が、それでも、前に進まねばなりません。 “ 礎となるならば、荒野に(むくろ)(さら)すも、辺境の掟 ”と、弟は私に言いました。 わたくしも出来る事があれば、出来るだけ……」


「御覚悟、見事です。 あとは、あちらの見識が試される。 ()わば、今回の騒動においては、上級女伯領が行く末を『占う』出来事となりましょう。 真実を見る眼が有るのか無いのか。 言い方は悪ですが、宰相府からは、弟君は彼女の行く末を占う『試金石』と目されている…… といっても過言ではありますまい」


「私の弟は…… それ程の者でしょうか?」


「北辺の者達は皆、御自身の事を過小評価されている。 朋にしても、貴殿にしても、上級女伯が女婿殿にしても…… 貴方達、三兄弟の『胆力』と『見識』、『果断な判断と決断力』、『行動の迅速さと断固たる姿勢』を貫ける者は、王都…… 中央では…… そうは居ませんよ。 ええ、わたくし『辺境伯』が保証します。 きっと、貴方方の御気性は、先の騎士爵殿と その奥方様から引き継がれているのでしょう。

 さて、此処まで言えば、お判りでしょうが、敢えて言葉にいたします。 我が北部辺境伯家は、この家に携わる者達の総意を以て、貴殿に『騎士爵位』を授けたく思います。 支配領域は、貴方の御父上が支配されていた領域全域。 家業の商いは、貴方の奥方と、貴方の母君が引き続き行って頂きたい。 さらに、御父上に関して申し上げれば、あれ程の『豪の者』を、むざむざ徒食させる事など、この辺境域では犯罪的とも言えましょう。 よって、辺境伯家の食客として遇し、配下たる騎士爵家に合力して貰いたい」


「……引き込むと?」


「当然です。 勇敢なる兵の供給源。 莫大な財を動かす商家。 その両方を北部辺境伯家は欲します」


「……素直な方だ。 辺境風…… と(いえど)も、そこまで明け透けな者はそうは居ませんよ」


「ならば、私は敢えてそう振舞いましょう。 北部辺境伯家には余裕など在りません。 全てを、王都に覆いかぶせるなど、出来かねます。 それが、我が矜持でもある。 よろしいか、これは密約でも何でもないのです。 上位者である辺境伯が、騎士爵家当主に対し命じていると…… そう思って頂いても構いはしない。 強権を発動するのは、今を置いて無いのです。 行く末に光を置くのは、王領太夫が勤め。 私は欲深いのです」


「成程、それが辺境伯の為人ですか」


「人として欲深く、魔導に於いて『天才』なのですよ、私は。 よって、貴殿が未来、貰い受けたい」


「まるで…… 婚姻の挨拶の様だ」


「家と家との結びつきなのですから、同じようなもの。 『何時何時(いついつ)までも、何処(どこ)までも。』 この身形でこの言葉を吐くと、心に大きな傷がつきそうですが、まぁ、辺境伯領の未来を思えば、如何ともしがたい。 ご返答は?」



 大きく息を吸った彼は、真摯に、そして力強く言葉を紡ぐ。



「……謹んでお受けいたします。 天地神明にかけて、誓いを建てましょう。 『何時何時(いついつ)までも、何処(どこ)までも。』 我が連綿と続いた騎士爵家の『矜持と誇り』は、北部辺境伯様と共に…… 」






幕間は、これで、終了です。

第三幕、後編に続きます。


楽しんで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
思えばこの辺りの考えが国王や宰相に評価されるんだろうな。王太子妃は飽くまでも騎士爵家三男の能力を評価してちい兄様も足掛かり程度としていたのに対して、朋は騎士爵家の全てとその根底にある矜持を評価して寄り…
中途半端に聞き耳とると 伯が男に求婚した様に勘違いするやろ
挿絵の感じからイケメンな長兄、中身は男でも辺境”女”伯、『叙爵』に関して変な噂はされそうだ。上級女伯家あたりから出てきたら王族や宰相府から更なる失望を招くことになるんだろうな。
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