幕間 国王執務室での密談②
『謁見の間』に於いての宣下。 権勢争いに負け、自身の行く末に昏い未来しか描けなかった者達を、どうにか救おうと懸命に考察した結果…… 頼るべきは、高潔なる者達と、決断した過去の日々。 宰相もまたその傍にいた。 言わずもがなの『言葉』を紡ぎ出す。
「そんな事もありましたな。 北部辺境域とは、歴代の国王陛下と王妃陛下が最後に縋る避難所でしたな。 筋は通したんだ、誰にも謗りはさせねぇよ。 一見、王都からの『所払い』の様に見えて、真意はそうで無かったんだ。 お前の『真意』を汲める者達のみが『彼の地』へと去り、そうで無いモノは王都で『骸』を晒した。 王国史に於ける『秘事』に近い出来事だなぁ、おい」
「そんな、大仰なモノでは無い。 ただ、ただ、彼等の命が惜しかった。 故に遠ざけた。 才覚を以て、彼の地の役にでも立てばと…… 通じて、王国安寧の礎に成ればと…… な」
「『権』を失うも、『能』は失わず。以て、王国の繁栄に寄与せよ…… 歴代の国王陛下や、お前にとっちゃ、手足を捥がれたも同然だったしな。 その苦痛を、子供達にゃ味わわせたくねぇよな…… 分かっているぜ」
彼等にとっては遠い昔の出来事。 しかし、それは、歴代の国王たちも同様であった事は、王国史を紐解けば理解も出来る。 有能故に、王国の腐った部分に我慢がならなかった者達。 高潔にして、断固とした意志を持つ『漢』や『女傑』。 ならば、その才が最も必要とされる場所へと誘う事もまた、国を指導し率いる者の使命だと言わざるを得ない。
「……王太子には少々現実を植え付けねばならんな」
ぼそりと国王陛下が、そう言葉を紡ぐ。 王妃陛下は過たず陛下の御意思を受け取り、政務に落とし込む。 王太子の『巡啓』が、世俗と関わるには、最短では有るのだ。
「『外縁部視察』……でしょうか、陛下」
「まぁ、学んでもらう。 どうか、宰相」
「教育局も、その線で纏めてるぜ。 アイツ等にも思う所が有ったんだなぁ…… だがなぁ……」
「だが? なにか不安でも、宰相?」
「いや、アイツ等の思惑じゃぁ、行き先が東部、南部、西部の辺境域。 滞在日数も限られている…… 北部は無しだ。 王領では、視察の意味が無いとな。 しかし、アレじゃぁ、物見遊山だ」
「……すまんが、宰相。 頼まれてくれるか?」
「……『はい、承りました』 とは、行かぬよ、陛下。 条件が有る。 こっちでも、色々と動いても良いのかい?」
「事態の悪化を齎さぬ様、実態を見せつける…… 各辺境域にも『火種』は、燻り続けているのだ。『火』を熾す必要は無いが、『火種』は見ておく必要はある。制御出来る内に、対処をせねばならん。傍付にそれが出来る者を用意して欲しい。 宰相には、何かにつけて頼る。 ……済まない」
「かぁ~ 今更かッ! ……解った。 そう云う事なら、宰相補を付ける。 各地に火の手が上がらぬ様に、『火種』を叩いて回らせよう」
宰相の背後に佇む漢の眉が寄り身体が強張るも、言葉は一切発しない。 宰相がそう云うのならば、それはもう『決定事項』なのだと、背後の漢は理解している。 つまり、暫くは王都を離れ、各辺境域を転々としなくてはならないと云う事を理解した。“ その地に於いて、不穏な事柄を見出し、それを王太子殿下に奏上し、状況分析と対策構築を迫り、ケツを叩き続けるのか…… 忖度無しに、王太子殿下の肝を太らせる仕事とは…… こりゃ、一大事業だな ” と、漢は胃が重くなる。
「腹の黒い宮廷狐のお墨付きとは心強い」
「おめぇ、それ、誉めているのか? まぁ、そうだな。 俺の目から見ても成長著しいし、軍務卿家には悪いが、コイツはこっちで使う」
「軍務卿も悩ましい所ですね。 一人はとても優秀と誉れ高い者だったのだけど、アレと一緒に墜落。 もう一人は軍才豊かなれど、才豊か過ぎて、宰相府に目を付けられた。軍務卿家の次代は少々問題が有ると云う事ですね。 それで、あちらの継嗣問題はどうなりました?」
記憶を呼び出す様に、宰相は天井に視線を向け、腕を組む。 細く声に出した答えは、苦悩にも似た響きを持っていた。
「継嗣指定されて居る者は、宰相府で抱え込んでいるんだ、次代には成れんよ。 次善の策としてな…… 色々と画策してるぜ。 優秀なるボンクラが、領地にて『領の政務』に付いていてな、専念させていると軍務卿は言っている。 アレは、色々とあって軍部には戻ってこれんのでな。 ……領地で飼い殺しさ。 軍務卿夫人も手元に可愛い息子がいるのだから、それはそれで満足しているのでは? 早々に婚約者との婚姻を成しておるし、間に子も出来たと聞き及んでいる。 まぁな、こちらの『目』と『耳』は入れているから、問題は無いぞ。 なんなら、軍務卿家へ教育官を派遣するのも手立ての一つだと思う。 うまく誘導すれば、軍務卿家の次代となる、どうだろうか。 まぁ軍務卿には、さらに長期間『職』について貰わねばなりませんがな」
「……そうか。 あの若者も『ダメ』であったか」
「己が才覚に疑いを挟む事のない、自身が全能と思い込んでいた節がありましたから。 辺境伯との違いは其処なんだよなぁ…… アレは、自身の事を『天才』だと嘯くが、その実、徹底的に自分を疑ってかかっている。 同じ、不可能を前に…… 固まるのは、軍務卿の愚息、不可能を可能にする為に『足掻く』のが辺境伯。 そんな不可能を、あっさりと覆した者が居りましたからな」
「先の戦役の事か」
「方や、司令部全滅。 方や、帝国督戦隊殲滅。 秘匿された事跡だが、帝国の主力を壊滅した者もいる。 これだけの差を見せつけられては、アレが『軍』に残れる訳が無い。 軍務卿も苦渋の決断だっただろうぜ。 それが故の元継嗣の領地逼塞となったんだ。 生まれた孫に期待し教導せにゃ、あの家は潰える」
深く深く息を吸い、細く細く嘆息が零れる。
この国を想い、未来に光を置かんとする者達。
その道は果てしなく険しく、そして、昏い。
だが、怯んではならない。
故に、最善を模索する為には、王太子にも茨の道を歩ませる事に躊躇は無い。 深く思考の中に沈み込む国王陛下、王妃陛下、宰相閣下を見詰めながら、宰相補は少々諧謔味を感じていた。
“ あぁ~あ、朋達よ。 貴様等、相当に高く評価を受けているぞ。 俺は、俺なりにこの国に光を置く。 貴様等は貴様らなりに光を見出せ。 しかし、なぁ…… 次代に重荷を背負わせるのは、この国の『在り方』の一つなのか? これが、貴種たる家に生まれた『義務』なのか? 『貴種の存在意義』は、他人が口にする程、軽いもんじゃねぇな。 さて、妻には長期の旅程を示して置かなくてはならんな…… 妻には軍務卿家の家政を纏めて貰わねばならんし…… な。 ”




