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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
幕間 王都 貴種貴顕の対処と思惑
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幕間 国王執務室での密談 ①


 荘厳な王宮。 最奥の一室。

 高位貴族ならば誰しもが心を置くべき場所。

 中、下級貴族ならば、その場に呼び出されただけでも卒倒間違いなしな場所。

 一見華やかに見える王城各所。 しかし、一切の虚飾を廃され、質実剛健たるを、明示した部屋。


 ――― 国王執務室


 人払いを済ませ、王宮魔導院第一席による強固な重結界が張られた国王執務室の中には、四名の人物が佇む。


 巨大な執務机では無く、その手前に配された応接に座す。 四名の中の一人は、なぜ自分が呼ばれたのか理解できないまま、着席する高官の背後に、沈黙を守りつつ佇む。 国王陛下と王妃陛下は並び座り、至高の二人は物憂げな表情を浮かべている。


 その対面に座る人物は国王陛下の宸襟に思いを巡らしつつも、極めて冷徹な表情を浮かべながら、国王執務室へと呼び付けられた『理由』に思いを巡らせていた。 ただただ、重い沈黙が流れている。 結界の綻びが無いよう、厳重に調整された魔法術式により、魔法術式的には閉鎖されている国王執務室。 室内の温度は、魔道具により一定に保たれてはいるが、少々息苦しくも感じる空間であった。


 追討ちを掛ける様な沈黙。虚飾を廃した室内では、重苦しさの質が違う。沈黙に終焉が齎されたのは、疲れた国王陛下の御声。 低く太く、感情を押し殺したような声が室内に広がった。



「それで、王太子妃は納得したのか?」


「わたくしの執務補助を命じました。国の戴たる者を支えるには、視野が狭もうございますから」


「王太子は…… 良き漢なのは事実だが、白河を求める心が強く有る。清き水に棲めぬ魚も居ると云うのにな」


「『世俗』…… を、知らぬのです。『世俗』を知る事を、王子教育の一環に組み入れては、如何でしょうか? 今後の為にも次世代の教育には必須だと愚考します、陛下」


「辺境域で『世俗』の真実を見出させるか。 純粋なる王族教育を施す前にか…… 次代に関しては、それも是かも知れぬ。 考え方の一つだな。 『世俗』の偽らざる現実を知らねば、甘やかな環境だとは気が付かぬ。 そして、その中では培われぬモノが有るのも理解できる」


「その様です。……もう少し早くこの考えに至って居れば、アレの矯正も出来ましたでしょうに。返す返すも……無念に御座います。 余りにも『世俗』を知らなさ過ぎた……」


「済まぬ」



 互いに顔を見つめ合う事も無く、国王陛下と王妃陛下は嘆息と共に言葉を紡ぐ。 真正面からその様子を冷徹な表情と共に伺っていた高位貴族…… 心身ともに国王陛下の宸襟に沿うよう努力してきた漢が、反応を示す。 人払いがされた、この場だからこそ許される、砕けぞんざいな言葉遣いで。



「まぁ、王妃陛下の御宸襟も判らんことはねぇけどな。 アレは想定外だったぜ。 そもそも、第二王子の頭は、悪くは無かった。王宮教育局やら、侍従達からの評もな。黄金の鳥籠の中じゃ、十分に考え囀り表出出来る能力はあった。近くに居る者達の人心を掴む事もな。ただなぁ……」


「宰相…… 何が云いたい?」


「思うモノが全て整えられる王宮に於いて、『挫折』が一度も起こらなかったのがなぁ…… 第一王子が奮起して、王位を目指して邁進しているのなら、焦りもしたんだろうがなぁ…… アレが問題だったんだ。 側妃殿があれ程『野心無き御方』だからな。 王妃陛下、そうでしょ?」


「……よく見ていますね、宰相。王太子の母である側妃は、もともとわたくしの友人。いえ、仕える者でした。 陛下の御側で戦野を駆け抜けた際にも苦楽を共にしていた者です。 王宮に於いて、唯一心許せる者…… 関係性を言えば王太子妃と上級女伯となったアレと同じ。各貴族家の思惑を(かわ)し、貴族院議会の強要とも取れる、陛下の『側妃』選定時に於いて、わたくしの内心を慮り『無害なる者』として彼女自身から提案された事を思い出します」


「動乱期から抜け出し切れていない当時、その申し出がどれほど有難かったか。宰相も首を縦に振ったな」



 遠い昔の事を持ち出され、宰相の表情は曇る。 当時は最良と判断できた事柄だが、今になって思えばそれも又、一つの誤謬だったのかも知れないと。 が、事実は事実。 あの時に側妃殿下の申し出が無ければ、更なる権力闘争が引き起こされていたのは自明の理である。 混迷を極めた時を駆け抜けた者が、振り返り考える時に差し掛かっているとも言える。



「アレは…… そうだな。 国に殉じた『志高い女性貴種」だと思うぜ。 大義名分は色々あろうが、王妃陛下の御宸襟を具に見てきた女性ならではの判断だった。 見事だった。 そして孕んだのが第一王子。 その役割すら全うしたのだぜ、恐れ入ったよ」


「それが故に……」


「『第一王子には一歩引いた王子教育を』と、望まれた でしょうな。 王妃陛下が実子である第二王子殿下が次代となると、強く求められていましたからな。 ある意味、たちが悪い。 王家に生まれし御子ならば、皆等しくその能力を問われるべき。 が、最初から引かせたのは側妃様が王妃陛下の御宸襟への忖度でしょうしな。 故に…… 王太子殿下の再教育課程などと言う、前代未聞の教育方針が教育局で策定されたのですよ、陛下」


「王太子には、強く成って貰わねばな」


「二人纏めて、北部辺境域に叩き込めばよかった…… あの地では、自身が思う事など、なにも実現しない。何もかも思い通りにはいかない。 正面に、北の王国という人の脅威と、『魔の森』という自然の脅威が場所を同じくする場所。 人の命が軽く、風の前の芥と同じ。どれ程の命が、この指の間を零れて落ちて行ったか…… そんな中でも、倦まず弛まず努力を続け、過酷な環境と魔物魔獣の脅威に立ち向かい、必死に生きる忠誠心高き騎士爵家の面々。 それを『矜持』と云うのですね、陛下。 思えば、幾人も逃がしましたね、彼の地に」


「王都での政争に破れ、命を狙われた有能なる者達。 歴代の国王も、その対処に関しては心を砕かれていた。 それ故に、彼等の『命運』を預けたのも又…… あの地の者達だったな……」



 王国史の闇に属する事柄。 かつて王国で行われた数々の貴族間の権勢争い。 その中に含まれる『謀略』の類の結果、衰退してしまった有力貴族の面々。 能力的には確かに高く、国王の側近で有ったモノすら存在した。 が、様々な謀略、貴族社会の均衡と云う面を、度外視しては王国の国政を推進するにはいかなかった。


 その結果の落とし所として、苦渋の決断を以て選択した『勅命(決断)』を、国王陛下と王妃陛下は心の中に浮かび上がらせていた。 今も心に苦い思いが込み上げる。 ならば、彼等にどう報いるのか。非情の決断には、相応の対価が求められる。『国を豊かにし、この国に住まう全ての者達(・・・・・)の安寧を護る力を付ける事』 なのだと、そう心に決めている。


 それこそが、国王王妃両陛下の自認する、自身の『存在意義(イグシステンス)』で有った。






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― 新着の感想 ―
昨今の商社では常識の通じない思い通りに行かない世界に一年から三年放り込むことが流行りの様で、アフリカや中南米の支社長として赴任し会社を「維持する」ことが課されることが教育過程らしい。 利害がぶつかれ…
気が付いたら薄くとも王家の血筋が辺境のとある騎士家に混ざったりするのか 怖いねえ
次代への継承が「本人の能力」ではなく「血筋」に偏るのであらば、増長も堕落もおこる話です罠。   他他国でまれに有る「他の街一つを統治させる」とか「混乱した地に送って学ばせる」とか「辺境伯が良としなけ…
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