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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
幕間 王都 貴種貴顕の対処と思惑
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幕間 逢魔が時の茶会③

 

 昏い瞳の王妃陛下。 幾つもの死線を国王陛下と共に潜り抜けてきた『女傑』が其処に居た。 人の死を、理不尽で無益な死を全力で否定する、王妃陛下の原体験を想像する二人の貴人女性は、その気迫にたじろぐしかない。 本物の経験に裏打ちされた、王国政務の真理。 その真理を知る者として、王妃陛下はこの国を守る『国母』としての役割を十全に理解されている。 


 小さく口を開く王妃陛下。 次なる言葉を怖れを以て待つ二人。



「北辺の『魔の森』浅層域全域は此れを王領と成しました。 王領太夫は特任の辺境伯。 王宮魔導院 民生局 第五席も兼務します。 陛下がお認めに成り、議会も追認しました。 太夫の『権能』は、宰相と同等と定められました。 王都を遠く離れた地に於いての行動の全権を彼の者に与えたそうです。 言うなれば、代理権限を委譲も同じ。それ程の権限を与えねば、あの地を統治する事は出来ぬと、国王陛下も仰っておいででした。 ……為人に問題がある者には、決して叙爵されるような爵位、職位ではありません。 が、彼の者は宰相府も一目置く為人。 その上、特殊な『勅』も全うできると目される能力。 心根の強さと、強かな狡知を以て、彼の地の安寧に寄与するでしょう。 今の貴女達では到底太刀打ちできぬでしょうね。 わたくしから見れば、そう見えるのですよ。 暗部棟梁侯爵家、当主には手出し無用と陛下が宣せられます。 良いですね」


「……はい」


「暗部棟梁侯爵家の次代に付いては、家門連枝より女婿を迎える事を希望します。 もし……」


「……もし?」


「一人でも北方辺境域から生きて帰ってくるような者が居れば、その者が良いでしょう。 実情を目の当たりにし、自身で体験し、そして、生還する能力と幸運の持ち主。 不思議ではありますまい?」


「……ぎょ、御意に」



 放り投げる様な王妃陛下の言葉に、暗部棟梁家の令嬢は首を縦に振るしかない。 王命と同じ重さを持つ、王妃命が降りたと同じ。 王妃陛下は手を振り、暗部棟梁侯爵家が令嬢の退出を命じる。


 ――― 成す術も無く、彼女は闇に紛れる。


 席に付くどころか、ガゼボの中に入る事すら許されなかった。 『怒り』は、一切声を荒らげる事無く、その行動で示された。 王太子妃は、その苛烈な行動に恐怖すら覚える。 王妃とは…… このような方の事を言うのだと、今更認識したのだ。



「茶も冷めました。 今後、思う事が有れば行動に移す前に、わたくしに話しなさい。 王太子妃の階梯から見えるモノと、王妃の階梯から見えるモノは自ずと違うのです。 辺境の騎士爵家が三男に目を付けたのは、貴女の人を見る眼が優れていると云う証左でしょう。 しかし、王国の政を動かす真理は別の所にあります。 まだまだ勉強して貰わねばなりませんね」


「御意に…… しかし、王太子殿下の周囲にはッ」


「分かっております。 有象無象を纏わり続けさせるわけにはいきません。 その事実は王家でも宰相府でも認識しております。 人選は慎重に、深く為人を考慮に入れ、1000年の安寧を構築できる者を置かねばなりません。 遠謀、術策、狡知…… 甘い事など云っては居られぬのです。 認識なさい、王国はまだまだ途上であると。 そして、一歩足を踏み外せば、あっという間に瓦解する、脆弱な物なのです」


「わたくしは、王太子妃として…… 何を成せば宜しいのでしょうか」



 闇に包まれつつあるガゼボの周囲。 その闇に眼を向ける王妃陛下。 何かを見出す様に、その闇に視線を巡らし、逡巡する事も無く王太子妃に言葉を紡ぐ。



「まずは、国に生きる赤子に対してどう報いるべきかを、考えなさい。 そして、貴女の言動が周囲にどれ程の影響を与えているのかを認識しなさい。 貴方にとっては些細な事でも、下々の者にとっては死活問題にもなりかねない。 そして、今回の貴女の思惑。 北辺筆頭騎士爵家が存亡に直結する事になります。 推察の域を出ませんが、彼の家は『その家門』が潰えましょうね。 現当主は、在野に民草として下り、筆頭騎士爵家の家門は消滅する」


「えっ?」


「判りませんか? 中央近傍の者達ならば、貴女の考えは機能したでしょう。 大公家と王太子妃を後ろ盾とし、舞い上がっていたかもしれません。 しかし、北辺の辺境域では、それ(・・)は通用しない。 生き抜くために、彼等の視野は本領王都の者達より、余程遠くを見通しているのよ。 貴女の配下の上級女伯もしかり。 あの者も配転されたばかりね。 それを補うために、北辺筆頭騎士爵家が次男を女婿に迎えさせた(・・・・・)のです。 アレの希望と、貴女の思惑だけで通ったと思っていたのですか?」


「そ、それは……」


彼の地(北辺辺境の地)での振る舞いや、生き抜く知恵を授けてくれる、『最高の師』でしたでしょうね。 その家の中でも『宝玉の様な者』を、王都の都合で引き抜くと云ったのです貴女は。 狙っていたのは貴女だけでは無いの。 宰相府も…… 陛下も又、あの家には目を掛けられていた。 やっと取り掛かれる、北辺の安寧を齎す思惑に、彼の家は無くてはならなかった。 故に、貴女が成した様々な約束事は、彼の家を縛り付け、行動の自由を奪う枷にしかなりません。 それを解消する為には、家を廃する事。 貴女の意思が、王国建国以来の忠臣たる家を潰えさせるのです。 ……まだまだですね。 本格的に王家の在り方を知って貰う必要がある様ね。 良いわ、王太子妃。 貴女には、わたくしの公務補助(・・・・)を命じます。 王宮、王妃執務室に貴女の席を設けましょう。 色々と知るべき事柄が目の前を通る事になります。 良く学んでほしいと思います」



 推察…… そう王妃陛下は口にされる。 が、それはこの国の在り方に於いて、いや中央に於いては否定されるべき言葉。 しかし、王妃陛下は辺境の事情に詳しく、その言葉には重い真実が含まれる。 何が王妃陛下の目に映っているのか? 自身の思惑や行動が、一家を潰えさせる結果になる。 さらに、目を掛けていたモノに対しても…… 紛れも無く悪手であったと認識せざるを得なかった。


 ――― 逍遥と首を垂れ、己の愚かさを深く悔いる。


 自身の勇み足が、それ程の影響を齎すとは思っても見なかった。 自身の無自覚な『驕り』に、今更ながらに恐怖を感じてしまい、縋る様に王太子妃は王妃陛下に視線を向ける。 王太子妃は、膝の上で組んだ手が小刻みに震え出すのを自覚していた。 しかし、何を成せばよいのか…… 漆黒の闇に取り囲まれたかのような気持ち。 ”己の救済など何処にもない” と、云わんばかりの『焦り』が、王太子妃の口を開かさせる。



「王妃陛下……」


「……今日は此処までとしましょう。 至高の階位を持つ漢の妻たる女同士、この国の屋台骨を支えなくてはならない者同士、意思の疎通は急務であり、同じ目標を設定する事は、王国の安寧に直結します。 全てはこの国に生きとし生ける者達の安寧の為に。 王の配として心得るべき事柄です」



 まるで見透したかように、王妃陛下は柔らかく言葉を紡ぐ。 年若く、才気に満ちた王太子妃を見詰める眼には慈愛が浮かんでいた。 叱責の為だけでは無かったのだ。 道を見せる為にも、必要な『逢魔が時の茶会』だったのだ。  小さく遠くに置かれた光。 光芒は小さく、弱弱しい。 目を逸らせば、直ぐに闇に飲み込まれてしまう様な…… 未来へ続く道標。 王太子妃はその光から目を逸らす事を自ら禁じる。 「艱難辛苦」は、彼女を真の王妃と成すのだ。



「…………御意に。 承知いたしました」


「晩餐が楽しみね。 雰囲気の変わった私達に、陛下はきっと面白そうな顔を向けて下さるわ。 ……あの子はどうかしら? 貴女に心酔しているのだもの。 永遠の妻として、とても頼りにしている。 でも、それだけ貴女の負担は大きいの。 怖れに負けない心を持ちなさい。 わたくしも、貴女には潰れて欲しくはないのだもの。 出来るだけの事はするつもりよ」



 醒めた表情が一転し、艶やかな笑顔が王妃陛下の(かんばせ)に浮かび上がる。 『慈愛の王妃』の評判そのままの姿。 見捨てずに、指導鞭撻を成して下さるとの思召し。 それは、個人に対しての『愛情』と、勘違いしてしまいたくなるほど。




 しかし、その瞳の中に……

   確固として、誰にも侵されぬ強い矜持の光を灯す

         王妃陛下の尊顔を見た王太子妃にとって……


 王妃陛下の御言葉は、正に……


” この世を去るその時まで、延々と続く『責務』と『任務』を背負わす ” との、



  ――― 煉獄の沙汰と同じ。



 王妃陛下の『矜持の深さ』と『責任の取り方』を、王太子妃は認識し、この国を率いる者の『覚悟』を強いられていた。





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― 新着の感想 ―
王妃様格好いい
国王、王妃、宰相と国のトップ陣が北部辺境の現状を理解していることが救いか…それこそ現状認識が甘い王太子妃に古代王国の存在など教えようものなら三男の選んだ「共存」ではなく征服や排除こそが王国の安寧に繋が…
何故に次代の王とその細君に事情を共有しないのか... 時期尚早とか言ってられん事だろうに、少々王太子妃周りにとっては可哀想な気もする。彼らの今後に栄光が在らんことを。
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