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――― 池魚之殃 ―――



◆ 巻き込まれ、巻き込む。



 最初の夜会と成る『謝恩会』は、同じ王城広間にて挙行される。 故に、式典参加者は一度『控えの間』に向かうことに成る。 高位の方々より、順次『控えの間』へと退出されて行く。


 わたしも、最後に(・・・) 『王城大広間』 から、退出する事に成った。


 その頃には、既に謝恩会の設営が始まっており、大小様々なテーブルが運び込まれ、さらに、食欲を刺激する料理の数々が厨房から運び込まれて来た。


 飲み物を用意する者、魔法灯火の輝度を調整する者、汚れが目立った場所を掃除する者、王城のメイドやボーイ達、それを監督する王宮侍女等の姿は、『謝恩会』を問題なく遂行する為、懸命に努力する者達の真剣さと…… 誇りを示していた。


 あぁ、王城は質実剛健にして、誠実な者達が担っているのだ。


 と、そう理解する。 その光景に心が震え、彼等の献身に対し、騎士の礼を捧げてから大広間から退出した。 自己満足なのは知っている。 が、彼等の真剣な職務の遂行振りは、十分に敬意に値するものであり、爵位的に彼等とそう変わらぬ私が、敬意を示すのは別に間違った仕儀では無い。


 もっとも、高位の者達にとっては、当たり前に享受できる事柄であるのだろう。 しかし、騎士爵の家の者にとっては、各人の誇りにするところを認め、敬意を払うのは当たり前のことだ。


 爵位の高低では無く、為人の崇高さに対しての敬意だから。 まぁ、そんな事はどうでも良い。 それが、ここ王都では奇異に見られる事くらいは知っている。 大広間から出ると、何故かアイツが婚約者と共に佇んでいた。




「それが、辺境の心意気と云う事か」


「何の事だ?」


「お前が敬意を捧げた相手の事だ。 騎士爵は民草とさして変わらぬ生活を送っていると聞く。 しかし、末端とは云え貴族でも有る。 貴族の義務と存在意義を護る事は、王国法にも記載されている処。 しかし、それを護る事は難しいな。 特に王都とその近傍に於いてはな」


「我が家が差配する場所は、国境『魔の森』に程近い場所。 魔物達が跋扈し民草が安寧とは云えぬ場所。 その中で懸命に自身の職務を全うする者に、敬意を払わぬ馬鹿は居ない」


「成程…… 成程な。 『王国が矜持は辺境に在り』か。 国王陛下は良く見える眼を持っていらっしゃる」




 何か、深く感銘を受けたのか、珍しく真剣な表情で私を窺う侯爵令息。 その半歩後ろに佇む御婚約者もまた、何か思う所有ったのか、視線に侮りは無い。 その時、一人の妙齢の女性が声を掛けて来た。 着衣から王宮に勤務している高級女官と見受けられた。




「騎士爵が御令息にお伝えいたします。 謝恩会には、別室にてご参加下さる様、貴方様には『命』が降りました」


「お見受けする処、王宮の女官殿だろうか?」


「後宮女官長を拝命しております」


「その御命令は、どなたからの物か?」


「やんごとなき御立場の御方に御座います。 私的な御命令に御座いますので、文書ではなく口頭にてお伝えいたします」




 うん、ややこしい事に巻き込まれた。 後宮女官長という、王城でも屈指の高級官僚が爵位的にほぼ無きにも等しい私に声を掛け、あまつさえ、別室に誘導しようとしている。 それを命じた者に関しては言葉を濁し、明言を避けている。 つまり、周囲には聴かせられない相手と云う事。


 さらに、彼女の職位を鑑みれば、その相手はおおよその推察は可能だ。 後宮と云う事は、王家の方々の『私的』な部分を管轄する方。 その方が、相手の素性を明言しないとなるならば、命令元は王族、若しくは準王族となる。 


 ふむ…… チラリと奴を見る。 アイツも又、何やら考えを巡らしている模様。 此奴も、巻き込むか。 そうだな、それがいい。 実際に、私一人では対処できない可能性がある。 何より、コイツは侯爵家の中でも、順位の高い軍務卿(侯爵家)の御令息だ。 わたしより、貴顕との関わり合いは慣れている筈。 よし、巻き込むぞ。




「後宮女官長殿。 わたくしには朋と云えるモノがおります。 その者も同行して下されば、心強きことに成りましょう。 如何で御座いましょうか?」


「朋…… に、御座いますか」


「はい。 辺境の騎士爵家の三男に、このような立派な礼服を贈る者は、『朋』と云っても差し支えないのでは?」


「成程…… 軍務卿の御子息は、『モノ(・・)』が、見えていると。 成程」




 後宮女官長の、その妙齢の(かんばせ)に、少々嬉し気な表情が浮かぶ。 珍しいのか、アイツの表情に驚きが浮かぶ。 半歩後ろに控える奴の御婚約者様は状況が読み切れないのか、目を驚きで見開きつつ、必死に表情を隠す。 扇を広げ、顔の前に上げる様子と、アイツの袖を握る手に震えが見える。 ふむ…… 御婚約者様に於かれては、普通の貴族女性だなと思った。


 まぁ、この特異な状況に即応できるのは、多分 あの大公家の御令嬢くらいなものだ。 王族の御婚約者であり、まだ噂段階でしかないが、未来の王太子妃にして、国母予定者なのだしな。 宜しいと呟いた後宮女官長殿は、私達を伴い王城広間の高い場所へと向かう階段へと歩を進めて行った。




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― 新着の感想 ―
敬意を払わぬ馬鹿は居ない」の下りは最高ですね
ナイスナンパ
これは軍務卿のご子息様はますます自分の将来の参謀役としてほしくなったことでしょうね とっさの判断が良すぎる 自分なら諸葛孔明を三顧の礼で迎えたように 季節毎に過大にならない&高位貴族のメンツが立つ…
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