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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
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――― 誉れと矜持の行き着く先 ―――



 予想される、長兄様の対処方法。 決断の時ではある。 言葉は尽くしたと思う。 後は、父上の決断を待つばかり。 私は、最後に長兄様に対し、質問をぶつける。 私の生家であり、「誇り」の源に対し、朋は何と言っていたのか…… それが知りたかった。



「それしか御座いませんね。 手形の滅却は、振り出した本人が手形の支払遂行能力が無くなった場合と、王国商法にも記載されております。権利と義務の継承は、後継の者が取らねば成りませんが、騎士爵家という特殊な爵位であれば、完全に別家と云い張っても、王国法はそれを許します。 よって、宰相府は辺境部の貴顕に対し、これ以上の騎士爵家叙爵を止めたく考えておられる。 その様に動き出してもいる。 するならば、今しかない。 ……と云う事でしょうか? 朋と…… 辺境伯閣下と、御話合いになられましたか?」


「汚い手では有るし、父上や母上の顔に泥を塗る事に成る。 が、王国の安寧を鑑みるに、高々騎士爵家一家…… 捨て駒になるのも、致し方あるまい」



 寂し気に長兄様は口にされる。 父上による、上級女伯様への『騎士爵』返上。 約束を守れなかった代償に、その爵位を返上する。 家として…… 貴族籍から抜けると云う事に他ならない。 父上も顔色を青くしているが、既に状況はそこまで進んでいる。 察するに、父上は、自身の首一つと思っていたらしい……


 そんな筈は…… ないのに。


 後継がその苦しみを継続して保持し続ける未来を想像出来ていなかったらしい。 王都の貴族社会は何処までも悪辣なのだ。 一旦手に出来ると知ると、何処までも手を抜かないのだ。 望むと望まざるに関わらず、確実に手中に収め、利用し尽くす事を考えられる。 そうで無くては、王都で貴族としてやっていけはしない。 魔法学院に在籍していた当時、私に朋と呼べる者が僅少で有った理由でも有るのだ。




 私の生家である騎士爵家の名跡の消滅。 一門は散り散りになり、何の力も発揮し得なくなる。 その事実が周辺に与える影響は甚大。 が、それ程の決断無くば、頸木を破壊する事や未来に於ける禍を避ける事叶わじ………………




 事は由々しき事態なれど、長兄様と朋…… 辺境伯閣下の間で既に話し合いは終わっている物と見た。 故に、ちい兄様の離縁などと言う物騒な話に繋がる。 そう、返上した騎士爵位は、辺境伯閣下により新たに叙爵される。 直参の辺境騎士爵家。


 他の地域の騎士爵家は、寄り親変更だけと云う事実から、その叙爵権者は上級女伯様だから、何か事が有れば上級女伯様に合力を求められれば否応も無い。


 が、我が騎士爵家はその限りに非ず……


 辺境伯閣下の直参と云う事は、すなわち、王国直参とも捉えられる。 上級女伯家が横槍を入れられる筈も無く…… 落とし所しては、満点だろうな。 この絵を描いたのは…… あの癖の強そうな『辺境伯様』の筆頭政務官かな。 宰相府は切れ者を寄越したと朋も言っていたしな。 陰鬱な声色で、父上は了解の言葉を吐く。



「そうか。 解った」



 父上の小さな呟きは、心に深く刻まれた。 諦観と、若干の安堵。 自家の於かれた危うさを過たず認識されたと云う事だ。 母上がそっと父上の手の上に掌を重ねられる。 ご自身の進退もこれで決まったと云わんばかりか。 義姉上も痛々しい視線をお二人に向けられている。



 圧し掛かる責務を自ら下ろす。 父上の判断は、自ら騎士爵家を返納し、御自身は市井に下り一介の庶民となるのだと、心に決められたのだ。 しかし、其処にはこの地を愛し、守護する事を心に決めた辺境の漢の矜持と誉れが刻まれている。 例え一介の庶民となったとしても、その心が傷つく事は有り得ない。 剣を持ち、商家を営み、長兄様の力となる事に代わりは無いのだ。


 その御心が判るが故に、皆の沈痛な面持ちが晴れる事は無いのだ。




 ―――― § ―――― § ――――





 ぼそりと、ちい兄様が言葉を紡がれる。



「羨ましい限り……」


「な、何を!!」


「我が生家である騎士爵の支配領域は、コレそのまま辺境伯閣下の勢力下におかれる。 遊撃部隊の軍制から考えると、遊撃部隊の新兵の訓練はかつての主力が担っている現在、そのまま引き継がれる下地が出来たと云うもの。 森で暴れられる機会が多いと云う事になる。 更に言えば、遊撃部隊の戦力が丸ごと辺境王国軍に再編された事を考えると、この地はその背骨となる場所。 あぁ、軍務に身を置く者とすればこれ程心躍る場所は無いですよ、父上」


「そ、それは……」


「考えても見て下さい父上。 辺境伯閣下の王領はほぼ『魔の森』の浅層域。 森の端にある邑々が与えられているとはいえ、人の数も経済力も豊かな物では御座いません。 義務のみが大きく、利は薄い。 それが故の、王領なのですからね。 しかし、此処に我等が騎士爵家が入るとすると話はガラッと変わる。 北部辺境域の経済と流通の担い手として、母上が功績は丸ごと辺境伯閣下が元へと向かう。 何より、単独でアレ程の軍事力を支えた経済力は、王国に持っても魅力しかない。 辺境伯閣下より騎士爵を叙爵されたならば、まずは安泰と云えましょうな。 後ろ盾が国王陛下と宰相府。 王太子殿下と(いえど)も、気安く手出しできぬし、いわんや王都の貴種貴顕も…… ですね。 策を練られた方は、『弩』の様な方に違いない。 強固な城塞の壁さえ易々と抜く、威力絶大な『弩』の様な方だ」



 朗らかに笑うちい兄様。 自身の安寧よりも、北部辺境域の安寧を慶ぶその姿に、父上は毒気を抜かれた。 この策を採用すると、ちい兄様は『上級女伯家女婿』という立場を失い、爵位も無く、一介の庶民と同じになると云うのに、まったく意にも介さない。 そこには、連綿と続く騎士爵家が漢の在り方が有った。


 爵位や職位などと言うモノは、個々の中の熱い郷土愛に付いて来るモノだと、そう体現しているのも同じ。 ちい兄様の御心内に上級女伯様への『情』が無いとは言わない。 が、『個人の情』で、大勢の者達が危険に追いやられるのならば、その情さえあっさりと捨て去る事が出来るのが、辺境の漢たる所以なのだ。


 故に、護りたいのだ。 自身の大切な者、その者を育んだ故郷、郷土を。 辺境の漢が『矜持』と『誉れ』は、誰にも侵されぬ神聖不可侵な聖域と成るのだ。父上はそんなちい兄様を見て、自身の在り方を思い出されたのか、頬に苦み走った『笑み』を浮かべられる。



「背に負った子に教えられるか。 年は取りたく無いモノだな。 ならば、私は背骨を鍛えるとしよう。 民を愛し、兵を精強にせしめ、商により豊かさを導く。 代々そうであったように。 私も又騎士爵家が漢だ。 名も名誉もいらぬ。 泥など被り慣れている。 お前には苦労を掛けるが、我が騎士爵家は一旦私の代で、その歴史を閉ざす事とする。 すまぬな」


「旦那様…… わたくしは『いついつまでも、何処までも』と神に誓いし女で御座いますれば」


「ともに征かん。 か。 ……よし、覚悟は出来た。 辺境は迅速果敢を以て事に当たる。 これより上級女伯領に向かい、騎士爵位返上を願う。理由はお約束が守れそうにない事。 次男が事は、上級女伯家に一任する。 離縁し放逐するもよし、離縁はせずとも使い潰すならば、それも良し。 貴様もそれでよいか?」


「まぁ、そうなりましょうか。 あちらに婿入りする時に、滅私は基本と考えておりましたが故、どうとでも。 願うならば、また、此処に戻ってこられたら良いと思うばかり」

「その立場、苦しくなる事すまぬ、弟よ」


「なんの兄上。 兄上が補佐は私の本懐。 憶え習った事は、全てその為。 全力を尽くしますよ」


「心強き事だ。 何か有れば、私を頼りにしろ。 それだけの御言葉を、私は戴いている」


「それはまた…… 何処までも用意周到なのですね」


「末弟が良き漢と友誼を結んでくれていたおかげかも知れぬ。 まぁ、原因がその末弟なのだから笑えぬがな」


「私達の弟は、誠…… トンデモナイ辺境の武辺者(もののふ)で御座いましたな。 飛ぶさまは龍が如く、何かにつけて耳目を集める。 余りの巨体が故に、小臣たちには姿は感知できぬけれど、遠く、高くから見る者には、恐怖と畏怖すら植え付ける。 …………貴様は自覚がないようだがな。 心しろ、王国の貴種貴顕の中で目の見えるモノは、貴様の一挙手一投足に注目している。 兄上と秘密にしている『勅命』を果たせ。 お前にしか出来ぬ、お前に与えられた…… 辺境の漢たるお前にのみ与えられた『勅命』なのだからな」



 グリグリと頭をちい兄様に撫でられる。 もうそんな歳では無いと云うのに、心が穏やかに、そして浮き立つのだ。 本当に私の兄上達は、私に甘いな。 その様子を父上と母上が笑みと共に見詰めていた。 そうなのだ。 


 ――― 私は、愛されているのだ。


 深くその事実を見詰め直し、今後もこの愛に応えられる男に成る為に研鑽と努力を重ねようと決意する。 連綿と続いた騎士爵家は此処に潰える。 父上は、王国建国から続く騎士爵家最後の当主として、潔く爵位を任命権者にお返しして庶民となられる。

 一人の辺境の漢として、何が出来るのかを考え遂行されて行くのだろう。 母上にしても、その実力と豪胆さから、貴族籍を失っても多くの方々の尊崇の念は変わらずに得られるだろう。 家の門跡は潰えても、人の想いは続いて行く。 父も母も故郷とその場所に生きる人々を、心の底から愛しているのだから。


 しかも…… 朋が時を置かず、長兄様を新たに騎士爵として叙爵する。 自身の直参として。


 父上と、長兄様、上級女伯女婿様は、決されたのだ。 新しき酒樽に、古き矜持に満ちた酒を注ぎ込み、熟成を極められる事を。



 極上の酒を、後世に残す為に、古き酒樽を滅却すると……



 騎士爵家の命運は、此処に潰える。





 が、不死鳥の様に王国北方辺境域に於いて、

  再びその羽根の下に無垢なる民を抱え護るのだと、

 




   ――――― 辺境の漢達は意を決したのだ。






第三幕 前半部 これにて終幕です。

騎士爵家の在り方が、これまでとは違った在り方となってしまいましたが、三男は三男のままです。

父母は貴族籍から抜け、一人の独立した辺境の民として故郷を愛する人となり、長兄様は辺境伯様が勅任する騎士爵家当主となり、倖薄き辺境の守護者にして辺境伯第一の忠臣へと、その立場を変えていきます。

連綿と続く辺境の騎士爵家。 立場は変われど、故郷の地を大切に想い、護りたいと云う『本懐』は、護り続けていくのです。 辺境の漢達の矜持と誉れは、傷付きません。 


物語は加速します。


辺境にて自由を得た三男は、背中を愛する父母、兄達に預け、朋である辺境伯とも協力しながら、森の奥深くに探索の脚を伸ばして行きます。 世界の根源と理を見つける為に……


楽しんで下されば、幸いです。


さて、7月10日にとても善きお知らせをさせて頂けることになりました。 乞う、ご期待です!!

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― 新着の感想 ―
皆カッケーのう。。。 王都組マジ嘔吐組 高まりきったヘイト解消する日は来るんかなぁ 幕乙
これで忠誠心が手に入るかね。 不死鳥の様に王国北方辺境域に於いて、再びその羽根の下に無垢なる民を抱え護るのだと かっこいい言い方してるけど 自己犠牲を持ってただ奉仕し続けるのは見てて気持ちのいいもので…
皇子妃としては、取り込むはずの有能な人物の 実家を潰し、上級伯の権能を削る結果 宰相ひいては陛下の意向に従わなかったため 次代の統治に禍根を残す結果 統治者としては微妙なスタートになったな。
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