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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
157/216

――― 騎士爵家の命運 ―――



 

 さても、さても、益体も無い人の思惑、人の業。




 遠謀を巡らされる国王陛下にしても、この王都の状況は頭の痛い事だろうなとふと思う。 私には前世の記憶という、この世界から乖離した視点が、生まれた時から備わっている。 そして、その視点はとても冷徹でもある。


 前世の自分は……

 

 人を誰一人として信用などしない。 自分に絡んでくるのは敵対者か利用してやろうと画策する狐か…… 良くて無関心。 悪ければ悪意が向く的でしかない状況では、そう云う情緒しか形成されないと……


 愛情に満ちたこの世界に生まれ直して、改めて前世の自分を客観視できた。 当事者であり、傍観者でも有る、そんな私は大兄様がどの様な思案を持たれているのか、少々興味が有った。



「憂慮すべきでは…… ありますが、弟は離縁も視野に入れております。 状況は切迫しておりますし、非常の手段として備えておくべきだと理解しているようです。 情に厚い弟の事ですから、今後の上級伯家の行く末を思えば、心張り裂ける気分かと思われますが、己が我儘ですでに動き出している荷車の車輪を壊しては、荷車に乗る多くの無辜の民の命が危うくなると…… 理解しているのでしょう」


「そこまで話は進んでいるのか?」


「作戦執務室をお貸ししております辺境伯様の馬力は凄まじい物が御座います。 既に、新たな王領領都の縄張りも済ませられたと。 強大な魔導士が力を振るい、領都の地盤を固め始めたと聴きます。 更に、北方辺境王国軍は実働状態に移行し始めております。 総司令官職に付かれたのは、元王都近衛総軍指揮官閣下。軍内での階位は元帥閣下。 国王陛下の片腕とされる方だったとか。 並み居る参謀殿達も軍務系の力ある家々の御連枝であり、近衛騎士団の参謀職を拝命されているだけはあり、兵站、輜重、衛生の職責を果たしておられる。 辺境では見れぬ様々な策を見せつけられて、慄くばかりですよ。 良く元帥閣下を支えられ、元帥閣下の手足となる旧遊撃部隊と諸衆の背中を守っておいでです」


「既に実働に入っているのだな。 遊撃部隊指揮官、どうなのだ?」


「随分と楽になりました。 あちらの予算はいわば国費。 予算規模が違いますが故に、これまで困難を感じておりました将兵へも十分な金穀を渡す事が出来ます。 命の対価として、今までが安すぎたのもあり、軍を維持するのに『郷土愛』と云う不確かで自己の矜持を期待せねばなりませんでしたが、それも解消しており各人が『力の限り』己の役割を全うする背骨にも成りました。我々だけでは…… こうはいきませんから。 善き事かと」


「一時はどうなる事かと気を揉んでいたが…… 宰相府の遠謀でも有ったか、継嗣よ」


「上級女伯家に集う寄り子の嘆願を、あちらの執事長が当主の許しも無く宰相府に持ち込んだ愚策を、最大限利用した結果に御座いましょう。上級女伯様は精一杯やってはおられるが、王太子妃殿下の『庇護の元』と云う注釈が付くのは否めません。 弟は、その方の配として、『任務』を遂行しては居りましたが、元来当主教育も不得手な分野。 よく遣っているとは思いますが、まだまだ不十分と云えましょう。特にこの北辺の辺境を支える者としての政の才覚に関しては…… な」


「恥ずかしい限りでは御座いますが、その通りです、兄上。 力不足を日々実感しております」



 兄達は互いを良く知り尽くしている。 爵位や階位的にはちい兄様が上となってはいるが、当人は長兄様に頭が上がらない。 幼き頃より、長兄様の剣となり盾となる事を自身に課されていたのだ。 代役には成れるが、成り代わる事は出来ないと、そう思われておられた。


 それは、間近で兄達の関係性を見続けていた私だから、よく理解出来ている。父上も母上も忙しく、兄達の為人の成長に付いては少々疎い所が有るのだ。 鋭い視線を父上に向ける長兄様。 たじろぎもせず、その視線を受ける父上。 視線の応酬の元、長兄様が口をお開きになる。



「王都で何を喰わされました?」


「『甘い毒』と云えば良いか…… 末児を王都に招聘する為の奇策と、そう王太子妃殿下から御言葉があった。 直接では無く上級女伯様からの言伝の様なモノだったがな」


「そうですか…… 貴様はどう考える。 辺境伯様の所で色々と王都の話は聞かされているであろう? 心に浮かぶ物をぶちまけても構わんぞ。 此処は、内密の話をする場だ。 家族しか居らんしな」



 長兄様が殊更柔らかく言葉を紡がれる。 しかし、その眼光は鋭く、状況を韜晦する事など許さぬと云っている様だった。 自分の知って居る王都の状況など、つい最近まで滞在されていた父上や母上、ちい兄様の方が良く知っておられる。 漏れ聴く話は、全て朋や辺境国軍の方々からの情報のみだ。


 しかし、ここで私の『技巧』が発現する。


 小さな事実と漏れ聞こえる状況から、全体像の組み立てや憶測。 そして、策謀の数々とその分岐点となる決断の数々。 脳裏に浮かぶ種々雑多とも云える未来像に於いて、騎士爵家の未来はさほど明るくは無い。 どちらに付いても、相応の不利益は被る。 軸足をどちらに置いたとしてもな。


 両方の陣営に『けじめ』を見せず、時間に依る韜晦の道を選ぶならば、我等が騎士爵家に対する余人の目は厳しくなる一方であり、行動の選択は狭められ続けるも同義であるのだ。 更に言えば、王太子妃殿下が、私の婿入り先にご用意していると目される御家。 そちらにも、かなりの問題が有る。


 昏い未来への展望の中、より善き光を目指し、故郷の安寧を計る為の策を考えねばならない。 そのためには現状認識が正確でないと、対処すら怪しくなる。 小さく息を継ぎ、努めてゆっくりとした口調で自身が構築した推論を述べる。



「……まずは父上が直面した出来事についてです。 朋や国軍幕僚の方々からの御話を統合しますと、王太子妃殿下が私を王都に招聘し、王太子殿下の傍付にと、そう思召されておられるようなのです」


「……内々にでは有るが、その様な趣旨の事を上級女伯様は口にされていた」


「左様ですか…… 高々、辺境騎士爵家のそれも三男に何を見出されておられたのか、その辺りはこの際無視しても良いでしょう。 しかし、王都王城に伺候するには…… と云うよりも、王太子殿下の御側に上がるには騎士爵家の三男と云う立場は、いささかどころでは無い程に、王国内序列からは無理な事は明白。 明晰な頭脳を持たれる貴顕の皆様が、慣習を無視される事は考え辛い。 となると、どうするか…… 答えは、ちい兄様の在り方に御座いましょう。 そうでしょう、父上」


「政略の上、調える婚姻。 お前を配にと、そう思召しらしい。 それも、侯爵家という、高位の家柄への……」


「……成程、朋や総司令官が宰相から聞かされた状況と合致しますね。 大公家と親交のある、とある侯爵家の御息女が婿を探している。 そこに嵌め込む御積りだと。 侯爵家、それも大公家と親交のある御家の女性御当主の配ならば、王都王城に伺候し王太子殿下の足下に付くも、不思議ではない序列となるのでしょう…… しかし、それに頷く事は出来ません。 特命を、陛下より宰相閣下を通じ、私は受けておりますが故、この辺境より離れる事は出来ませんので」


「『特命』? だと?」


「はい、父上。 少々問題が大きく、更に、故郷だけでは無く、この国の未来にも関わる事柄。 強く秘匿を申し付けられておりますが故、長兄様にのみお知らせいたしておりました」


「……それが、中層域に及ぶ『魔の森』の探索行と云う訳か。 徒に危険を冒す道理は、そこに有ったか」


「申し訳ございません。 兵達には負担を強いております。 が、この任務は私に与えられた、秘匿された命令ですので」




 真っ直ぐに父上を見詰め、そう口にする。 遊撃部隊指揮官職を超えた任務の存在を初めて父上に明かした今、もう退路を絶ったと云っても良い。 そう、この話はしてはならない話でも有ったのだ。



  ――― これを聴いてしまったからには、我が騎士爵家が命運も尽きる。



 突然の話ゆえ、父上のご理解を得るは難しいだろうが、それでも、真剣で必死な視線を父上に投掛けねば成らなかった。




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― 新着の感想 ―
私はできる女よ!といい顔しようと勝手してる女を早く潰してくださいどうぞ
上の者どうしで話し合ってくれればしもじもの者が助かるのにねw
驚かせようとしたのか、意地になっているのか……  王太子と王太子妃の意見のすり合わせが出来ていないのが原因ですかねぇ。 「やんわりと」止めて見た処で納得などしないでしょうし。
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