――― 自身の行く末 ―――
「さっきも口にしただろう。 私は、王宮魔導院、民生局 第五席の役職は死守したよ。 謁見の間に於いて陛下に直訴した。 王宮魔導院の長である父上の度肝を抜いてやった。 国王陛下に、『民生局は民と近しい場所に有るのが然るべきだ』と奏上したのだ。 倖薄き者達の間に於いて、倖薄き者達がより良く暮らせるように、魔導を極め、魔道具を開発する。 それに辺境のこの地は最適なのだと熱弁を振るった。 陛下の困り顔などと言う貴重な物を拝ませて貰ったよ。しかし、私の言葉に真実が多く含まれている事に合点がいかれたのだろう、陛下より正式に認可も下された。 分局として『この地』に、王宮魔導院 民政局を立ち上げる事を承認して頂けた。 そうだった、それに伴い王宮魔導院から二名、局員として引き抜いた。 魔力量は伯爵級…… いや、上級伯級にも達するが、有用と思われていない『内包魔力の属性』の為、燻っていた連中だ。 第二十五席、第三十六席、此方に来てくれ」
朋の背後に侍っていた者達の間から、魔導士のローブを身に付けた二人の男が朋の傍らに進む。 不健康そうな肌色だが、その表情は大層希望に満ちている。 纏う空気は有能なる魔導士のそれ。
しかし、草臥れ具合からすると、王宮魔導院に於いての職務は能力に比してさして重要でない種々雑多な雑務を押し付けられていたと推測できる。 私が王都で猟官し、何処かに任官して居たらきっと彼等の様になっていただろうと推察できる。
そうなのだ、王都ではそう云う事が罷り通るのだ。 能力よりも出自に重きが置かれるのが、王都と云う場所でも有るのだ。 故に、その者達がどれ程の才気をその身の内に持っていたとしても、王都では使い潰される運命にある。 そこに朋が手を差し伸べたのだ。
「第二十五席は土属性の魔法を得意とする。 自身の研究は、土地改良。 豊かな穀倉地帯と、荒野の違いを見出し、魔導的なアプローチでこれを変革して行きたいと云う意思を持っている。 第三十六席は膨大な内包魔力を持つが、出力として魔法は初級魔法しか発現できない。 が、それ故に魔法術式の研鑽に関しては目を見張るものが有る。 術式解析の腕は、王宮魔導院魔導研究局の上席の方々に比しても、遜色は無い。 その身分、出自の軽さ故に重用される事は無いのだ。 目が曇っているとしか言いようが無い。 よって、彼等の異動を王宮魔導院に願った。 彼等の能力を十全に振るえるのは、ここ辺境の倖薄き地において他ならないと。 軽く見られている彼等を手放す事は、王宮魔導院としても問題は無かったようだ。 よって、私の配下としてこの地に設立する分局の主要職員として遇する」
深々と頭を下げる二十五席と三十六席。 朋がそこまで信を置くのならば、彼等も又魔法魔導バカなのだろうと当たりを付ける。 答礼として、軍令法則に則った敬礼を捧げる。 そう…… 朋が今まで通りに振舞うつもりならば、彼等も巻き込む事に成るのだからな。目下の問題解決にこれ程有用な人物はいない。
王領を領地とする「辺境伯」ならば、その領都、領主の館は規模も機能も充実せねばならない。 土魔法を得意とする者ならば、その下地である縄張りの策定に絶大な力を発揮する。何処に領都を置くのかは、今は判らないがこのまま『砦』を使うことは無いだろう。
アレはいわば騎士爵家の持ち物であり、森の端から離れすぎている。
安全の為には『砦』でも良いのだが、同規模…… いや、もっと大きな建物を「森の端」に建設する方が実際的でも有る。 領地内に領都を置くのは当然な事。 そして、荒野と云える「森の端」に於いて、荒れ地から農地への変革は『焦眉の急』とも云える。成程…… 辺境伯家に於いて『第二十五席』の存在は欠かせぬものとなるだろう。
第三十六席は、朋の言葉通りならば『魔の森』の中で発見した『古代魔法術式』の解析に無くてはならない存在となるであろうな。今でも、朋が頭を悩ませるような「古代魔法」の術式の数々。 朋の才と第三十六席の才覚がどの様な相乗効果をもたらすか…… 王国にとっても、この国にとっても… いや、この世界にどれ程の恩恵を齎す事に成るのやら。
朋が第五席の籍を手放さなかった事がココに繋がるのか。 国王陛下は短い謁見の間に、きっと『効果』と『不具合』を瞬時に計算され、認可を下ろされたのだろう。 御慧眼を持つ国王陛下らしく、そして、「英邁」と誉れ高い方だと内心感服する事を禁じ得ない。 御宸襟が乱されても尚、王国の未来だけにとどまらず、世界の行く末に迄思いが至る方なのだ。 至高の存在を戴ける幸運を神に感謝申し上げたくなった。
「で、どうだ?」
「準備と根回しは既に終わっていると云うのだな」
「後は貴様の意思次第だ」
「ならば、父と呼ばせて貰う」
「貴様ならば、そう云うと思った。 公式な場ではそうしてくれ。 私的な場所は今まで通り」
「朋よ、感謝する。 秘匿された任務を遂行する為に、貴様には負担を強いる」
「なんの、問題は無い。 なにせ私は……」
「「天才なのだからな」」
顔を見合わせ、笑顔が零れる。 朋は…… 変わらず、私の朋であった。 自身の身体がどれ程変容しようとも、王国での立ち位置がどの様に変化しようとも、朋は朋であったのだ。 傍若無人で尊大でも有るにもかかわらず人心の機微を素早く掴み、最大限の『理と利』を掴み取る漢なのだ。
上級伯家の教育の質の高さを目の当たりにしたような気がした。 先ずは、意思が統一されたとみて良いだろう。 私は辺境伯家の継嗣予備となり、それを隠れ蓑に本来遂行すべき重要な任務に精励する。 外側は変わっても、内側は何も変わらず…… 自身の本懐に向かい精励努力の機会を得られたと云う事でも有る。
護衛隊の面々は、この状況に未だ理解が追いついていない。 が、朋が私の『父』となると云う意味だけは、しっかりと理解した様だ。 漏れ出していた殺気が収まる。 いや色々な衝撃が彼等を黙らせたと云ってもいいな。 今後の事は、これから話し合わねばならない。なにせ、我々は「北部辺境王国軍」になるのだ。擦り合わせは必要となる。
「御継嗣殿。 今後の事を話し合わねばなりません。 朋も『北部辺境王国軍』の建軍に際し、組織再編が必須となりましょう。 朋には信任されし辺境軍総司令官閣下と共に取り敢えず『砦』へ戻って貰い、其処での協議を、と思います」
「閣下はこの場に臨時執務室を置かれ、王領支配を確立させるのですね。 合わせて、領都を置く場所の選定、領邸の建設を策定すると。 それで宜しいか?」
「この執務室を貸して頂ける事に付いては、感謝しかない。 御当主御帰還の際には、口添えを頼みたい」
「それは、問題無く。 当家にしてもここ迄根回しが済んでいるとなると、相応に対応せねばなりませんし、御当主様が空手形を振り出していたとするならば、それを回収せねばなりますまい。 当主夫人にも、色々と力添えを戴かなくては、問題は複雑化して行きましょう。 それに我妻ともですな。家中の事なれど、連携は必須と。 ……愚弟の事、宜しくお願い申し上げます」
「今後も、何かと頼りにすると思う。 御継嗣に於かれては、様々なご苦労も有ると思う。 朋を…… 辺境騎士爵家御三男を奪いし事、陳謝致す。 辺境伯として貴殿に最大の感謝を捧げたく思う。国王陛下が御言葉である、 “王国貴族の矜持は辺境に有り“ が、身に染みる。貴殿ら辺境の騎士爵家の面々に、心より感謝をしたく思う。ともに手を取り合い、倖薄きこの地に安寧を導く事を誓おう」
「閣下にそのような御言葉を戴ける事が、我が騎士爵家の誇り。 謗りを受けぬ様に、この倖薄き地を治めていく所存。 宜しくお願い申し上げます」
ガッチリと握手を交わす朋と兄上。 貴族の階位的にはほぼ最下位である騎士爵家と、ほぼ最高位である辺境伯家が友誼を結びともに手を取り合う。 王都から随伴してきた者達の瞳の中に驚きと困惑と…… なにより、大きな希望の光が灯ったのを、私は『見逃し』はしなかった。 事、此処に至って、道程は策定された。
促された指示に従い、既に日が落ちた街道を征き『砦』へと帰還する。
現状を国軍指揮官閣下へとご説明しなくてはならない。 また、閣下の幕僚方へのご説明も必要となる。 中央に存在する国軍とは何もかも違う、軍組織なのだからな。
さて、やるべき事は膨大な上、時間は余りない。
また、徹夜が続くと思うと、若干…………
――― げんなりとした。




