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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
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――― 友誼の行く末 ―――



 朋の話の内容は、私の推測とさして変わりは無かった。


 不穏とも云うべき言葉が朋の口から次々と語られる。 相槌を打つ私も、以前の朋に使っていた口調に戻っている。 そう朋が望んだのだ。 誰にも文句は言わせない。


 しかし…… 王太子妃殿下の思惑。 あの聡明なる王太子妃殿下が、何故にか私を大いに買って下さっていると、そう朋は言う。 そこまでの接点は無い筈なのだが?  宰相閣下が王太子妃殿下の暴走とも云える思惑を止める為の一手。 そして、私が受けた密命を果たす為に必要な一手で有ると、朋は言う。



「古狐の尻尾がな、色々と暗躍していた。 此方に居た私は、巨大な蜘蛛の巣を張り巡らされた王都に飛び込む羽蟲だったのだ。 絡めとられ、身動きが出来ぬ程に頸木と鎖を付けられた。 私の尊厳すらどうでもよい…… そう、考えていた節さえ有った」


「尊厳? 穏やかでは無いな」


「あぁ、穏やかでは無い。 貴様は理解しているだろうから、深くは話さない。 宰相閣下は宰相補に『勇み足』だと、そう宣った。 宰相閣下にしても、その線は考えておられたようだ」


「何だろうか、話が見えない。 辺境伯閣下に対し、不躾で尊厳を踏みにじる様な言葉を口にする御仁だとは、思えないのだが?」


「腹黒狐は、表面上は賢者の如く振舞われるよ。 そして、今まさに貴様が口にした事が、正鵠を射ている」


「まだ見えぬよ」


「貴様、私の事を何と呼んだ?」


「……辺境伯閣下(・・・・・)と。 新たな一家を建てる事で、その最高位たるはその爵位となる。 序列としては大公家、公爵家と並ぶべき爵位。本来ならば、併呑された他国の王族が叙せられる爵位でも有る。そのような尊き爵位を上級伯家が次男に叙爵されたのだ、無理の上に無理を重ね、何らかの擾乱が無くては実現できぬ程の無茶ぶりだ。 それを国王陛下が宣下なされているのだから、相当なる優遇と他の王族諸侯からは見られているのだと理解している」


「士官学校首席であり、腹黒狐が手塩を掛けて育て上げている強者ぞ。 このくらいの事は遣りおおせるさ。 事実、王宮魔導院長官たる父上も手も足も出ずに私の家族籍を手放さざるを得なかった。 しかしな、王太子殿下の御婚姻式の前に、王宮で私の叙爵と昇爵が決まった。 その直後から王都の社交界で、私が何と呼ばれたか、知って居るか?」


「寡聞にして、知らぬよ」


辺境女伯(・・・・)だ。 外見と容姿に、王都の貴族共は引き摺られた。 女伯たるべき者が必要なのは何か」


「…………『配』か。 次代をと望まれていたのならば、そして、その意思が国王陛下の御宸襟に有るとすると…… 大変だったな」


「ハッ! 巫山戯(ふざけ)るな。 提案された時は、感情を爆発させてしまった。 事も有ろうに、朋を『女婿』と成せとは……」


「えっ?」



 朋の言葉から、怒りと悲しみが綯交ぜに成った感情が迸る。 周囲に居た私の護衛達が顔を強張らせ、殺気が漏れ出る。 一気に室内の温度が下がったかのような感覚さえする。 兄上が護衛達に目配せし、その激情を抑えろと視線だけで云う。 朋は苦く笑う。



「ここに集う騎士爵家の者達は、貴様をとても大切にしている。 更に言えば、貴様を騎士爵家から他家へと婿入りさせる事すら厭うだろうな。 何故なら、貴様ほど郷土と民と…… 「魔の森」すらも愛している者を他に知らぬからな。 『絶大な信頼』を心の中心に据え、かつ『絶対の忠誠』を誓っているのだ。 だから、匂わせただけでそうなる。 ……筆頭執政官、判ったか? 朋が辺境伯家の要となると云った『私の言葉』の意味が」



 先程、我々に宣下を伝えた王都の男に、朋が含んだ笑い声と共にそう云う。 強張る表情を見せている筆頭執政官と呼ばれた男は、静かに頷くのみ。 その様子を(つぶさ)に見ていた辺境軍総司令官閣下も又、真剣で真摯な表情を御顔に浮かべられ、小さく頷かれる。


 禁忌の薬の多重服用で、魂が自身の性別を誤認してしまった朋。 謂わば、人為的な身体変容(メタモルフォーゼ)を完遂してしまったも同義の朋。 秘匿されているが、護衛部隊の衛生兵班長であり神官で有る女性に、内密と云う事で朋の身体の事は聞き知っている。 朋は今、両性無具者なのだ。


 よって、私は朋を『辺境伯閣下』と呼ぶ。朋が今も男性だとそう自認しているのだから、そう呼ばざるを得ない。朋の心に寄添うのは、自然な事なのだ。 そうか、宰相閣下と宰相補の奴に、己が身体の事をぶちまけたのか……



「あぁ、護衛隊の諸君。 その線は潰した。 ただし、別の方策を授けられている。 安心しろ、悪いようにはならない。 ……さて、朋よ。 朋は私の事を、『父上』と呼ぶか、それとも『母上』と呼ぶか? 方策は、貴様を騎士爵家の三男としたまま、継嗣に指定する。 貴族家の衰亡を避けるための特殊法を適用するんだ。 まぁ、その届は宰相府にて留め置かれるのだがな」



 晴れやかな笑顔を私に向けた朋。 屈託のない瞳で真正面に私を捉えた表情に、一切の冗句は含まれていない。 辺境伯閣下が私を継嗣指定する。 つまりは、次代を担えとそう言っているのも同じ。 が、宰相府はそれを留め置くと云う。 認められるまでは、浮いた状態だと云う事だ。


 だが、継嗣指定をしたと云う事実には変わりはない。 私が妻を娶るか、誰かの配となる状況が生まれた場合、朋がその許認可権を持つ事に成るのだ。 衰亡しつつある貴族家を存続させる為の特別法。 「特殊縁組」が適用されるのか……


 王都に住まう『魑魅魍魎』とも云える貴種貴顕の『貴族的』な思惑から、『魔の森』の深淵に向かう使命を帯びた私を、完全に切り離す為に、宰相府からの要請を受けたと云う事なのだ。 私の『行動の自由』を担保する為に、朋はこの国の貴種貴顕の思惑からへの『肉の壁』と成ったと理解した。


 不甲斐ない事に、それ程の犠牲を持ってせねば、私をこの辺境に留め置く事が出来ぬ程の策謀が練られている…… 事に相違なかった。 不敵に嫣然と笑う朋の姿、何気ない風を装う朋に、矜持と誉れと自身を犠牲にする覚悟を見た。


 久々に朋を拳で、ぶっ飛ばしたくなった。


 私にそれ程の価値が有るのだろうか? 朋の未来を潰す様な選択を取らせるような事が罷り通るのか? 自問と共に沈黙が執務室を覆い尽くす。



「なんだ、嫌なのか?」


「……それで、良いのか? とても重い責務を課せられ、自由行動も儘ならず、貴様の望んだ未来を掴めぬのだぞ」


「既に事は決しており、爵位その他も授けられている。 どうにも出来んよ」


「いや、しかし、貴様が思い描いた未来を捨て去る事に繋がっているのだぞ」


「……貴族たる者、生まれながらに責務は有るのだ。 それを求められた。 ただ、それだけの事だ」


「もう…… 魔導士として、研究に没頭できない事すらも、許容したのか? 魔法、魔導バカの貴様が……」


「何を言っている? 私は天才だぞ? 天才の才気を利用せぬ国家など在るものか!」


「えっ?」



 朋は殊更に胸を張り、続く言葉を紡ぎ出す。 執政官は顔に手を当て、元近衛総軍指揮官殿は破顔する。


 私の懸念が見当違いだったのか? 朋は変わらずに、魔法バカで居られるのか?




 魔法学院に居た時と変わらず、『朋』は『朋』のままで居られるのだろうか……




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― 新着の感想 ―
魔法バカで居られるかどうかを真っ先に扱うあたり 真なる朋なんよな 泣ける
同性愛のTS百合なんかより精神的BL実に良き……
居候でなく堂々と辺境に落ち着けて、表向きの仕事は増えるでしょうが実務は誰がやってるかは王都からは分かりゃしませんからね。 気持ち悪い魔導卿家からも別家で独立できたことだしそう悪いことでも無いような。
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