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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
151/216

――― 矜持の在処 ―――

 


 通達は終わった。 高貴なる方々にはこちらの混乱を斟酌するような御心は備わっていない。 常に、上意下達。 それが、常である。 北部辺境とは違う、中央貴族らしい振る舞いだった。 


 辺境女伯家の方々。


 辺境国軍の総指揮官閣下とその参謀様達。


 皆が大講堂を後にする。 諸々の手続きを経て後、上意下達の形式で、新たな軍編成が発表されるのだろう。 それまでは…… 現状維持を心掛けねば成るまい。 大講堂に集められた遊撃部隊の主だった者達は、状況の急変に、認識が追いついていない。


 この後、辺境女伯様に呼び出されている私と配下の者達とは違い、彼等には現状では何の指示も出されていない。 考えるに…… 王都の貴族や軍部の考え方からすると…… そうだな、集う者達に言葉を掛けねば成らぬだろう。



「あの方々は王都の貴種。 下位貴族に対しては、言葉を惜しまれる。 辺境とは違い、王都では上位貴族に下位貴族から言葉を掛ける事は不躾…… 不敬と取られかねない。心する様に。特に司令官職に付き従う参謀職の方々に対しては、口を慎む様に。 軍序列から、彼等は少々離れている。 発令は司令官職からのみ。 参謀職は司令官の幕僚で有り頭脳であるが、戦闘職では無く直接軍を指揮する事は無いのだ。 故に、将兵達から彼等に直接言葉を交わす事は無い。 それを成すのは、参謀職付きの事務官か秘書官だ。 ……気位が恐ろしく高いからな、気を付けろ」


「それは真ですか?」



 訝し気にそう口にするのは、東部線区を担当している北辺騎士爵家が四男。口は軽いが作戦遂行能力には目を見張るものがある男だ。部下からの信任も厚く、彼をして東部線区は平穏を保っていると云っても過言ではない。


 ただ…… 口が軽いのだ。 態度が軽佻浮薄なのだ。


 彼なりの人心掌握術なのだろうが、対貴人貴顕に相対するには礼典側(マナー)の知識が足りなさ過ぎる。 その必要も無かったために、積極的に教育されていないと云う重い事実が其処にはあるのだ。 よって、訓戒を述べておかねばならない。



「あぁ。 だからこそ、魔法学院の騎士科で学び、士官学校ヘ進む多くの軍務系の貴族達は、参謀職を目指す事になる。 大勢の学生からほんの一握りのずば抜けた頭脳を持つ者しか登用されぬのだよ。 その分…… 自尊心と矜持の高さは、王国軍はおろか貴族社会でも噂になる程だ。くれぐれも、貴様たち自身の言動には注意する事を推奨する」


「はぁ…… そう云う者達なのですか。 北辺に…… 辺境軍を建軍すると聞いても、我々には今一つ解りませんね」


「だろうな。 ちい兄様であれば、ある程度は理解されるだろう」


「……上級女伯の配となられた、指揮官殿の兄上での事ですか? つまりは上級女伯領、領軍?」

「軍務系の上級女伯家の領軍は、国軍に準じたモノなのだ。 ちい兄様は、きっと苦労されておられると思う。領軍参謀や軍務幕僚、更には兵を実際に動かす司令官職。騎士爵家のような雑多な組織とは訳が違い、階級や爵位が全てでも有るのだ。王都で学んだ私には、その苦労が手に取る様に理解できる。 ……今後、我等が遊撃部隊もそのように編成される可能性がある」


「暗澹たるモノですな」


「なにせ『王領』となったのだ。 見栄と外聞を整えねばならないのかも知れぬ。 まだ、何も判らぬし、どうなるかも予見できない。 気を引き締め、物事が動き出すまではこれまで通りの任務を継続せねばな。 目下、これ以外の思案は無い。 状況総監を実施する。 東部はどうか」



 森の拠点より急遽引き返した私達。 途中途中で副官より概要現状は伝えられていたが、各管区の指揮官職からの話を聞きたかった。 十全なる通信網を築き上げたとしても、それを判断し裁定を下すのは『人』なのだからな。 それぞれの管区には、元からその場所を支配領域としていた北方騎士爵家の家人達を指揮官に据えている。


 『得手百人力』と前世の私がそう囁いたのだ。


 郷土を愛する者達をその郷土から引き剥がし、別の場所に宛がうと、彼等の持つ知識と見識が役立てられない。 土地勘、空気の読み方、魔物魔獣の気配の察知。 いずれをとっても、その地に生まれ、その地で暮し、その地を愛する者でないと判らぬ事が多いのだ。兵達はその限りでは無いが、指揮官はその原則を貫いている。


 そんな彼等に直接状況説明を求める事は、支配領域を俯瞰するにあたり是非とも必要な事でもある。副官が仕事をしていない訳では無い。ただ、彼等の口から紡がれる言葉に乗る、言語化できない現場の雰囲気を得たいと考えたからだ。東部管区の口の軽い指揮官は、常と同じく軽佻な調子で東部の様子を語る。



「大きな問題は起こっておりませんね。 引き続き『浅層の森』内の整備と通信網の構築。 鳴子残響機(エコー)の設置と、その反応を纏める通信室の整備を継続しております。 先ずは、問題は無いかと」



 報告に頷く。 彼がそう云うのならば、問題は無かろう。 東部に続いて西部の様子はどうか。 律義者と評判の高い、西部の騎士爵家が次男が、先程から重苦しい気配を撒き散らしているのは、なにか問題でも発生しているのか?



「西部はどうか」


「東部と同じく。 ただし、少々森がざわついております。 鳴子残響機(エコー)情報の解析結果から、西部中央北部東寄りの地点から『中層の森』より中型魔物が此方に下りてきている気配が御座います。 現在威力偵察を実施中。 予想出現地点には本日午後到着予定。 長距離索敵手段を用い、脅威度と対応判断を下す予定に御座います」


「無理はするな。 中央の予備隊を援護に回す。 現状を維持せよ。 副官、予備隊に射手隊を多く回せるか?」


「可能です。 第四班、第五班が休養中に御座いますれば、緊急呼び出しに応えられます。 機動猟兵も現状ならば四隊動かせます」


「指揮は……」


「猟兵隊、第八班の班長にお任せください。 アレならば、状況を読み必要な手を打てます」


「宜しい。 ならば、行動開始だ。 皆、集まって貰ったばかりだが、『砦』に戻り各自の為すべきを成して欲しい」


「「「了解!」」」



 副官は、(メティア)を被り『砦』の通信室へと指示を発し始めている。 自分達の役割や責務を知る男達が、愛する郷土を護るために一斉に動き出した。

 そう、辺境の騎士爵家の漢達は言葉よりも行動を重視する。彼等の動きに深く感銘と感謝を捧げたく思う。 辺境の安寧は彼等の献身と努力に掛かっているのだ。 


 だからこそ、彼等の命を脅かす様な命令には、絶対に従う事は無い。




 ―――― 私の矜持に掛けて、それだけは堅持しようと思う。





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― 新着の感想 ―
女伯は主人公に見るべき価値はない、とした。 身分や嫉妬?から、功績を見ることすらしなかった。 読者目線だと凄く節穴にしか見えないが、今回の解説でなるほど、とも思った。 貴族社会って、色々描写されるけど…
中央の貴種とも堂々と渡り合い、今後の処遇に混乱するなかで状況説明と現状把握、適切だと思われる指示を出す。  今後は国軍にも「装備」が配置されるのでしょうが、 他の騎士爵家の面々から見た「三男の評価」…
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