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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
149/216

――― 王都からの提示 ―――

 


 我等が騎士爵家の財務状況に関しては…… 


 母上も、兄上も、気を揉んでおられるのだ。 婿に入られた『ちい兄様』が、寄り親たる上級伯家の配として、金穀での援助をして下さるそうなのだが、それも継続的にとは行かぬだろうし、宰相府辺りが何か対策を立てられたか…… 副官の言う様に良き方向に向かえば良いのだが。


 いや、そうでは有るまい。 また、不測の状況に追いやられる方が、可能性は高く、王都の貴族と言うモノを知って居る私には、そちらの方が確度が高く思えるのだ。 フッと溜息が落ちる。


 大講堂には、王都中央で見た事が有る『高位の職責』を示す官服を纏った一団の男達が入室してきた。 どの顔も見知らぬ者達ばかりだった。 一人、かなりの高齢と見受けられる男もいる。 その官服から、『武官』と思しき人物。 大地図前に設えられた長テーブルの椅子に次々と着席されて行く。 勿論、我等は起立し最敬礼にてお出迎えしているのだが、その様子を見ながら頬に微かな笑みを浮かべられる高齢の武官殿。 さて、なにが飛び出すか。



「諸君、話がある、休め」


「「「はッ!」」」



 敬礼を解く。 一糸乱れぬ動きで、休めの姿勢。 背筋を張り、装具を整え話を聞く姿勢に移った。 戦野や訓練場と同じく、将兵の規律は保たれる。 そうなるように、訓練し鍛練もして来た。 当然の帰結なのだ。



「よく練兵されているでは無いか。 近衛でもこれ程の兵は居らぬよな、兵站参謀よ」


「はッ、誠に勿体ない御言葉」


「さて、諸君。 私は先の近衛総軍指揮官である。 国王陛下の命を受け、この地に罷り越した。 なに、最後の御奉公にと老体晒して参った迄よ。 諸君の事は既に調べ上げている。 この広大な支配地域をよくぞこれだけの少人数で防衛していると、驚きを隠せない。 一軍を興すにしても、諸君が編成した組織を徒に改編を成すと、軍組織の機能が損なわれる事となるのは必至。しかし、国軍の一翼を担うとなれば、他軍との均衡も必要となる。 つまり、陛下は “飾りの部分” を、儂に『形作れ』との御下命と心得た。 虫の知らせか、同行した参謀達は、『兵站』、『輜重』、『衛生』の三参謀とその配下。  『作戦』、『兵務』、『魔導兵』、の直接戦闘を担う者達は、何故か辺境を嫌い(・・)同道していない。  ……仕方のない奴等よ。 まぁ、判らんでもないので、本職同道の離脱を認め、本領近衛に置いて来た。 さらに基幹指揮官を、自薦他薦を含め募集するも、誰一人として応募する者が無かった事は知らせて置く。つまりは、『兵力』そのものと、『その組織体』は、何の変更もせず辺境国軍、軍統帥部の直下に置き任務を全うしてもらう事が出来ると言うものよ」



 何を仰っているのか、さっぱりわからない。 辺境国軍? 王国軍の一翼を担う? どういう意味なのだ? 



「遊撃部隊指揮官は貴様か、筆頭騎士爵家の三男殿?」


「ハッ! 小官が遊撃部隊を掌握しております。 が、その任務の大半は指揮官代理が多く務めております」


「ふむ。 国王陛下と宰相閣下より、北辺の騎士爵兵達の特殊性は滾々と説明を受けた。 しかし、取り敢えずは貴様が責任者で間違いないという事だな」


「ハッ!」


「そして、現在、遊撃部隊の総指揮を代理指揮官として軍務を遂行しているのは貴様の副官である…… そちらの御仁か」


「ハッ! 左様であります」


「よろしい。 そして、並み居る兵達は、各級、各管区、各部署の指揮官と云う事だな」


「左様に御座います。 此処に集いし者達は、遊撃部隊基幹幹部であり各管区の指揮官に御座います。 騎士爵家主力部隊と護衛部隊の基幹要員も伺候させて頂いております。 騎士爵家の軍備の中枢は、集合いたしました。 が、砦と拠点、目下緊急性の高い地域には数名の指揮官を残しております。 森の監視に『間隙』は許されません。 有能なる者達に、命令権を委譲した上で残置しております」


「そうか。 この地の安寧を約する者達が、油断などする訳は無いな」



 目を細め、白い顎髭に手を伸ばす高齢の軍人。 その瞳には、愉快そうな光が揺らめいていた。 状況を楽しんでおられるのか? しかし、楽観できる様な有様では無いのではないか? 心に浮かぶ幾つかの疑問を、直ちにぶつけてみる事とする。 直截的な物言いは、中央では品が無いと言われるが、辺境では大切な資質でも有るのだ。



「元近衛総軍指揮官殿に、ご質問が有ります」


「ふむ、何なりと聴いてよいぞ」


「ハッ! 先程、国軍の一翼を担うと仰いましたが、どういった仕儀に御座いますか? よく理解出来かねます」


「……そうか、何も聞いておらぬのか」


「一昨日まで、森での作戦行動を行っておりましたが故、状況を理解できる程、情報を頂いておりません」


「成程な。 相判った。 もう直ぐ、此方に太守様がやってこられると聞く。 気が…… 逸っていたか。 ならば、直接聞くが良い、この地を新たな太夫として任命された辺境伯様にな」


「辺境伯…… 様に御座いますか?」


「あぁ、そうだ。 儂も驚いた。 そろそろだろう」



 何気に本邸に続く扉に視線を向ける元近衛総軍指揮官殿。 その視線が走ると同時に、貴人入室の声が掛かった。 騎士爵家では、聴かれない貴人対応の正式な言葉の数々。 その上、大講堂に足を運ばれるのが『辺境伯』との事。 王国の階位で、その爵位を戴けているのは、数人に過ぎない。 王家とは別の王国に吸収された元は『別の国の王族』に与えられる階位ですらある。 公爵家と同等の家柄とこの国では見なされる、そんな爵位。 どの様な方が見えられるのかと、身構えてしまった。


 此処に集う者達は、礼法も修めさせている。 魔法学院にての授業内容をそのままに、此方に導入した。 活用できる場面が有るかどうかは判らないが、対貴人用の礼法は身を護る『知識の鎧』となる。 まさに予見していたかのような、このような場面に出くわした時、誰もが遅滞なく、畏れも無く(こうべ)を垂れる『常識』を持ち合わせるに至るのだ。


 扉は開かれ、多くの随伴の者達が入室される。 (こうべ)を垂れ、貴人への最敬礼にてお待ち申し上げる。 さやさやと衣擦れの音、椅子を引く音、着席される音。 全ては静寂の中進行して行く。 声が掛かる。 文官の…… それも、かなり熟達したモノの声。 さもありなん。 辺境伯の傍付として、任じられている者ならば、その様な声音も頷ける。



「王国の太陽、至高の貴顕たる国王陛下より、この地の太夫として任じられた辺境女伯様の筆頭政務官である。 諸君等に国王陛下の宣下を述べる。 傾聴! 『北部辺境の『魔の森』及びそれに隣接する邑を一纏めにし、北部辺境筆頭騎士爵家より分領。 これを、王領と成す。 北部辺境域、筆頭騎士爵家の『魔の森』支配地域、及び近隣の村々を『分領』、『割譲』も議会の承認通過。 王国法に則り、この地を王領と成す。 その『王領太夫』を昇爵された辺境女伯様が任じられた。 発令。『北部辺境騎士爵家群、『魔の森』隣接家は、全て辺境女伯家が『寄り子』となし、既存の寄り親より転籍すべし』 ……なお、北部辺境筆頭騎士爵家は、御継嗣殿の差配で仮契約状態ではあるが、御当主帰還の際に本契約を話交わす事で了承を得ている」



 一息を入れる御声。 状況は理解した。 広大な支配地域であるが、税収は見込めない土地。 さらに、放置すれば王国北辺が『魔の森に沈む』事が予見されるような場所。 そんな場所を己が才覚でのみ支えていた辺境騎士爵家達。


 しかし、その負担は余りに大きく、少し前に、負担に耐え切れなくなった北部辺境域の騎士爵家群が支配地域の割譲譲渡を『我が騎士爵家』に求め、宰相府により認められてしまった経緯がある。 なにより、継続的に安寧を護るには、あまりにも脆弱な体制であったと言わざるを得ない。


 ……危惧されたのだろう。 宰相府から陛下に奏上された事は容易に想像が付いた。


 そして、慈悲深い国王陛下は御決断を下されたと理解してよい。 そう、『この地を王領となし、以て王国直轄地として今後は国が面倒を見る』 ……と。





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― 新着の感想 ―
きっと、来なかった部署のみなさんには、棲み分け的根回しに宰相補君が暗躍したのね!と妄想してみる。
>この地を新たな太夫として任命された辺境伯様にな」  ◇ ◇ ◇ 【大夫】じゃなくて【太夫】なん?
そりゃ自分たちは出来ない或いは出来なかった魔の森浅層の安寧が見えてきてるんだし下手に恥かくよりゃましかもね
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