――― 暗澹たる気持ちのまま ―――
姿見で、装具を確認。
手伝ってくれた侍女に黙礼する。 彼女達も恭しく首を垂れ答礼を差し出してくれる。何も言葉は交わさないが、其処には私を気遣う確固とした意志も見受けられる。
成程、ちゃんと遊撃部隊の指揮官として見てくれていたのか。 有難い。 若輩者では有るが、遊撃部隊を率いた日々が間違いのない物であった事を、彼女達の行動で確認する事が出来た事は僥倖だった。
敬意を向けられる、自身の仕事を素直に誇ろうと思う。 自らの仕儀を誇れなければ、私に敬意を向けてくれる者達を侮る事に繋がるのだ。 彼等の仕事は素晴らしいのだ。 だから、自身も少しは故郷の為に役立っていると…… そう、考えても良いのではないか。
たとえ、彼女達の夫や子供を『魔の森』で失わせた指揮を司っていたとしても、それが、故郷の為に必要な事だった、そう理解してくれているのだ。 首を垂れるは、私の方なのだ。 ”すまない、愛する者を守ってやれなくて” と、心の中で悔やみを綴る。
静かに扉を抜け、皆の待つ場所へと歩を進めていった。
―――
『砦』の本邸側の玄関に行くと、既に探索隊の面々は揃っていた。 皆、第一種兵装を着用し、少々不安気な表情を浮かべている。更に遊撃部隊 代理指揮官を務める副官、北辺の騎士爵家群 対『魔の森』部隊の長らしき人影もまた、同じように第一種兵装を着用し門前に整列していた。
猟兵長がその様子を不安気に見詰めつつ、私に声を掛ける。 何かしら良くない事が起こる前兆にも見える風景に、さしもの猟兵長の心が泡だったのか。しかし、わたしの心は凪いだモノだった。 兄上が何かしらの命令を下すにしても、それは我が騎士爵家が至る総合的判断と云う事だ。『情』も『愛』も、たっぷりとお持ちである『兄上』が、無茶を仰る筈は無い。
「指揮官殿……」
「猟兵長、判っている。 何故のお呼出しか、私にもわからん。 兄上の勘気に触れたか? しかし、諸君等には如何なる影響もない。 諸君らは私の命令に従っていたまでだ。 さて、出発しようか。 お待たせする訳には行かぬからな……。
皆、出発する!」
「「「 承知 」」」
皆の装具が鳴り、武器の装着音が重なる。 出陣に際し、行うべきだと言われる北辺騎士爵家に伝わる武人の合戦合図。 そこまで気負わなくても良いのだと、苦笑いを浮かべ用意された騎馬にまたがり、数刻で到着する本邸に向かい駆け出した。
夕暮れ時の空は蒼く紅く澄み渡り、穏やかな風はようやく大地の加護を戴けた耕作地の豊かな香りを鼻腔に届ける。この益体も無い脅威と暴虐と理不尽に満ちた世界に、ようやく『人』の安住の地となる芽が生まれたのだ。
護りたいと思う。 切実に、そう思う。
どの様な困難が有ったとしても、人々の安寧と北辺に住む者達の未来を護る為には私は征かねばならない。 『懸命の覚悟』を新たにして、本邸に向かった。 そこで何が命じられるかは判らないままに……
――― § ―――
配下の者達と本邸訓練場に到着。 そこで待ち受けていたのは我が騎士爵家の執事長。 何やら難しい顔をなさっておられる。 彼も又且つて枝分かれした騎士爵家の分家相当の者。 常に柔和な表情を浮かべ、種々雑多な家内の政務を良くこなす謂わば文官の長。 その彼が難しい顔をしているとなると、そちら方面の問題か。
下馬しつつ、彼の前に立つ。
「ようこそ、お出ましくださいました」
「いや、兄上からの呼び出しなのだから、当然だろう? どうした、難しい顔をして」
「詳細は、私からでは無く、貴顕の皆様方より……」
「貴顕? 兄上では無いのか」
「はい。 御継嗣様は『魔の森』への対策として、戦力を供出して下さった北辺騎士爵家の御当主様、御当主代理様方と既に協議に移っておられます。 おおむね今後の方針は固まりつつありますが、王国本領の御意向があまりにも……」
「あまりにも? なにやら、重大な変化が行われると、そう感じるが」
「まさしく。 大講堂に皆様をお連れする様、命じられております。 どうぞ、此方に」
「了解した。 兄上も来られるのだろうか?」
「いえ…… 後程と…… そう伝えられております。 御継嗣様は今、混乱の真っただ中で在りましょうし」
「そうか…… わかった。 皆、行くぞ」
第一種兵装を着用し、強張った表情を浮かべる遊撃部隊の指揮官達。 東西に長い北辺『魔の森』浅層域を支配領域と化す為には、彼等の力は是非とも必要であり、頼みにもしている。元は他家の対『魔の森』への先頭集団が長。 今は遊撃部隊に組み込まれ、かつての任地を守護する者達となっている。 我が騎士爵家の訓練を準拠とした練兵に耐えられた勇敢なる男女。
それもその筈、この辺境を愛し、この辺境の礎たるを誇りとした北辺騎士爵家群に連なる者達なのだ。 覚悟のほどは、一般兵とは段違いなのだ。恐れ畏怖する『魔の森』に対し、己が命を糧として自家の支配領域を安寧に保つ心構えは、流石北部辺境の騎士爵家が者達だと云える。
我が騎士爵家の遊撃部隊相当の武具武器を自在に操れる『武威』を持ちつつ、各人が指揮官としての経験と知恵を持ち合わせているのだ。 その彼等が醸す一種異様な纏う空気は、さながら王国軍、一軍の首脳部とも言えよう。 だからこそ、王都からの命令と云うのが解せない。彼等を以て、ようやく安寧を護る事が出来る現在、それを安易に解散させようなど思われて居たら、どうしたモノかと…… そう思案を深めている。
執事長が先導する大講堂は、有事に際しては、遊撃部隊、主力部隊、護衛部隊が集う、司令部となるべき場所。
現在、主力部隊の多くの人員は遊撃部隊に出向しつつ、基幹要員たる者達は軍務官僚として有能さを発揮し在籍している。 遊撃部隊の消耗は、安寧を脅かすモノだと兄上は捉えられ、北辺各騎士爵家の中で遊撃部隊に志願する者達の最初の受け皿ともなっているのだ。主力と云う名の元に、遊撃部隊に兵員を供給するかのように。以前の主力の現状は、騎士爵家の軍学校の様な様相を呈している。
大講堂に入室すると、其処には主力部隊の主だった者達、護衛部隊の基幹要員も集っていた。 壁には騎士爵家群が北辺の支配領域を統合した巨大な地図が掲げられている。『魔の森』浅層域の支配領域も又、大地図には記載されている。 浅層域に張り巡らせた、基幹道、番小屋の位置から、細い連絡道までも記載されている。 大地図の下に掲げられる小地図は、『魔の森』浅層域の状況地図。 何処に、何が、どれだけ分布しているかを記載している物が掲げられていた。
「丸裸…… と云う事ですか」
「情報の伝達を確実なものとする為に、色々としたからな、副官」
「機密、秘密などと言うモノは、”認めぬ” と、云う事でしょうか?」
「いや、拠点以遠の情報は記載されていない処見ると…… 宰相閣下が手にした情報は公開されていないと見ていいな」
「国の上層部の思惑では無いと?」
「それは無い。 砦に集約してある『魔の森』浅層域の情報がこれ程詳細に提示されている事を考えれば、自ずと答えは見えて来る」
「何ですか、それは」
「大地図の範囲を見ればな、何となくだが想像は付く。 魔の森と、森の端の邑々を我が騎士爵家から分離独立させる御積りだろう」
「な、なんですって」
「領域とすれば、王国北部国境のすぐ外側。 東西に横たわる『魔の森』浅層域の領域は、単純に換算すれば上級伯領や侯爵領にも迫る、広大な領域だ。 これを高々、騎士爵家が守護するのは、面積だけ見れば中央にとっては『面白くない』と感じられる筈だ。 税収が見込めれば、幾つかに分割し、相応の爵位を持つ者に差配させると考えるだろう」
「……現実的では御座いませんな」
「宰相府の御考えは判らないよ。 しかし、緊急且つ重大な『話』ともなれば、その位しか思いつかない。 さて、どうなるか」
「……『善き話』 で、有ればよいのですが」
「まさしくな」
小声で副官との言葉を交わす。 我が騎士爵家に於いても、これほど広大な支配領域を安定させる為の金穀については、頭を悩ませている。 北辺騎士爵家群の請願により、『魔の森』浅層域の割譲が認められて以来、我が騎士爵家の台所事情は常に火の車なのだ。
『魔の森』での稀少な魔法草の採取、魔物由来の素材の売却が何とか騎士爵家の財政を支えているのだが、厳しいのは変わりない。 遊撃部隊に主力部隊を統合したのも、それが理由でも有る。 効率的な部隊運用は、是が非でも成し遂げねば干上がるのだ。
故に、このお呼出しに、不安が募る。
様々な予見と推論が頭の中に組み上がる。 が、それは どれをとっても『ろくでも無いモノ』ばかり…… 王都の貴顕の方々は、辺境の事情に疎く、また無理難題を吹きかけて来られるのかと……
―――― 暗澹たる気持ちを抱えるに至る。




