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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
146/216

――― 変化の兆し ―――

 

 輜重長の語った言葉と、前世の私の記憶を擦り合わせた結果、一つの推論が導かれる。 この世界の古の文明は、前世世界と同じような『技術職』の人間が存在した。 そして、その者達は確かな技術を持っていた。 インフラストラクチャー…… 社会基盤を整備し、保守点検し、人々の生活が護れるように努力を惜しまない者達がいたと云う事だ。 勿論彼等だけではこのような構造物の建設を企画し、主導的に建設し、保守点検は出来ない、それを指示命令した者もまた存在したと考える方が現実的だ。


 魔力を漉し執る魔法術式も、その考え方を踏襲したものだと思われる。


 その古代の文明では魔力が社会のエネルギー基盤となって居て、必要不可欠なモノだったのだと、理解した。 故に魔力の回収、集積には途轍もない労力が注ぎ込まれていたのだろうと確信に至る。 この術式に至っても同様だろう。 最下層の空間で、瓦礫と共に再構成したが、転がっていた瓦礫に今まで見た事も無い魔法術式が刻まれている事を認知して…… まぁ、朋への土産として少しばかり保管していた。


 その術式が、もしかしたら、輜重長が言う術式ならば、術式一個当たり回収できる魔力は僅少なれど、それを幾千幾万と設置する事によって得られる魔力はそれこそ無尽蔵。 さらに、魔の森中層域の表土を流れる川を取水するとなると、その川の水に溶け込んだ魔力は、我等が暮らす騎士爵が支配地域とは比べ物に成らぬ程多い。 何かしらの原因で魔力が枯渇しそうになり、本来利用不可能な空間魔力を使用できる形に落とし込む為に作り出された技術。 脱帽するしかないな。


 しかし、それもまた、濃い空間魔力が存在する場所でしか存在し得ない技術でも有るのだ。


 森から流れ出た川は、大地が魔力を漉し、遠く離れた場所に至る時には魔力の溶解度は激減する。 森から出る頃には、そこまで大きく魔力を含有している訳ではない。 大地という巨大な自然の『濾過器』の代わりに魔法術式が先にそれを行い、結果『魔力』を手に入れると云う事か。 そして、それを別の魔法術式に流し、保全を成すと。 排水をして、自立稼働させていたとはな…… いや、それでも尚、疑問は残る。



「異物に対しての護りは、当然あるのだろう? それに関しては、どうなのだ」


「はい。 指揮官殿が、扉を開けられた時に流された『ご自身の内包魔力』が鍵となります」



 ピンときた。 アレか…… 基本的に自立運転する施設には、人の手は極力掛からぬ様に設計される。 施設を稼働させる為に常時、人の手が必要ならば、人の意思が施設の稼働に及ぼす影響は計り知れない。 


「人」とは、間違いを犯す生き物なのだ。 錯誤や誤認、意図しての破壊工作。 施設の稼働の根幹を成す部分を全て魔法術式に置き換え、制御を一元化しているのならば、人の常駐は必要なくなる。 意図しない破損が起こった時だけ、技能を保持している少数の保守点検要員だけで保守点検が可能となるのか……


 見るからに、この施設は極めて強固に作られている。 容易には壊れることは無い。 ならば、保守点検要員がその役目を果たす為に来た時に、自身が保全要員であると『この施設』に知らしめる必要が有るのだな。

 それが、自身の内包魔力に依る、何らかの施設設備の再稼働と云う事か。 そこに登録した内包魔力を持つ者に対し、その者を保守点検要員と見做し、異物…… 排除対象から外すと云う事か。 監視体制は、その一団を判別し、個別に排除対象除外を行う…… やはり、輜重長は深くこの施設の事を理解していると見える。



「ワザとだな、輜重長」


「何をですかな?」


「内包魔力が足りないから、わたしに扉を開けさせた。 アレだな」


「……事実、わたくしの内包魔力では、扉は開きませんよ。 ですが、ご明察です。 指揮官殿は我等が指揮者。 では、その方が機構に認められる事が、探索隊全員の安全に繋がりますが故に願いました」


「…………喰えん奴だな、貴様は」


「今一つ、確信が持てませんでしたので。 ですが、現在のこの状況から、古来からの知恵と知識は真実であったと確信いたしました」


「激烈な異物排除反応が出ていたら如何した?」


「この隧道を辿り帰路につく事を断念し、取水口傍から地表に出て帰還する様、進言いたしました。 半壊しているとは言え、崖に突き出していた管も又、機構の一部。 地表の水が流れ込んだ際に、状況は判別できます。 更に、指揮官殿が半壊部分を破壊し再構築した後、外部の水を流し込んだ際に『その兆候』が表れる筈です。 が、それが有りませんでした」


「貴様の知恵と知識と、状況判断の結果と云う事か。 危険を最小限に落とし込み、最大限の効果を確認したと」


「それが、我が家門の在り様ですので」


「成程…… 成程な。 今後も、その大胆さと慎重さを遺憾なく発揮してほしい」


「御意に」



 少々、釈然とはしないが、この手の技術者には、前世でも出会った事が有る。 前世の記憶に引き摺られ、昏い感情が蘇る。 最大効率を求め、本来ならば忌避されるような事柄が、安全対策から、ほんの少し踏み出し状況のブレークスルーを模索する者。

 寡黙でありながらも、その手の話をする場合は酷く断定的な口調で早口で喋り始める、技術バカと呼ばれる者達。 嫌いでは無い。 あぁ、嫌いでは無いよ。 たとえ、蔑んだ目をしながら、こんな簡単な事も理解出来ないのかと罵られてはいても、ある種彼等は純粋だった。

 人の心が無いのかと思われるような仕儀を繰り返す、末端の現場仕事を数字でしか見ない会社の上層部とは違うのだよ。 一線を画する技術に傾倒した者達とはな。 少なくとも彼等は、正確な現象を見る眼だけは持っていたのだから。


 現時点で、安全は担保された。


 ならば、この隧道を通り帰還する。 行くべき道の、ずっと先まで照らし出された隧道。 現時点で、このような施設を作り上げる事は、私達には出来ない。


 王国では実現できない『道』の技術が、そこに存在する。


 明るく整備され、清潔で古びた遺跡とは思えない情景が広がっている。往路では見えなかった色々なモノも白日の元に晒される『この場所』を、誰にも邪魔されずに行ける。見るべき物は多く、私にも観察する手段もまた多い。 探索隊の全てが持つ観測魔道具を用いつつ、帰還の途についたのだった。



 ―――――



 上々の観察記録と、様々な新しき知見と共に拠点に戻ると、其処は混乱で支配されていた。 浅層領域と、中層領域の境目に有る拠点に於いて、混乱とは壊滅に繋がる極めて由々しき事柄なのだ。 拠点の主要な要員に対し、状況の説明を求める。



「何が在った。 見た所、相当に混乱しているな」


「はッ! 実は「探索隊」の皆様には、即時街の御邸に戻って頂きたく。 その為の準備で少々ごたついておりました」


「定期哨戒を実施しつつ『砦』に還るとの事では無かったのか? 当初の作戦案では、その様になっていた筈だが?」


「はッ! 御領の遊撃部隊の本部よりの御命令です。 可及的速やかに、『探索隊』の方々を御領本邸におつれする様にと」


「代理指揮官がその命を発したのか。発令元は兄上か。 承知した。 しかし準備とは? 即応し行軍するのならば、探索隊としては通常の任務ではないのか?」


「探索隊の皆様には『式典装備』の着用が命ぜられました! 備蓄等は潤沢に与えられておりましたが、そこまでの物は揃えておりません。 『砦』にも、正規の物は存在しません。 辛うじて、指揮官殿の『式典装備』は有りますが、それをここまで移送しなくてはなりませんでしたし、他の方々の装備は……」


「何やら想定外の状況が発生しているらしいな。 判った、君達に負担を掛ける事は、この拠点の生残性に問題をきたす。 式典装備の準備は必要ない。 探索隊のそのままの姿を、モノの判っていない者達に見せるべきだな」



 兄上をして、その様な命令を下させる状況とは何なのだ? しかし、魔の森の中の事は一任されているのだ。 コレは、私の意思として、『砦』に急行する。 そこで、副官に聴いてみる事にした。 『拠点』の者達には、通常任務を最優先にして貰う。 さもなければ、この拠点を維持する事も難しくなる。 『魔の森』の浅層域と中層域の境に有るのだ。 どれほど準備しても、何が起こるか判らないのだからな。

 輜重隊を特別仕立て、『砦』に帰還する必要も無い。 式典装備を砦に居る者達に用意させる必要も認めない。 余力など何処にもないのだ。 見栄を張る為の装備装具を造る資材が有れば、新たに仲間になった者達の装備装具に割くべきなのだ。



「通信を頼む。 これより本邸に還ると。 装具は第一種兵装。 何らかの式典で有ったとしてもそれで充分であると伝えて欲しい」


「はッ!! 了解いたしました!」


「皆、疲れている所 申し訳ないが、これより『砦』に向け進発する。 砦に於いて、「探索用」装具から第一種兵装に転換、その後本邸に向かう。 何やら急かされているようでもある。 休めるのは本邸に戻ってからと思って貰いたい」


「「「 承知 」」」



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― 新着の感想 ―
中層の怖い魔物魔獣がなんか変な挙動してるとかじゃなくて良かったです。 まあだいぶ上の人間達は変な挙動してそうですけど。
魔の森の道理をわからん都会っ子にわからせる回ですね(wktk)
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