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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第三幕 前編 騎士爵家としての決断
145/216

――― 「悠久の時」の残滓 ―――


 

『魔の森』 中層域の断崖に突出した、古代遺跡の管の中。



 断ち切れたその端から、見上げる大空は蒼く高く澄み渡り、ゆったりと真白の雲が流れていく。 足下の渓谷からは、轟轟たる水音が響き、飛散する水流は、まるで雨が逆転したかの様に、渓谷奥深くから吹き上がっている。 絶景が視界一杯に収まるのは、心の底から爽快に感じ世界の理の一部を知れた気にもなる。


 そんな、満ち足りた気分のまま視線を走らせる。 幸福な時間は、短いモノなのだ。 私は自身の為すべきを成さねばならない。


 傍らに侍る射手長を見詰めつつ、言葉を紡ぐ。 知るべきを知り、考察すべき事は考察した。 更に言えば、自身の心の在処に迄、到達できたのだ。 今回の探索行は、大いなる収穫が有ったと云える。 そして、この先に進む為には、準備が必要なのだ。



「拠点に戻る」


「了解しました」



 青空を覗かせる、広場の様になった管の端。 囂々と流れ落ちる川から本管へと流れ込む水音を後に、探索隊は元来た道を引き返し始めた。



 ―――



隔壁に似た壁を通り抜け、管内に入ると其処には来た時とは別次元の光景があった。



 管の天井部分から、白色とも云える眩い光が投げられ、漆黒の闇に包まれていた筈の管内が明るく照らし出されていたのだ。 携帯用魔法灯火の光源の力を借りずとも、周囲は明るく照らし出されている。 整然とした内部構造が、詳細に視覚情報として飛び込んで来るのだ。 勿論、空間魔力量も多くは無い。 静謐で神聖な空間…… そう呼ぶ事が出来る長大な回廊のようだった。



「これは…… どういう事なのだろうか? 輜重長、判るか?」


「……はっきりとは。 ただ、予測は付きます」


「教えてくれないか?」


「はい…… 私の知る古代文献に一つ、これと似た施設が有った事を、最初にお知らせしたく」


「……それが貴殿の秘密の一端か? 家系的な、祖先の保持していた何らかの記録。 そして、それを継承し今も古の知恵を保持し続けているという事なのだろうか?」


「はい。 ……仰る通りに御座います」


「ふむ。 深くは聴かない。 事情は誰にでも有り、それにより貴殿が何らかの決断を下し、辺境へとその身を置いた。 事実としてはそれだけなのだろう。 背景にある様々な事柄は、現在目の前に展開している情景には何ら関係も無い。 故に、貴殿にはこの情景の意味する物を教えて欲しいと思う」


「御意に。 枝葉末節の話は、いずれまた。 この情景の意味する事は、この場所がまさしく最初に私が申し上げました通り、長い隧道が保守管理に使用されていた証左と言えましょう」


「それで…… この情景の説明はつくのだろうか?」


「隔壁の扉が開けられた事で、非常事態と『設備』が判断したと。 そして、非常灯的に天井部分に設置されている『魔法灯火』が点灯したモノだと推察されます」


「……そうか。


     ……ならば、一つ質問がある」



 私の疑問は、この情景を成さしめた、根源的な力に関しての質問だった。 もし、輜重長が言う事が正確ならば、最初に隔壁の扉を開いた時に、この光景が発現してもおかしくは無い。 往路に於いて、一度もそのような事は無かった。 非常灯に付随する、何らかの力は既に失われて久しかったのだろう。 魔法灯火らしきその輝きを見詰めつつ、考えを巡らせるが一向に答えらしきものは出てこない。


 魔法灯火ならば、それを駆動する魔法術式、そして原動力と云える『魔力』が存在する筈だ。 更に言えば、扉を開けるときに、私は自身の練った魔力を扉の開閉機構の魔法術式に流したはずだ。 扉を開ける為の非常用電源のような役割を私自身が果たしたともいえる。


 しかし、その時点では魔法灯火は現出していない。 魔力の供給が足りなかったという事ではないのか。 では、現在のこの光景を現出させる魔力は何処から供給されているのか。 それが、脳裏に浮かび、心を騒めかせる疑問だった。



「天井部の灯火は非常用の魔法灯と見て良いのだろう? ならば、その術式を駆動する魔力は何処から得ているのだ? 駆動を担保する蓄魔池らしきものも、長き年月を経て、蓄魔された『魔力』は全て昇華していたのであろう? 往路でこの情景が現出しなかったのはその為でもあると考えられる。 もう一つ、この設備に『火が入った』のならば、我々はこの設備にとって異物と判断され、何らかの排除措置が取られるのでは無いのだろうか?」


「指揮官の着眼点と危機管理の思考には驚きを隠せませんな。しかし、ご懸念になるような事は起こり得ないでしょう」


「何故そう言い切れるのか?」


「我が家系に連綿と受け継がれた古文書には、この情景を示唆するものが含まれると先程お話いたしました。 長き年月に渡り、保持し続けていた家系に伝わる古の魔法術式。 我等が家系の者は物心つく頃には、その古文書を教材として魔法術式の研鑽に努めるようになります。幸いな事に『この現象』に付いての知識に関しては、ハッキリと断言する事が出来ます」


「そうか。 ならば、教えて欲しい。 魔力はどの様に供給され、存在すると思われる異物排除機構が何故発動しないのかを」


「御意に」



 輜重長は、記憶を探る様な目をしつつ、慎重に言葉を選ぶ。 自身の知る知識と合致する情景に、心躍る物が有るのだろうか? しかし、状況は未だ混沌としている。 彼の持つ知識が『正しい』のならば、問題は無い。 長い年月の間に変質してしまった可能性も考慮に入れねばならない。 何が根拠なのか。 何が、彼をしてここ迄、断言できるのか。 それが私には判別できなかった。



「指揮官殿。 この設備の大まかな構造は、破孔からも推察出来ましょうか?」


「それは、出来る。 巨大な円筒を三段に分けた構造だった。 崩落した崖の向こう側の端からも観測できたし、私自身が管の本体や最下層にも壁を立てたのだからな」


「そうです。 私の家門の古文書には、この施設と同様の設備について詳細に綴られた、いわば設計図とも呼べる物が継承されておりました。 幾代も続く我が家門。 古文書の保管には殊の外留意しておりましてな、閲覧用にと代々の当主たるべき者が、古文書を一言一句写筆し、付随する魔法術式も又、その発動が可能となるかすら、検証しつつ継承しておりました。 この施設よりも小規模では御座いますが、その構造及び使用魔法術式は幼少の頃より見慣れたモノでした。 これが、根拠に御座います。 その根拠に照らし合わせ、指揮官殿の御疑念にお応えしたくあります」


「ふむ。 それで…… 魔法灯を含む魔法術式の発動の為の魔力は何処からか」


「川より引きました水に御座います」


「水?」



 予想外の言葉に私は戸惑う。 水が…… 何故、この現象を引き起こしているのか。 魔力と水? ……そうか、魔力は良く水に溶ける。 その溶けている魔力を漉し執る術式を持った『ナニか』が、最下層に設置されているのか。



「魔力を多く溶け込ませた水。 それこそが、この施設を稼働するに必要な魔力の供給源。 術式的には水に溶け込んだ魔力を漉し執り、その魔力を移動させ『蓄魔池』に似た場所へと貯める。 そして、必要とあれば、その魔力を利用して施設の保全に必要な魔法術式を展開するのです」


「成程な…… しかし、流水から魔力を漉し執ると云っても…… 難しくはないのか? 流れは有ったとしても、微々たるものとなる筈だ」


「仰る通り。 魔法術式単体での汲み上げは微々たるものです。 が、それを何千、何万と連続して設置してあるとすれば? 最下層の空間に、等間隔に並列にならべ、その間を魔力が濃く溶け込んだ水が流れるとすれば…… どうでしょう」


「能力値一杯の展開術式は魔力を含んだ水を通過させ、まだ余力のある魔法術式が組まれている場所に流れると…… そして、上流からは延々と水が流れ込んで行くから、供給が不断となれば…… 蓄魔は滞りなく、そして時間と共に増大する…… か」


「魔法学院、錬金塔にて勉学を修められた事だけは有りますな。 その認識で間違いないかと」



 別の情景が脳裏に浮かんでいたのは、輜重長には伝えない。


 海水から真水を取水する砂漠の施設が脳裏に浮かんでいた。 同僚が捨てた、科学総合雑誌に記載されていた記事だ。 逆浸透膜法と云う、当時の私にとっては謎技術でも有る。 特殊な中空繊維の中を、圧力を掛けた海水を通す事によって、真水を得る技術だった。


 一本の中空糸から得られる真水は僅少。 時間当たりでもポタポタといったもの。 しかし、それを何千何万と束ね、中空糸の長さを延長すれば、時間当たり得られる水はドバドバに変わる。 破れれば、海水が混じるし、メンテを怠れば海藻が繁殖して効率は激減する。


 莫大な電力も要求される。 しかし、真水が望めない場所で、豊富に存在する海水から飲み水を得るには、それを稼働する力さえあれば、最適解だとも言えた。


 よく似ている。 技術うんぬんの話では無く、思考方法が……



 かつて繁栄した人々の考え方が、私の魂に刻まれている前世の人々の考え方とが……





   『酷似している』と感じてしまったのだ。







第二章 第三幕 前半の始まりです。

楽しんで頂ければ幸いです。



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― 新着の感想 ―
お待ちしてました。楽しみです。
更新お疲れ様です 楽しみにしてます
更新楽しみにしておりました、ありがとうございます! 応援してます☆
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