幕間 14 『生贄』の食し方
「第五席が『女性』である事が何よりも重要でしょうな、この場合。 女伯には『配』が必要です」
「まッ! まて!! 待て待て待て!!」
「ほう、それもいいな。 何よりも気心が知れ、宰相府の思惑も通る。 アレが嫌がるか? いや、アノ茶番劇の底流にあるアレの婚約白紙化の事を考えれば、普通の貴族家の令嬢などは自身の相手には望まねぇだろうしな。 それに、状況が特殊過ぎる。 新家の永代を望むならば、横に立つ漢が要るからな。 おめぇ、それ、遣ってくんねぇか?」
「無理です!! 断固拒否します。 朋です、奴は朋なのです。 それに、私の身体は女性のモノと見えましょうが、大きな問題が有るのです!!」
「なんだ、言ってみろ」
「薬剤を使い過ぎた結果、この状態で固定されたわたくしの身体は、既に人とは言い難い。 人工的に『大変容』を繰り返した結果、既に禁忌のポーションにすら耐性が出来てしまったのです。 問題はそれだけにとどまりません。
まだ、女性として固定されて居れば………… 無理にでも折り合いをつけて、それなりに受け入れる事も、貴族ならばやったでしょう。 が、それすらも現状では不可能なのです宰相殿!!」
「つまり…… なんだ?」
「……あぁ、そう云う事」
「宰相補、判りやすく云え」
「宰相閣下。 第五席は、両性無具。 ふたなりの真逆と云えると。 魅惑的な外見では有りますが、女でも男でもないという事です。 教会の言う所の『人外』。 御理解出来ましたか?」
「……難儀なもんだな。 つまりは、子が成せない。 家門を繋ぐ事が出来ず、将来の展望がないと…… そう云う事か」
「まぁ、表向きとして…… そう云う形にして、妾なりなんなり……」
「宰相補!! アイツは、そんな器用な事が出来る訳が無い!! お前は、悪知恵ばかりで、朋の為人を見誤ったか!!」
「おい、おい、そんな怒るな。 一つの手立てとしてだな……」
「間違っても、そんな事を考えるな!! 奴は何時も紳士なんだ。 俺だって、困惑していた。 状況に打ちのめされた泣きたくなった。 だが、奴は常に紳士たることを崩さん。 変わらずに俺を『朋』と呼んでくれ、以前と変わらぬ態度で接してくれるのだッ!! 判るか、その気持ち。 そして俺の気持ちがッ!!」
「済まない…… この線は捨てる」
―――
「…………宰相補、勇み足だな。 まぁ、これでコイツとアイツがどんな関係かは明白になった。 故にアレの事を語るコイツの言葉が真摯たると証せられたな。 が、宰相補の案も正当性が有るのは確かか…… 第五席。 一ついいか?」
「閣下…… 声を荒げました事、謝罪いたします。 が、なにか?」
「怒ってなんていねぇよ。 聴きたい事はな、おめぇ、アレと家族には成れるか?」
「家族…… に御座いましょうか?」
「そうだよ、家族だ。 『友誼』以上に価値があると思うぞ? 一族とならば、色々と便宜を図るのは難しくはない。 それに、その時が来るまで、表に出す必要もなくなる。 お前が提出するだろう『継嗣請願』を宰相府で止めて置けば、アイツはお前の家の係累であり、騎士爵家三男のままなのだからな」
「…………どういう事でしょうか?」
「「魔の森」は領土とは言えねぇ。 しかしな、支配領域を維持するとなると、相当の金穀が必要となる。 それは、判る。 ならば、どうするか。 王領として指定する。 その地を治める者として、お前さんを『太夫』へ任命をするのよ。 いわば代官だ。 北辺『魔の森』の浅層域をまるっとな。 そんでよ、その代官は世襲として長く彼の地を治めて貰うってぇ算段よ。
けどよ、お前さんに子は出来ねぇ。 普通ならば連枝、血脈から養子をとる。 が、あの場所は、そんな生易しい事言ってられる場所じゃねぇ。 よしんば魔導卿家の連枝血脈に打診したとしても断られるこたぁ明白だ。 遠い上に、命の危険と隣り合わせの場所に行こうってぇ奇特な奴居る訳はねぇ。 居たとしても名前貸しで、王都在中ってんなら、宰相府がお断りだ。 その土地に根差し、長年その地を守護してきた者でなくては、務めらねぇ。 ならば、誰がいいかなんか、火を見るより明かだろ?」
「北辺騎士爵の方々…… ですね」
「その通りだよ。 だがな、その中でも抜きんでているのは何処だ?」
「朋の騎士爵家でしょう」
「だろ? あの家の継嗣は既にいる。 次代も誕生している。 次男は北辺上級女伯の配だ。 御家としては万々歳だな。 なら、三男の一人くらい、別家の直参に成ったって構わねぇ。 直参貴族家の家中に『貴族籍』を鞍替えするってこった。 ついでに、色々と韜晦する為に北部辺境域の騎士爵家の皆をお前の寄り子にしてしまっても構わねぇ。 中にゃ無役の次男三男だっているだろう。 そう言った者達を、家中に迎え入れるってのはやり方として間違っちゃ居ねぇな。 いや、するべきだ。 『方策』としちゃぁ、渡すもん渡しゃぁ、あっちも納得するぜ? 栄誉と権能はそのままに、面倒事を纏めて引き受けるってんなら、考えもするぜ」
「……警察権、国境警備の権能を彼等に分権分与し、更に騎士爵家群の子弟を家中に迎え入れる対価に、現有戦力の『魔の森』対策用の戦力を此方に…… ですか」
「その方がすっきりするぜ。 後背地を他家の寄り子に任せるってんじゃ心許ねぇしな。 なにより輜重、補給が安定する。 今のままじゃ、それすら当てに出来ねぇしな。 北部辺境の騎士爵家群の奴等だって、今の寄り親に何か『お伺い』を立てても、クソの役にも立たねぇ返事しか返ってこねぇよ。
元より、その寄り親達も領地替えしたばかりじゃ、援助したくたって出来やしねぇしな。 ……長い目で見ても、援助なんてしねぇだろうしなぁ。 中央を含め、領地貴族の者達から『軽く』見られてんのよ、『騎士爵家』って存在はな。 なら、どうするよ。
『王領直轄地の太守が寄り子』 いいじゃねぇか。 今よりだいぶ『格』が上がる。 問題となるだろう金穀に付いてはなぁ…… 『王領』内での事項ならば、宰相府の予備費が使えるんだぜ?。 お前が望めば、国軍を動かす事も可能だ。いや、手勢が国軍の一翼を担っているって態でも構わない。 なぁ、宰相補」
「王国直属の『北部辺境王国軍』の建軍ですか。 壮大ですな」
「……大それた御話に御座いますが?」
「それだけ、俺達ゃぁ、あの場所を重要視しているってこったよ。 東部、南部、西部の辺境域は形になった。 徐々に人の生存圏を拡大しているのもある。 あとは北部だ。 ただ、事情が特殊過ぎて今まで手が出なかったんだ。 森の浸食を押し留め、魔物魔獣の脅威から民を護るための護国の軍勢。 北辺の『醜の御盾』。 『見栄』や『外聞』を度外視する、本物の武人達の『王国の護り人』。そう言った役割を期待するぜ」
「なるほど…… では、北辺の騎士爵家群は、いずれ昇爵を…… との御考えなのですか?」
「他の辺境域もそうだっただろ? いずれ騎士爵位の任命権も陛下の専権としたいんだ。 有象無象が勝手に叙爵出来るんじゃ、おかしいだろ? 癒着や不正の温床になりかねん」
「たしかに…… 制度的には…… 無理が有りましたからね」
「事情が有ったんだ。 だが、それももう解消されている。 今の制度で任命された騎士爵家は、貴族序列に正式に組み入れる。 というか、昇爵して組み込むんだ。 その上で、辺境域での叙爵権を中央に集約する。 勝手に貴族を増やされんようにな。 新制度は王太子殿下が王冠を被る時にと思っている。 色々と面倒だが、まぁ、順当な施策となる。 だが、その前にアレを取り込んでおかなくちゃならねぇ」
「……北辺、『魔の森』の探索を続けて貰う為にでしょうか?」
「アレには『極秘任務』を与えてある。 そして、それは一代では不可能な任務でもある。 そう考える。 問題はな、王太子妃がアレの能力に気が付いている点だ。 色々と囀るだけなら問題はねぇ。 だが、王太子妃と云う立場と権能から、行動する。 必ずする。 釘を刺したくらいじゃ止まらんよ、あの雌獅子はな。 だから先手を打つ」
「『寄り子』として、そして、『太夫家』の一族として…… 私との『特殊縁組』と云う事ですか……」
「たった一人では何も出来ねぇ。 家を保つために一族、連枝、家門を持つ。 だが、血縁者でも係累でもねぇなら、その地位を与える為の避難処置としての法があるんだ。 それが、『特殊縁組』ってぇ奴さ。 連枝、係累と同じ扱いにするってんだ、誰も文句は言わねぇ。 過去にこの制度を使った事もある。 前例も幾つかあるんだ。 横紙破りじゃねぇし、年寄共には覚えもあるだろうしな」
「痩せ細った家門の立て直しの為の特別法でしたね、たしか」
「おめぇが成るのは、父だろうと、母だろうと、そんな事、どうでも良いじゃねぇか。 要は、アレを北部辺境に留め置く為の方策と言う訳よ。 アレの心に叶う『善き伴侶』をお前さんが認め許可すれば、それで次代以降も恙なく御役目の継承は出来るし、そう有って貰いたい。 そして有象無象の詮索も無視して問題はなくなる。 『家中の事』に収まるからな。 どの貴族家にしても、だれが『本当の継嗣』かは、全部が全部表に出している訳じゃねぇ。 お前ぇの魔導卿家にしても、いまだ、お前ぇを継嗣補として登録しているくらいだ」
「新たに興った新興貴族家の血族としての登録。 成程、今までの家から離れはしないけれど、個人の門跡は変更となる。 成程…… その手が有りましたね」
「そう、貴族家の『内輪の話』にするんだ。 俺たちが危惧するのは、奴の行動に制約を付ける様な事。 アレは自由に動ける様にしなくちゃならん。 出来るだけ柵を軽くせにゃ、動くに動けんようになる。 その為に、お前さんを防壁とする。 この案ならば歳周り上、アレが爵位を継ぐ事はねぇ。 アレの児がその爵位を継ぐ事になるからな。 そう出来りゃ今後も、アレの行動は制限されねぇし、その間に色々と取り決めれば周囲も何となく納得もする。 宰相府が絡んでいるとなりゃ、大公家であろうと二の足を踏む。 時間が状況を韜晦するんだ、貴族らしいやり方じゃねぇか。 時間稼ぎとしちゃ、いい案だろ?」
「…………肚黒狐」
「面と向かって言われたのは初めてだぜ。 けどよ、それも俺への『評価』として受け取っとくぜ。早速だが宰相補、魔導卿を呼び出せ」
「御意に」




