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――― 心の赴く場所 ―――

 


 僅かな距離と思える程、その作業は遅滞なく進み、そして地上に出た。 そこでは輜重隊の面々と、猟兵隊の面々が集っていた。



「こちらも終わりました。 流域断面を拡大した用水路は蓋をし、流せる流量を四倍と成しました。 小川の流れを堰き止める為の『土壁堰』の魔法術式も河床に埋設設置しております。 輜重長の計算結果で、『小川の流水量全量が必要』となりましたので、その対処です。 あとは接続部を造れば、いつでも流せます」


「そうか…… 悪かったな、疲れたであろう?」


「なんの、猟兵隊の皆が護衛に当たってくれたおかげで、工事に専念出来ました。 警戒しつつの作業では無いので楽が出来ました」


「そうか、皆が総出で…… 猟兵長、有難う」


「なんの、探索行に必要な事。 それに輜重隊ばかりが活躍するのも業腹ですからな、はっはっはっ!」



 皆の協力の元、水道隧道に流れこむ水の確保の目途は立った。 保守点検の為にあらたに穿ったという隧道から元の場所に戻り、接続部を入念に構築する。 大きな力を受け止めねばならない場所と言う事で、さらに崩落場所から資材として様々なモノを捥ぎ取り接続部を強固にして行った。 幾許かの時が経て、その作業も終了。 後は小川を堰き止め、用水路の入口を穿つだけとなる。 当初、この場所に足を踏み入れた時は、眼に写る風景が大きく様変わりしている。 明るく、解放的に成ったのだ。 いや、危険を感じる程に、何も無く…… 切り立った崖の先端に居るようなモノか。



「……指揮官殿、先端部はこのままでしょうか?」



 射手長がちょっと心細げにそう口にする。 そう云われれば、資材を捥ぎ取る時に何の処置もしていなかったな。 切りっぱなしになっている管の端は、足下がかなり危険だ。 簡易的な腰壁でも造るか。 床面の端、切り取ってある先端部に立ち上がりを設ける。 胸程の高さの腰壁だが、これで不用意な転落は避けられると思われる。 後は…… アーチ状天井部の崩落個所。 まぁ、そのままでよいのだが、安全の為に崩落の危険性を感じられる場所だけは切り落とした。


 混凝土(ベトン)の塊が幾つか渓谷へと落ちて行ったが、轟々たる水の流れる音がそれを隠した。 後は抜けるような青空が、整端したアーチ状の軒先の向こう側に広がっているばかりだ。 陽光が差し込み、光溢れる場所となり、見違えるように視界が広がった。


 今や、王城のバルコニーも斯くやと思える様な、そんな場所に成った。 それを見届け、ここ先端部での全ての作業は終わった事を知る。 後は水を通すだけだ。 そちらの方は、あの場に残っている者達が完遂するとの事。



 念話で連絡を送る。 “ 準備は出来た ” と。 


 即座に返答が還る。 ” 取水口を開ける。 擁壁による川の堰き止めを実施。 今 ” と。



 出来上がったばかりの斜経路からの轟轟たる水音。 川を堰き止め、その奔流が用水路を迸り、斜経路に落ちて行く音だった。 水音は接続部を通過し、下部の本管へと流れ込んで行く。 押し流される水の勢いは強い。 水位はかなり上昇していると思われるが、今いる場所への影響は無かった。 強固な造りをしているモノだと、過去の英知に頭が下がる。 それに負けぬ様にと、努力もした。


 技術格差は物量で押し切った。


 周囲の空間魔力量が低減した事を受け、()()でこの情景を楽しみたくなったのか、皆が面体を取り外し、顔を晒して周囲を見ている。 そうしても、問題が無い程に空間魔力量が減少しているのだ。 まさに、私が推察していた通りの事が起こったのだ。 輜重長も面体を外し、感慨深げに水音に聴き耳を立てていた。 いや、破顔していたと云ってもいい。 深い皺を刻む顔が、明るく輝いて見えたのだ。


 まるで、過去の遺物では無く、自分達の知る施設が稼働している事を慶ぶかの如く。


 なにかしら、有るのであろう。 家門…… 祖先…… 口を滑らせた輜重長。 家歴に秘された、事実を目の当たりにして感動を以て事実を受け入れているのだと見受けられた。 きっと、彼の『本懐』なのだろう。 此方に向き直った輜重長は私に明るい声で言葉を紡ぐ。



「流水による空間魔力の低減ですか…… 考えましたな」


「在るモノを利用しただけだ。 なんの不思議も無い。 澱みは『病』を誘発する。 此処を中層の森 深部への足掛かりとしたいと思っているのだ、その整備は必須と言えよう? なにか不思議か」


「いえ、なんでも。 では、あちらに渡る方策を練らねばなりませんな、指揮官殿」


「考えはある。 考えはな。 今すぐには無理だ。 私一人の知見ではな。 それを可能にする者が居る」



 轟々たる音を立てて水を流す接続部の側に佇み言葉を交わす私と輜重長へ、観測長が言葉を紡ぐ。 なにやら思う所があるのか、神妙な顔をしているのが解せないが。 私の言葉が『砦』にての作業に繋がると、そう当たりを付けたのか。

 しかし、その表情には思案深げな色合いが見て取れた。 探索行への懸念では無い。 もっと別の…… どちらかというと、『人』に関しての事柄か? 今の私は、その様な事柄にも気が付く様になった。 これは、大きな変化だと云っても良いのではないだろうか?



「……あの魔導士殿を頼られるか。 『特殊魔道具』を開発された方だ、困難を極める探索行を鑑みれば、外せるわけも無し。 指揮官殿の『特別』だものな。 それに…… あの方は、()()()を愛でているのだし、それも有りか」



 呟きにしては妙に声高だった。 まるで私に聞かせるように呟いたかのようにも聞こえる。 他の長もそれに賛同するかのように、何も言わない。 観測長の言葉に頷きさえしているのだ。 反応が薄いのは、私と射手長の二人。 なんだ、どういう事か。



「どういう意味だ、観測長」


「指揮官殿。 大切な者は、手放してから後悔しても遅いのですよ。 ご自身の、小さくも強く切望する『心の声』を、お聞きなさい」


「ん? なんだ、それは」


「判らなければ、指揮官殿は『幼子と同じ』。 そこに居て『当たり前』は、無いのですよ。  …………さて、どうします? これ以上の探索続行は、現状では不可能なのでは?」


「そうだな…… 拠点に…… いや、『砦』に帰還する。 此度の探索行での発見は、書面だけでは説明しきれない。 兄上にも、報告せねばならない。 宰相閣下への報告は、状況を纏めてからとしたい」


「了解しました。 では、御下命を」


「ふむ。 皆、ご苦労だった。 此度の探索行は此処までとする。 来た道を引き返し、開けた扉を閉じつつ拠点に戻り、さらに『砦』に帰還する。 よくやってくれた」


「「「ハッ!」」」



 こうして、探索行続行への光を見出した私達は、意気揚々と『砦』への道を辿る事となった。 用意し、準備せねばならない事は多々ある。 この場から帰還するにあたっても、準備は必要だ。

 水を流してから、明らかに空間魔力量は減少している。 この事実は嬉しく思う。 推論が現実に当てはまったのだ。 ……橋頭堡(拠点)で準備した魔道具は、ついぞ使う場面は無かったが、きっとこれからの探索行で必要となる事は、この事実を以て確信が持てた。


 巨大な管が途切れた場所。


 整備した其処は、大自然が剥き出しに成ったパノラマが一望に出来る。 腰壁を造りし管の端に立ち、面体を外した状態で対岸を視る。 そして、その向こう側に広がるであろう、『魔の森』中層深層域に思いを馳せる。

 ようやっと、本格的な探索行への『とば口』の前に立てた。 心地よい風が私の頬を撫でる。 そう、『 良くできました 』と、また言われたような気がした。


 その事実に、この探索行が成功裏に終わったと、そう確信が持てた。 


 雄大な自然の風景を目にしつつ、私の心の中に幾つもの《情景》が浮かび上がる。 思考の深淵に飲み込まれぬ様にしつつも、思い浮かんだ考えに心が震える。 この先の展望というモノかも知れない。 しかし、靄の様な思考の渦の中で確信した事柄がある。



 私は見出したのだ、世界の(ことわり) 『()()』 を。



 一つ目は、魔力が水によく溶ける事。 空間魔力の()()()()()()()()ほどに。

 二つ目は、生き物とは空間魔力に影響を強く受けるモノだという事。


 ―――  空間魔力量が、生き物の適切な生活圏を決定していた。 ―――


 この二つの『知見』は、王国にとってこれからの生存圏拡大を目論むならば『重要な情報』でもある。 その知見を得られた事が今回の探索行の成果と云える。 そう『成果』なのだ。 種を撒き、芽が出て、育てる。 細い幹を太らせ、葉を茂らせ、やがて花が咲き、そして結実する。 その『実』を私は手にしたのだ。 


 そして、成果と云えば……


 と、思考を進めた時に私の護衛たる射手長がおずおずと声を掛けてきた。 帰還準備が整ったと口にしてから、私の傍らに立ち、私と同じ雄大な景色を視つつ『言葉』を口にする。



「…………あの、この設備は、御伽噺が語る…… 古代に存在したと云う…… 一夜にして滅んだ『エスタル』の…… 遺構のようなモノなのでしょうか、指揮官殿」


「そうだな。 『古代エスタル』といえば、遠い昔の人々だ。 私は、もっと原始的な魔法的な超常的な存在かと思っていた。 各種の文献や古文書から、確かにその存在は確定している。 不明な点は多いのだがな。 が、私は思うのだよ。 根本は今の私達と同じなのかもしれぬな」


「それは、どういった意味なのでしょうか?」


「社会の基盤を重視し『絶える事の無い努力』の視点を持つ、紛れも無い『()』で有ったのだと、そう理解できた。 原始人でも、野蛮人でも無い、高度な社会を維持していた方々と云え様な。 王国のほうが、原始的とも…… 云える程にな」


「そう…… なのですか」



 私は彼女に向きなおり、彼女の真剣な表情を嬉しく思いつつ言葉を紡ぐ。 かつて、魔法学院にて教諭陣が無知なる私に、英知の手解きをして下さった時の事を思い出した。 かなり無表情な私が、何かに気が付いた時に見せた輝く笑顔。


 その笑顔が『善き事』だと仰って下さった教諭の皆様方。


 その時は、積み重ねられた知識と知恵と経験が、私の血肉に成っているのだと、嬉しく思い表情が現出した。 教諭陣の教導は、それを目指されておられたのだと思っていた。 英知に触れ、それを我が物にした時の喜び。 それは、学徒として在るべき姿なのだろうと、今にして思う。


 しかし、それだけでは無かったのだ。 教諭の皆様方は、私の『情緒の成長』をも私に教えて下さっていたのだ。 嬉しく思う事は、『心の成長』に他ならない。 他の感情よりも優先して成長させねばならない事と、教諭陣はそう暗に『教え諭して』下さったのだ。



「射手長。 今の王国人に『これ程の施設』は、建設不可能だ。 そして、その運用も。 長く悠久の時を超えても、厳然としてここに在るという『事実』。 それこそが、彼等の優位性を物語る。 故に、疑問が発生する。 何故、彼等は滅びたのか。 エスタルが末裔のエスタリアンが言葉にも疑念が発生する。 古エスタルの民の何が『罪』なのか…… だ。 私にはわからない。 ただ、『この世界の真実』は常にそこに有ると思う。 よって、探索は続けなくてはならない」


「世界の真実……」



 深く考察する事が出来る対象は、なにも外ばかりでは無い。 観測長が私に云った言葉の意味を、あれから考えていた。 『幼子』とはどういう意味か。 自覚している感情とは別に、心が求めているモノは何なのか。 『情緒』と言う、自身にとっては掴み処のない事柄では有ったが、皆の視線や言動で、少なからず気が付かされたこともある。


 そう、『好ましい』のだ。 心が、その『在り様』を、求めていると云っても良い。


 射手長との相対している時、不思議と心が穏やかに成るのだ。 彼女からの感情は、きっと私が騎士爵家の三男で在り、この部隊を率いる指揮官であるからだこその『敬愛』であるのだろう。 が、それもまた、心地よかったのだ。 よって、願う。 願わなければ、届かないと、そう確信した。 忠言は常に善き物。 聞き入れてこそ、自身の成長の糧となるべき言葉。 心の声に『従わない』という選択肢は無い。



「人が穏やかに生きていく為の知識と知恵。 私は、そう信じるのだ。 射手長」


「はい」


「手を貸してくれないか? 今後も…… 中層域の危地に飛び込むのだが、君の力は是非とも必要だと思うのだ」


「はい、喜んで。 危地だろうと、煉獄だろうと、指揮官殿の背中はお任せください。 護り通して見せます」


「力強き言葉、有難く思う。 共に…… 歩もう。 世界の真理を知る、任務なのだからな。 傍らに、君が居て欲しいと、私は望む。 良いだろうか?」



 彼女は腰のポーチから古び歯の幾つかが抜け落ちた『木製の櫛』を取り出し、握りしめた。 私を真摯な表情で見上げる。 さながら、聖堂で『儀式の為に』聖壇に立つ、信心深い花嫁の様に…… 頬に赤みが差し、真剣な口調で口にするのは『誓いの言葉』。



「御誓い申し上げます。 この『命』、魂と肉体とが分かつその時まで、 ()()()()までも、()()までも。 指揮官殿と常に共に在る事を」


















 彼女が口にした、『永久の誓い(神助宣誓)』。 神の御前に於いて、己が伴侶に差し出す誓約の言葉。 戸惑うも、嬉しく思い頬に笑みが差す。 その様子を伺っていた観測長、輜重長、猟兵長が ” ようやくか ” と頷き、晴れやかな表情を浮かべていた。






第二幕 終幕

第二部 第二幕の終幕です。

読んで頂き、誠にありがとうございました。


閑話を挟み、五月後半に第三幕をお届け出来るようにガンバリます。 ファンタジーに理屈を付ける事は、幻想世界を幻想から現実に落とし込む暴挙だと思うのです。 が、如何せん、中の人は元々SF世界の住人ですので理屈好きなのです。 

魔法が、魔法として不思議力ではない、何らかの『力』の根源が在るモノとして、求めてしまうのはサガと言うべきモノでしょうか? 楽しんで頂ければ嬉しく思うのですが、如何でしょう。


三男の七転八倒は今後も続きます。 困難にもめげず、周囲の助力を借り、世界の根幹に迫っていく物語、どうぞ、宜しく!!


龍槍 椀 拝



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― 新着の感想 ―
う~ん、あまり似つかわしくはないかなぁ?って感じた
みんな喜んでるな。モブとして、普通の男として、物語としては射手長ちゃんで正解なんだろうけど…個人的には嬉しくない。
え、意味通じてる?通じてろ!通じれ! 2幕乙!
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