――― 閉ざされる道、見出す道 ―――
『信用』とは、重き言葉なのは重々承知している。
この場所で…… 森の中層域の真っただ中で、仲間に疑心暗鬼を生ずる事は死活問題となりかねない。 それに、この探索行に於ける最高責任者は私なのだ。 私や副官が選び抜いた者達なのだ。 何かしらの思惑が有ったとしても、それを見抜けなかったのは、私の落ち度なのだ。 だから…… 信用と信頼は当初から変わらず持ち続けている。 人選に非があるとすると、それは私の責任なのだ。 だから、私は彼に云う。 真っ直ぐに目を見詰めながら……
「その造詣の深さと見識を、利用させて貰う。 探索行に必要な知見であり、我等の安全に寄与するモノだと認識した。 今後も、貴様の持てる知識と知恵を提示続ける事を私は期待する」
「……指揮官殿」
「さて、何処から手を付ける? 起動魔法術式がある場所は何処だ? 伯爵級の内包魔力量で事足りるのか?」
「は、はっ! じゅ、十分です。 こ、此方です」
何故かは知らぬが、輜重長は目を真っ赤にして、私を壁に誘う。 そして、指し示す正体不明の金属板。 複雑な魔法術式が綴られているが、ほんの掌ほどの大きさのモノは、暗がりの中巨大なモノばかり見ていた私にはあまりに小さく、存在を認識するに至らなかった…… のだろうな。 その金属板に掌を押し当て、練り込んだ内包魔力を静かに注ぎ込んだ。 見るからに繊細な魔法術式に、浴びせかける様に魔力を注いだら、術式が壊れる可能性もある。
そして、何より内包魔力量の保持保全が重要だと思われる探索行に於いて、魔力の無駄遣いは厳に戒めるべき事柄でもあるのだ。 よって、魔力制御は私達にとっては死活問題となる。 ゆっくりと起動術式に魔力を満たして行く。 素直な術式は魔力を受け入れ、必要な場所に必要な量の魔力を充填して行く。 順次起動準備が整い、最終段階に到達した事が理解できた。
「起動する」
ゴウンと言う重い音が周囲に響く。 何も無かった筈の、滑らかな壁にピシリと亀裂が入り入口の扉と同じように、一度奥にずれてから、大きく横にずれていく。 どうなって居るのか? 構造的にそう云う感じでは無かったのだが、それでも現実にそう動いているのだ。 突如壁面に現れた巨大な開口部。 成程、これだけの開口部が有れば、機材の搬入や人員の投入の自由度も上がる。 しかし、何故このような壁を設置する必要があるのか…… そこが判らない。
「1クーロンヤルド毎にこのような壁が有ると思われます。 構造体の支持に必要な事は当然として、何らかの破壊的な現象が起こったとしても、その区間のみで被害を抑える為でしょう。 大規模かつ、保守点検の人員の手配が付かぬ場合は、各区間が閉鎖され保全される仕組みだと思われます」
「すべては、この構造体の保持の為…… か。 大規模かつ壊滅的な状況下においても、いずれ復旧される事を念頭に計画されたのだな」
「それが、社会整備基盤と言うモノなのです、指揮官殿」
「……これを作り上げたモノ達は、それを念頭に於いていたと。 何処までも未来を見据えた計画であった。 そう云う社会が古き歴史の中に有ったという事実。 実に興味深いな」
「はい」
「成程、敬意を払うべき者達だ。 人の暮らしを支える、目に見えない基礎となるか…… 今の王国での実現には、悠久の時間が必要な事柄だ」
「……既に、芽は生まれております。 いえ、悠久の昔から現在に至るまで保持し続けていると。 不断の努力を通じ、より良き未来を引き寄せる為に、幾多の志を同じくする者達が…… つっ……」
「そうか。 『目立っては成らぬ、黙して事に当たれ……』か。 忍耐強さと頑強な精神力を兼ね備えた者達なのだな」
「…………祖先がそうであったように」
「祖先…… か。 これ以上は聴かない。 輜重長、よくやった」
「有難く」
輜重長の過去を掘り返すつもりは無い。 ただ、彼の一族が有するモノである事だけは、彼が口を滑らせた言葉の内容から類推できた。 今は、それだけでいい。 彼もまた、色々と事情を持った男なのだと、それだけ理解すればよいのだ。 事、北部辺境に於いて重要視するのは、為人と能力。 過去に縛られ、成す事無く無駄に生きる事は出来ぬ場所でも有るのだ。
無為に生きた私が、再び生を与えられた場所でもあるのだ。 常に自身が成せる事を、模索し続けなければ成らぬ場所なのだ。 よって、私は皆に命じる。 己が成すべきを成すと。
「皆に通達。 これより探索行を続行する。 小休止は終了。 全周囲に警戒を敷きつつ、前進する」
――― §§§ ―――
輜重長が口にした通り、探索行を続行する私達の前に1クーロンヤルド毎に壁は出現し、そして打通して行った。 その数、18回。 つまり、ほぼ20クーロンヤルドの距離を踏破した事になる。 その間に、一度たりとも魔物魔獣の襲撃は無かった。 つまり、この巨大構造物の中は密閉されており、悠久の時を以てしても外部からの侵入を拒み続けていたという証左ともなる。 保守管理が徹底していたと云えるのだ。
そして、18枚目の壁の先……
明るい日の光が差し込み、青空と轟轟たる音を立てる渓谷の川、そして、目の前に広がる巨大な地の裂け目を望む場所に出たのだ。 王城のバルコニーの様に崖のこちら側から突き出した場所。 先端は崩落し流石に風化が進んでいる。 今までの隧道内とは違い、明らかに脆く変色している場所もある。 あまり先端までは進めないな。 足場が崩れ落ちる可能性もある。
「壁面近くで大休止準備。 糧食の用意。 猟兵長、少々周りを調べて欲しい。 どこから崖から突き出しているか、わかるか?」
「少々お時間を。 幾人か連れても?」
「許可する。 差配は猟兵長に一任する」
「承知」
少なくとも、崖に埋まっている部分ならば、これ以上の崩落は無い。 猟兵長は部下を三名連れ、瓦礫が散乱した管の先端部分に用心深く進み、さらに、管の外側を確認していた。 瓦礫自体は、この管を構成する混凝土だ。 正体不明の金属である骨材も散見される。 研究のし甲斐が有ると言うモノ。 幾許かの時を経て猟兵長が帰還する。 歩測と目算で瓦礫が散乱していない床に一本の線を装備した剣で刻み込んだ。
「此処が崖の端となります。 此処からは突き出した部分。 先端部は、かなり脆くなっております。 ここより先は足を踏み入れる場合は、細心の御注意を」
「理解した。 ご苦労だった。 大休止を執れ」
「承知いたしました。 皆、行くぞ」
猟兵長と配下の者達は、安堵したかのようにホッと息を付き、他の者が準備している糧食を受け取りに壁際に下がった。 思考を巡らせ、猟兵長の引いた線の前に佇む。 瓦礫を土魔法で撤去して視界を確保した。 ついでに幾つかの骨材や混凝土も採取する。 視界が開かれると、眼前の光景を目に焼き付ける。
崖の反対側に、同じような構造物が見て取れた。 三階層となっている構造物の二段目からは滔々と水が流れ出している。 上部の空間は、見た所こちらと同じ構造だと思われる。 直線距離にして約300ヤルド。 それだけの距離が崩落により失われていると云える。 たったの300ヤルド弱。 それが、探索行の行く道を閉ざす最大の障壁となっているのだ。
深い渓谷の底からの轟轟と流れる水音。 下って登るのは至難の業。 しかし、乗り越えられぬ障壁では無い。 手はある。 確かに、手は有るのだ。 ただ、手札が足りない。 此処まで、順調に来られた事は真に幸いであった。
そして、この幸いを私は無駄にはしない。
安全かつ確実にこの障壁を乗り越える為には、策が必要なのは火を見るよりも明らかだ。 先ずは、今私達が居る場所を強固にせねばならない。




