――― 信条と為人の在処 ―――
有体に云えば、前世で云う所の音響探信儀。 潜水艦が音を元に海底の地形や敵潜水艦を発見する方法でもある。 勿論聴音機の性能も上げねば、使い物にはならないが、副次効果として魔力反応では無く、魔物魔獣の息使いから場所の特定が出来るのだ。
特定の観測兵にだけ、改良型の『索敵魔道具』を渡してあるのは、その観測兵の『技巧』が狩人であり、さらに『聴き耳』と呼ばれる、特異な異能を持っていた為だ。 兎に角、耳が良いのだ。 魔道具と技巧との相性も良かった事が、改良型『索敵魔道具』の支給の大きな理由でもある。
それでも、索敵の限界はあるのだ。 幾ら暗闇を見通せる魔道具だとしても、物理的な壁が有ればそれが視界を遮断する。 現在の状況も、索敵魔道具の限界から来ている事は間違いない。 目の前に立ちはだかる壁。 1クーロンヤルドの距離を行軍した後、隧道に突如として立ちはだかる壁の存在。 その向こう側がどの様な状況になっているのかは伺い知る事は出来はしないのだ。
「有体に云えば、此処までと言う事なのか?」
私のつぶやきに、輜重長が声を上げる。 重々しい声色には、彼の知見が少なからず伺える。
「指揮官殿、それは早計と言うもの。 このような隧道では、必ず一定の間隔で隧道構造物を保持する為の補強材を入れます。 それが1クーロンヤルドと言う距離なのは驚くべき事ですが、この遺構を作り上げた古代の者達の技術力ならば、有り得るのでしょう。 素材、構造、そして、何よりも施工の精緻さは王国では真似のできぬモノ。 しかし、考え方や基本は同じところに根差していると愚考いたします」
「貴殿は特にこのような地下隧道に造詣が深いな。 いや、貴殿の過去には触れない。 貴殿が何故に北部辺境の地に来たのか語らねば成らなくなるからな。 貴殿の事情は貴殿だけの事柄でもある。 辺境騎士爵家は支配領域に来る者を拒みはしないのだ。 まして、優れた能力持つ者なら、諸手を挙げて歓迎しよう。 そして、この状況に於いて貴殿の知見と造詣の深さは、困難を打開し道を模索する有益な手段とも断言できる。 ならば、聴きたい。 この壁は貴殿の言う補強材であるならば、この壁を越える事は可能か」
「有難く…… ならば、結論から申し上げましょう。 可能にございます この隧道状の構造体の目的が水を流す為のモノであるならば、我等が進んで来た場所は当然この構造体の保守点検を目的とした場所。 構造物を造り長く使うには必須の条件に御座いますからな。 だとすれば、この空間は水を流さねばならない場所へと続いている事は想像に難くありません。 そして、この空間は其処に続いているとも言えましょう。 なにか問題が起こった場合、速やかに問題解決の為の人員なり機材を運ばねばなりませぬ。 それが、単なる管の埋設となると、地上の建物や往来を破壊したり止めたりせねば成らなくなります。 隧道上部にこのような保守点検用の道を造る事が出来たならば、問題の解決にのみ集中出来ましょうから、これを考えた者達がいかに優れているかを証明したようなモノです。 この隧道構造体を保守するにあたり必要な部分は、おおよそ予測は付きます。 そして、隔壁として有るのならば、答えは自ずと…… 巨大なアーチ構造の中央に通路を繋ぐ扉がある筈でしょう。 尤も、この隧道を造った者達の技術力は想像を絶するが故に、確証は有りませぬ」
「指針として受け取る。 貴様の見識に期待しよう。 付いて来てくれるな、輜重長。 ……後のモノはこの場で待機。 小休止とする」
「「「「御意に」」」」
魔法灯の光だけが頼りの暗黒の地下隧道。 輜重長の言葉を確かめる為に、左手に壁を見つつ二人して進む。 皆から離れた後、そろそろ中央に近い場所へとたどり着くと、輜重長は壁を調べ始めた。 紙一枚も挟める様な隙間も無い『なめらかな壁』に手を当てつつ、何かを探す様な仕草をしている輜重長。
手に持つ魔法灯火の頼りない光だけがゆらゆらと揺らめく中、次第に不安が募って来る。 此処は『中層の森』 暗闇に沈み込む、未知の魔獣や魔物が存在しているかもしれないのだ。 自然と手は剣へと延び、握りをしっかりと握りしめていた。 全周囲に警戒注視し、真剣に調査している輜重長を守らねば成らぬ。 何が在ろうともな。
「指揮官殿! 周囲の警備行動はお任せください。 我等は、その為に行動しております」
闇の中から声がした。 観測長と射手長が小さな魔法灯を手に遣って来たのだ。 小休止を命じていた筈なのだが?
「指揮官殿の護衛の任は我等の専権事項。 徒に単独、又は少人数での行動はお控え願いたい」
「いや…… まぁ、そうか。 貴様等の『職責』を犯す様な真似をし、悪かった。 今後は、お前達の判断を優先する」
「承りました。 さぁ、輜重長殿の所へ。 見識を持った者ならば、一人よりも二人の方が早いのでは?」
「そう云ってくれるか」
「稀代の “工人” ですので、指揮官殿は」
「……そうか。 判った、手助けになるかは判らんが、私も行くか。 忠言は常に善きモノだ。 有難う」
「なんの! では、周囲警備展開します。 射手長、指揮官殿の直接護衛に入れ」
「ハッ!」
小柄な彼女が、銃を手に私の横に立つ。 周囲を伺う様子は、何時もの彼女だ。 うん、そうだ。 それこそが在るべき姿だ。 ならば、わたしも期待された行動を成すとする。 輜重長の傍らに立ち、壁を睥睨する。 行く手を阻む壁は何処までも滑らか。 そっと、その表面に手を添える。 内部の状態を窺い知る為だ。 魔力を練り、手のひらに集中させる。 そして、工人たる技巧を駆使し、壁そのものを視ていくのだ。 脳裏に浮かび上がるのは、壁の内部構造。 分厚い壁だった。
構造的には、この巨大な管を支える円形の支持構造体であり、管と管を繋ぐ接手の役割もしている様だった。 ただし、単一な壁の構造では無く、内部に複雑な解析不可能な骨材による骨組みが組まれている。 そこまでは判ったのだが……
「突破できるのか? これを。 穴が有る筈だと輜重長は言うが……」
呟く私の声が静かに広がる。 輜重長は自身の観察に没頭していて、私の言葉は彼の耳には届いていない。 一心に壁に手を添わせ、何かを探り出そうとしていたのだ。 そして、彼は何かを探り当てた。 やおらこちらに向き直った輜重長。 満面の笑みが、仄暗い魔法灯に照らされた彼の顔に浮かび上がっているのだ。
「見つけました。 ここです。 私では魔力が足りません。 起動術式に魔力を充填できれば、道は開きます」
「起動術式?」
「鍵の様になっているのですが、通常は資格保持者がココに存在すれば、自ずと開く設計になっておりました。 が、その資格保持者が居ない緊急事態の場合、特殊な起動術式を用い開く仕様となっているようです」
「……貴様、その見識は、何処で手に入れた?」
「お許しください。 今は、お話する事は出来ぬのです」
「……妙にこの構造体に関しての知識が有るのは、貴様の過去に由来するのか?」
「詳細は…… 時が来た時に。 決して悪意や、謀略の類では無い事だけは、信じて頂きたい」
遣り過ぎた者が浮かべる表情を顔に浮かべた輜重長。 彼の過去に何が在ったのか。 そして、これだけの造詣の深さ…… まるで、この構造体の設計に関わった者とでも云うかの様な言動。 誘われたのか、私は? いや、此処にいるのは私の意思だ。 そして、彼の知見を私は利用しているのだ。 促され、誘われ、誘導されていたとは言えない。 ならば、彼も私に巻き込まれたモノに過ぎないのだ。
――― 故に、私は彼を信じる ―――




