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――― 悪夢2 ―――



 

 倦怠感と恐れにより、其処が生き辛い場所なのを知っても尚、生きる事に活路を見出す為には選択せねばならない。 



 ―― たとえ、魔力が枯渇(・・・・・)しても、アイツ等は容易く狩れる “ 人族(・・) ” なのだからな!!



 破壊衝動と、獰猛な攻撃性が止めども無く溢れ出す。 もはや知性の片鱗すらそこには残されて居ない。 粗く息を吸っては吐き、吸っては吐き…… 薄い空間魔力(・・・・・・)が、残り僅かな体内保有魔力を削っていく。


     もう、何も考えられない。


 樹々が疎らとなり、ついには森の限界を超える…… 明るい日差しを全身に浴び狂乱が浸食する。 知っているようで知らない邑。 その村人は単なる獲物にしか見えなかった。 ただ、ただ、自身の飢餓感による破壊衝動が身体を支配する。


     喰い物を! 魔力を含んだ『生き物の肉』を、『魔力』を!!


 手に、手に 農具を持つ、人族の男も女も老人も子供も、見境なくこの手で蹂躙して行く。 そして、腹を満たすのだ! 口元から流れ出る人だった血と肉と魔力を零しながら……



     もっと、もっと! もっとだ!

          足りない、全く足りない!! 

                血と肉と…… 何より魔力を!!



 ――― 目を血走らせ獲物を探す。


 ふと目の前に一人の『女』が立っていた。 先程から喰らっていた人族とは一線を画す上質な肉。 豊満で、柔らかく、そして何より莫大とも云える『魔力』が充実している個体。 一瞥をくれる『女』からの視線は、とても悲し気だった。

 その『女』は、私に対し片手を上げて掌を此方に向ける。 充足した上質な魔力が掌に集中する。 そして放たれる、魔法の業火。


 熱い、熱い、熱い!!


 身を焦がす業火により、あれ程無敵を誇っていた爪が、手が、炭となり崩れ落ちていく。 視界は紅く彩られたまま昏くなり、何も見えなくなる。 肌が焼け、毛が燃え落ち、皮膚が裂け、肉が燃える……  それでもなお、業火は止めども無く私を焼いて行く…… 生きたまま火葬される恐怖に絶叫が口から迸った。



 グギャァァァァ!!!! 






 ―――  ―――  ―――



  ……はっ、はっ、ふっ、フゥ



 絶叫は私を『眠りの揺り籠』から引きずり出した。 誰かにゆすぶられている。 自身の絶叫で聴力迄おかしくなっているのだ。 声掛けされても、その声が成す意味を理解出来ない。 ただ、ただ、恐怖に恐れ(おのの)いていた。

 飛び上がる様に跳ね、寝台の上から転がり落ちた私を何か柔らかいモノが包み込む。 聴力が戻り、叫ばれている言葉を頭脳がその意味を捉え始める。


 『獣』から『人』に……


 そんな感覚さえした。 夢の中とは言え、無垢なる邑人を蹂躙し…… 力ある魔女に…… あれは…… 記憶の中にある、私の知る最も高度な魔法術式を駆使する者の姿をした女魔導士に…… 朋に焼かれた。  既に、絶叫は止まっている。 荒い呼吸は徐々に収まる。 が、未だ自身が何処にいるのかさえ定かではない。



「指揮官殿! 指揮官殿!! 大丈夫です、此処は安全です!! だから、だから、気を確かに!!」



 柔らかなモノに包まれる感覚。 夢の中で口にした邑の人間。 その中で、特に旨かったと感じたのは、そんな触覚を持っていた女性のモノ。 暖かな、そして、柔らかく、恐怖に縛られていた私の心を優しく解き(ほぐ)して、安らぎまで与えさえしていた。 思わず縋ってしまった。 あぁ、無意識だが縋っていたのだ。 そして、顕わに成った自身の獣性が、未だ昂ったまま…… い、いけない! 抱きしめるその柔らかな肉を、とき解かねば……



「う、う、受け入れます。 も、もし指揮官が望まれるのであれば……」



 耳朶を打つ、そんな言葉。 いや、まて。 それは違う。 男児たる者、衝動に任せ女性を蹂躙するなど、言語道断。 未だしっかりと像を結ばぬ視界。 しかし、状況は徐々に判明する。 周囲は薄暗く…… 最小にした魔法灯火が照らす範囲も限られていて…… 目の前に、豊満とは言えぬがしっかりとした量感のある双丘。 なだらかに細くそして鍛え上げられた腰を抱きしめている自身の腕。 甘い香りが鼻孔を埋め、陶酔感が恐怖を霧散させる。


 安堵感と充足感、そして、それを喰らおうとする獣性。 劣情と冷徹の間を彷徨う心。 息を吸う度に、甘い女性の体臭が脳裏を痺れさせていくような……


 朋の魔道具のみを纏った女性だと、そう気が付いたのは、自身の葛藤が冷徹さに軍配を上げた直後。 身体の芯がスッと冷え、周囲の状況が見え始めた時。 柔らかな双丘に顔を埋めている私は、なんとかそこから身体を離し、二、三度大きく息をする。



「あ、あの、指揮官殿……?」



 言葉少な気に、彼女は問う。 私の対応のせいだと、気まずくもある。 いくら何でも、これは無いだろう。 一体何が起こったのか、自分でもわからない。 いや、判ろうとは思いたくない。 あの夢のせいで、大声でうなされる私に気が付いた彼女が、取る物も取り敢えず、私の部屋に遣って来たのだ。


 探索隊は少人数故、なにか具申があれば、即座に上申できるようにと、執務室兼自室の鍵は常に開いている。 さらに限られた空間である橋頭堡では、寝室と執務室は区別されているわけでは無い。 一室に全てを纏めているのだから、こうなるのだ。 



――― 何をどう取り繕っても、私の大失態だ。



「済まない……」


「い、いえ…… 良いのですが」


「無体を働かなかったか?」


「い、いえ…… 」


「そうか。 それは僥倖。 一つ、言い訳をさせて欲しい。 ……恐ろしい『夢』をだな ……見たのだ」


「『夢』…… ですか?」


「あぁ、とても恐ろしい夢。 自分の記憶にある知識が、自分に牙をむいた。 考察を深くすると、当事者の様に考えてしまい、そして、精神がそれに支配される。 言語化は難しいが、そんな…… 感じだ」


「自分でいて、自分じゃない…… ?」


「あぁ。 ……近い表現だ」


「……でも、指揮官殿は、負けなかった」


「そう在りたいと、願ったからな。 君で良かった、近くに居てくれたのが……」


「お、畏れ多い事です」



 消え入りそうな声で、そう口にする射手長。 余程慌てたのだろう、若い女性がする様な姿では無い。 認識が其処に向くと、此方も羞恥が浮かび上がるのだ。 な、何とかしなくては! クルクルと辺りを見渡し、少ないながらも持参している衣服が入っている葛籠(チェスト)が目についた。

 なにか、入っているだろうと、ゴソゴソと探すと何の変哲も無い綿のシャツがあった。 騎士爵家男児の正礼装の下に着用するシャツ。 まぁ、いいだろう。 このあられもない姿をさらす乙女には何か羽織る物が必要だ。 絶対に、必要だ。 私の為にも、必要なのだ。



「これを…… 着て自室へ帰りなさい。 私はもう大丈夫だから」


「は…… はい」



 自身の姿に羞恥を覚えたのか、顔が真っ赤に染まる射手長。 そそくさとシャツを受け取ると、何も言わずに羽織る。 必死に打ち合わせを閉じ、身体を隠す様な仕草。 敢えて、何も言わず、魔法灯火をさらに小さくして、退室を感謝と共に促す。



「済まなかった。 そして、ありがとう。 今後このような大失態を犯さぬ様、気を引き締めよう」


「心配…… 致しました」


「心遣い、痛み入る」


「いえ、さっきの事では無く…… 常に不安に思うのです。 指揮官殿は此処に居られても、いつもどこか遠くに居られる様に感じておりました。 あの絶叫は、きっと魂の叫び。 断末魔の様にも聞こえました。 嫌です……。 指揮官殿と離れるのは。 何処までも、何処までも付いて行きます。 地の底だろうと、煉獄であろうと、魔の森の最深部であろうと…… そこに指揮官が赴かれるのならば、私が背中を護ります」


「……心強い言葉、心に沁みる。 判った。 その気持ち、有難く受け取ろう。 だが、君の意思で、君の命を危険に晒す事は、此れを認めない。 たとえそれが、私の危機であってもだ。 そう成らぬ様に十分に気を付けよう。 これで、良いか?」


「も、勿体なく。 で、では、これで……」


「あぁ、有難う。 眠れるならば、眠ってくれ。 出来るならば、良き夢を」


「はい…… し、指揮官殿も!」


「可能な限り体力の回復に努めるよ。 おやすみ」


「はい、御前 失礼いたします」



 鍵が掛からぬ扉を抜け、射手長は私の私室を退出した。 それにしても冷や汗をかいた。 なんで、あんな状態に成ったのだ? どういう理屈で、あんな夢を見たのか? 判らない。


 いくら彼女が心を許しているとはいえ、乙女に何と言う事をしてしまったのかと頭を抱える。 私の事を『真摯に慕って、敬愛を捧げてくれる者』を蹂躙して良い筈は無い。 そう云う事は、心を通わせ十分に互いを知り、合意を以て…… っと、何を考えているのだ。 彼女は敬愛を捧げてくれているのだ、決して私に対し『恋情』を持っている訳では無いのだ。 勘違いするな、と自身を叱咤する。



 私を『一人の男』として、生涯の伴侶として、心より望む者など、居はしないのだ。



 ……しかし、何故あのような『夢』を見たのか。 此処まで追い込まれた『夢』。 未だ、浅い息は収束せず、心の中の騒めきは鎮まる様子を見せない。




    よくよく考えてみれば、微睡の中で考え込んでいたのは……




祝 1700万PV 本当に有難うございます。 感謝、多謝!!!

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― 新着の感想 ―
はよくっついてどうぞ(ピキピキ
彼シャツ出てきたwww
シャツが必要ということは パンイチだったのかな、射手ちゃん。
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