――― 悪夢1 ―――
なんでも、朋は彼女に助力を依頼して、採寸、立体裁断、縫製を特別に実施したと後で聞いた。
そして、彼女専用と指定された『魔道具』が葛籠の中に予備を含め別梱包で入っていたのは驚いた。 『外せない人材』と、朋も認識していたのだろうか? ただし、着用感に少々問題も有りそうだがな。
「着用に慣れてしまえば、皮膚の一部に成るとは思いますが、汗で張り付くのが少し。 射撃準備時に違和感が有ります」
「薄手のシャツを着れば、どうにかなるかと思うが?」
「それは着用条件に合致しません。 指定されているのは、素肌の上に直接と。 受動が故に、肌と接触していないと発動条件が整わないと、そう説明を受けました」
「要、改良だな。 アイツにも伝えて置く」
「有難く。 でも、性能はとても良いのです。 我儘と思っております…… で、あります!」
黙って頷く。 まだまだ、改良の余地ありと言う事だ。 アレの改良となると、この拠点では無理だ。 精緻に過ぎる『魔法術式』を弄るのは、此処に設置した設備では不可能だからな。 『砦』に帰還した時に、如何にかするしかない。 違和感と不快感は慣れるしかないか。 他の事柄に付いても、皆の会話に耳を傾ける。
「それにしても、あの管は何なのでしょうかね。 結構大きな構造物に見えましたが……」
「見た感じは…… そうだな…… 水道、若しくは 下水用の隧道? か。 敷設されている様にも感じる。 更に言えば、あの巨大構造物から辺縁にと埋設されている様に感じられますな」
「と云うと、輜重長」
「あぁ猟兵長。 王都の下水路を知って居るのだよ私は。 もっとも、あれ程の規模では無いがな。 それに地下に埋設してあるとはいえ、石組みで天井部分を支えているだけだ。 構造の土台が違うのだが、目的は同じだと思う」
「そういえば、崖のあちら側からは水が流れ落ちていたけれど、こちら側は出て無かったな」
「そう云う事だ。 水が滞りなく流れるように、若干の勾配が付いているのだろう。 我等の技術では、王都内から外壁外に出す距離の勾配を付けるだけで精いっぱいだ。 アレは…… 多分あの高い建物らしきモノの近くまで続いているぞ」
「輜重長、ならば、こちら側の先はどうなっているのだ?」
「……どこかの川に流すのが適当だな。 そうで無くては排水が完結しない」
「そうか。 なら…… 帝国軍の進軍路はどうだろう? アレの行き着く先が、帝国軍の進軍路の脇に有った川ならば、合点もいく」
「指揮官殿、ちょっと地図を見せて貰えませんか?」
皆の話は興味深い方向に進んで行く。 黙ったまま、色々と書き込んである地図を猟兵長へと手渡す。 それをじっと見つめる猟兵長。 なにやら思いついたのか、言葉を紡ぎ出す。
「指揮官殿が引かれた直線…… これが、あの下水隧道らしきモノで、直線をそのまま伸ばせば…… この辺りか。 初回の探索行で、帝国軍の進軍路を逆進した時の距離の…… おおよそ倍の距離に出る事になりますな。 どうでしょう、指揮官殿。 未知の文明が築いたであろう構造物を確認できるのであれば、あの凄惨な道をもう一度辿るのも有りかと」
「そうだな。 それも、視野に入れる。 帝国本領に続く道の状態も確認しておきたかった。 あちらの状況は、エスタリアンの娘からの言葉だけで、実際に見たモノはいないからな。 宰相府ならば、私の報告から裏取りくらいはしているだろうが、ソレに関しての説明なり状況などは、此方には来ないからな」
「まぁ、そんなモノでしょう。 ならば……」
「未知の文明の痕跡を辿るか。 報告にも重要事項として記載すべき事柄だな。 わかった。 作戦を立案する」
「宜しいかと」
探索目標が決まった。 あの場所へと続く道だとも思う。 帝国軍の侵攻路の側を流れていた川。 流量も多く、流れも速い。 下水の排水ともなれば、滞留は褒められたモノでは無いから、ある程度の大河に流すのは理にかなっている。 どの程度の文明かは判らないが、あれ程の多層構造物を建築できる程なのだから、下水処理もしているだろう事は当りが付く。 周辺環境を破壊しかねない事はしないだろう。 それに、こちら側からは、水は流れ出していない。 輜重長が言う通り、水が流れるように勾配が付いているのだろう。
食事と雑談は有意義な時を我等にもたらし、今後の探索行の『指針』を決める事が出来た。
解散を指示し、十分な休息をとる事を命じる。 風呂にも入る事を厳命した。 なにせ、あの魔道具…… 内側が蒸れて仕方が無いのだ。 交代で風呂に入った後、自室で報告書の作成と考察に移る。 宰相府への報告は、事実だけを述べるにとどめる。 私見を差し挟む事はしない。 何を考えるのかはあちらの自由だし、私の行動を直接縛る事は出来ないのだからな。
報告書を書き上げ、次回の補給時に往還する輜重部隊に託すようにと、専用の『鍵の掛かる文書箱』に保管した。 やれやれと大きく伸びをして、寝台に向かう。 身体を横たえると、疲れからか直ぐに睡魔に襲われ、眠りに落ちる直前にあの崖の端で考えていた事が浮かび上がって来た。
“ 中層域を何らかの理由で追われた魔物や魔獣が、浅層域で生きる為に手当たり次第に捕食行動に出る。 そいつらにとっての浅層域は生き辛い場所。 だが、何故? 何故、生き辛いのだ? ”
微睡の中、組み上がっては崩れる推論の数々。 中層の森を追われた原因が、食物連鎖の結果だとしたら、中層域には我等が思う以上に強靭且つ獰猛な魔物や魔獣が存在する事になる。 そして、それは明らかな縄張りを持っている事となる。
異常個体の個体数の増加や環境変動により、弱い個体は中層域からの逃亡を余儀なくされる。 これは、浅層域でもよく見られる事。 しかし、あくまでも森の中という条件であるのだ。 逃亡はしても、生息域から遠くには離れない。 余程の事が無い限り、各種魔物魔獣は、自身の縄張りの近くから離れようとはしないのだ。 よく考えてみれば、浅層域の魔物魔獣も森の端から邑の方に出てくることは稀だ。
魔嘯の条件としては、浅層の森で逃げ場が無くなった場合、及び、浅層の森で『餌』となる物が極端に減った状態が続く時。
中層域から『中層の森の生き物』が南下して来て、従来の『浅層域の生き物達』の縄張りが荒らされ、さらに浅層の魔物魔獣達の餌となるモノが中層の生き物によって飽食されたとする。 東西に逃げる浅層の森の魔物魔獣達はこの際考えない。 退路を断たれ、行き場を失った魔物魔獣の場合のみを考えてみる。
そう…… 奴等は、仕方なく『森の端』に出て来ると考えられるのだ。 ……では、何故、通常は出てこないのか?
―――― 微睡が睡魔となり意識が落ちる。
そして、私は夢を見る。 自分が浅層の森の魔物となり、必死で恐怖から逃れているという夢をだ。 不思議なモノで、そうなった時に、自身が本当に魔物となった様な気がした。
必死に強大で獰猛な獣から逃げている。
手足を動かし、流れる森の情景に絶望感を抱きながら、最後の希望とばかりに森の樹々が切れる方向に目を向ける。 それが何を意味するのか。 回復しない魔力。 体内あった内包魔力は減っている事を自覚できる程に減少して行く。
徐々に体を強靭にしてくれる『魔力』が減っていく。
走る速度は落ち、垂れさがる植物を払う手の力も失いつつある。
このまま森に居ても、いずれ捕食されてしまう。
ならば、一か八か…… まだ、喰い物がある場所へと意識は向かうのだ。
生きる為に抗い、生きる事を目的とした……
――― 狂気が私を支配していた。 ―――
結果、獣と化した私には、『森を出る選択』しか残されて居なかったのだ。




