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――― 手は打てるだけ ―――

 


橋頭堡(ポンティス)』に到着したのは、進発した日の夕暮れ時。 このごろ、エスタリアンの彼女は訪れない。 本格的に中層の森を探索すると決めた日から、此方に来ることは稀となっていたのだ。 準備に勤しむ我等を煩わせたくないとそう思っているのか、はたまた、試練を受ける者に接触する事を長老たちに禁じられたのか、その辺りは判らない。 努力の結果、『試練』を潜り抜ければ また会う事もあるだろう。 兎に角、中層の森でなにが起こっているのかを見極めねばならないのだ。


 橋頭堡の広間に於いて、私が率いる皆の前に立つ。



「明日から本格的に中層域の探索に向かう。 向かうにあたり、新型の魔道具を標準装備として配布する。 全員が着用する様に。 検証は終わっているが、問題点はあると思う。 製法書より着用方法を抜粋した冊子も共に配布する。 尚、この魔道具は中層域探索に於いてのみ使用する。 決して口外せぬ様、守秘義務を課する」


「「「「了解しました」」」」


「総勢で25名。 我等の全力となるのは、増強小隊と同じ人員となる。 個々の考課表は手元に有る。 とても優秀な兵を選抜して貰った事に、感謝したい。 それを踏まえた上で、君達の奮励努力を期待する」



 一斉に胸に拳を当てる辺境式の答礼。 そうなのだ。 この男達、女達は、辺境騎士爵家、遊撃部隊の最良の兵達なのだ。 根幹となるのは射撃班第一班。 猟兵からは第五小隊の曹以上の者達。 輜重隊からは、『剛力』と言う技巧(スキル)を持つ、五人分の荷を運べる輜重兵、さらに衛生兵小隊からは、神官の資格を持つ衛生兵が集められていた。

 増強小隊と云える編成は、長距離、中距離、近接戦闘を網羅する編成で在り、荷運びや医療体制も本来ならば中隊規模の部隊に中てられるような面々なのだ。

 副官が気張ってくれて、最良の兵達を選出してくれたという事だ。 嬉しく思うと同時に、気を引き締めた。 これらの兵達を、何としても無事に帰還させるのが私の仕事でも有るのだ。 勿論探索の成果を上げつつではあるが。


 その夜は、早めの就寝を心掛けた。 しかし、眠る事が出来なかった。 脳裏に浮かぶのは、探索行に準備した者やモノ。 それで、事足りるのか安全を保障できるのか皆の命を危険に晒さないのか…… 答えの出ない自問を繰り返す。


 思えば…… これ程、自分以外…… いや、自分自身を含め思い悩んだ事など無かった。 前世を思い返しても無いのだ。 希薄な人間関係は、ややもすると自身の存在すらも失いかねない。 誰とも会話しない日々が続くと、自身が操作する産業機械に語り掛けるように成り、機械が発する作動音が私に語り掛けてくるような気がしてくる。 狂っている…… そう思われても仕方ない。 それが所以で、他人からさらに距離を置かれる。 悪循環でしかない。 そんな私が…… この世界に生まれ直した結果、家族を、仲間を、そして赤の他人の事まで気にしているのだ。 贖罪となっているのだろうか? 


 星空に月が掛かり、夜行性の魔獣の咆哮を聴きつつ、寝台に横たわるのだが、様々な思いが巡り中々寝付けない。


 気が高ぶっているのかも知れないが、探索への期待の方が上回る。 まずは、あの構造物を目指す事には成る。 中層領域用に索敵魔道具の感度調整も終わっている。 索敵距離自体を少々伸ばし、感度が鈍くなるように設定している。 ギリギリの調整では有るが、魔法術式の稼働限界は超えていない。 今の射手、観測手ならば、今までの二割り増し程の距離を索敵できるようになっている筈だ。


 もう一つ、観測手に新たな魔道具を渡している。 今までは個人の『技巧(スキル)』を駆使して観測していたが、それでは各観測手の間でバラツキが出るのだ。 それでは困る。 何かないかと色々と探していたのだ。 騎士爵家の主な収入源としての『商い』を、母上は一手に引き受けているのだが、その関係上様々な商品が持ち込まれる。 騎士爵家が経営する商会の倉庫には、遠く別の辺境域の商品も存在するのだ。 環境が違う為に、そのままでは売れないが、何かの拍子に必要となる事もある。 そんな遠くの場所から仕入れたモノが保管されている倉庫は、ある意味宝の山である。

 特別倉庫への立ち入りの許可は、母上にかなり前に頂いている。 そして、見つけたのが南方の港湾都市から送られてきた商品見本だった。 南方領域は優良な港湾が幾つかある。 海路を取り、遠く他国への航路も有るのだ。 大海原を進む船には、自分の位置を知る為の装具が必要となる。 六分儀、遠眼鏡、方位磁針、精測用測距儀。 航海術の発達により、それらの人の手による道具が幾つもあった。

 目を付けたのが遠眼鏡。 かなりの拡大率を有している。 簡易的な距離の計測も出来るように、接眼透鏡(アイピース)に刻まれた距離計が付属していた。 焦点を合わせると、距離計も回りそれでおおよその距離が測れるという機構だった。


 成程、判りやすい。


 伸縮式で、縮めると腕よりも短くなる。 腰に付ける専用のケースもあり、持ち運びにも不便はない。 船上で使う為に相当に工夫されているのだ。 母上に断りを入れてから、遠眼鏡を一つ原価で分けて貰い、それを改造した。 『索敵魔道具』と同じだ。 前世で読んだ軍事雑誌の断片を思い出したからだ。

 接眼透鏡(アイピース)に距離だけが映るのは、少々物足りない。 そこで、方位磁針と角度計を組み合わせた。 方位磁針は、透過出来るように、硝子と魔晶石粉でケースを造り、その中を油で満たし中に方位磁石を入れる。 小さなものだが、魔石粉を使用した『方位磁針』を魔法術式で強化すると、ピタリと方位を指示す。 使う魔力は僅少なので、濃い空間魔力の中層域ならば蓄魔池(バッテリー)すら必要無いのだ。 角度計の方は同じケースに、軸を貫通させた浮体を入れ基準線を刻み込んだ。 それを小さな魔法灯火の魔法が照らし出すと、接眼透鏡(アイピース)の前に仕込んだ二枚の半鏡(ハーフミラー)に投影され、視界に方位と角度を表示する。


 方位、上下角、距離の三つが一度に見えるようにしたのだ。 ただし、接眼透鏡(アイピース)に接合する魔道具は拳大と嵩張るので、嵌め込み式とし使用する時にポーチから取り出すように設計した。 通常は遠眼鏡として。 そして、観測射撃をする時は、魔道具を付けてと言う事だ。 どこまで使えるか判らないが、そこそこは行けると思う。


 開発を完了した。 試作品は私が使う。 量産の為に母上に遠眼鏡を必要数注文した。 なかなかに高額では有ったが、母上は快く引き受けて下さり、さらに仕入れ値での販売をして下さった。 有難い事だと、素直に礼を言う。 兄上が苦笑と共に母上に告げられていた苦情を耳にし、私も苦笑した。



 “ 母上は、騎士爵家の戦揃えの為の費用まで弟に請求するのですか? ”


 “ あら、当たり前じゃない? 高価な物品を無料で渡す事は私の主義に反します。 それに、我が騎士爵家が必要なモノならば、無料とせねばならないの? 商道には特別は無いのですよ? おわかり? ”


 “ あぁ…… そうですね。 物品費用と輸送費ですので、『益』は乗せていない。 そこが、妥協点ですか ”


 “ わたくしも、騎士爵家の者。 そこで『利』は求めません。 必要な対価を支払う。 これは、その物に価値を与える事にも繋がるのです。 価値を知れば粗末には扱えないのです。 中央の方々とは違い、辺境の我等は物の価値を重要視するのです。 お金は、何もない所から『生えて』きませんからね ”


 “ ははは、成程。 肝に銘じておきましょう ”



 こうして、私は…… いや探索隊は『目』を手に入れた。 周辺の索敵をする為の『索敵魔道具』。 遠方の敵を視界に収める『遠眼鏡』。 この両方をもってすれば、なんとか現状に対抗できるかと思う。 



 まだ他にも用意したモノは有るが、一つ一つを思い出しながら、睡魔が忍び寄るのを待つ。



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