――― 温度差の行く先 ―――
顎先を摘まむ様な仕草をしつつ、思案に暮れる副官。 彼が考えを纏め乍ら話す際の癖だ。 問題は大きく、考えなくてはならない事が多岐に渡る。 私の副官としての、そして、爺に後を託された者として、彼は自身の職務に実に誠実だった。
「当面は、街道整備と即応体制の充実が急務かと勘案します。 幸いにして、その為の方策は我等が騎士爵家に於いて既に実行済み。 ならば、それを拡大する…… で、宜しいでしょうか」
「街道の整備、番小屋の設置、森の小道の整備、各種連絡方法の確立と、その集約。 一からの場所も多い。 邑々への通達も、屯所の整備も何も出来ていない。 ……各領の狩人、冒険者ギルドへの合力を頼む事から始めねばな」
「御意に。 下地作りとして、細々と打通している森の端に沿う道に魔導通信線の敷設を始めましょうか」
「点在する邑に通信機を設置、砦までの敷設か…… 出来れば、各領に砦の通信室と同じ規模のモノを設置して、脅威度の判定もそちらでして貰い、その上での討伐指令の発令としたいな」
「移動手段と、情報の透明性の確保 それと、責任の所在を明らかにする…… と、言ったところですな。 承知しました。 あちらから言い出した事、此方がやる気を見せれば、協力はしてくれるでしょうし、足元に迫った危機に対処するには、それしか方策は御座いませんしな。 まぁ、やるだけは、遣りましょう」
「頼む。 副官、頼まれて呉れるか?」
「お望みとあらば」
「ならば、君を専任とする」
「承知いたしました。 ただ、付帯する編成案について、一つ、お願いが」
「何だろうか?」
「指揮官殿の専属の護衛部隊を設置したく」
「私の専属? 持ち回りではいけないのか?」
「指揮官殿の大切な御役目が御座います。 違える事、遅滞する事が許されない御役目。 持ち回りでは、作戦の連続性に問題が生じます故、此処は専属として部隊設置を願います。 それ以外は、此方で再編いたします故」
「……ふむ、腹案が有るのか?」
「ええ、勿論。 今までも、作戦の連続性を鑑みまして、指揮官殿の護衛には輪番ではありましたが、特定の部隊を当てておりました」
「そうか、それで…… いつも似た顔触れだなとは思っていた。 それで、誰を考えているのか?」
「射手班、第一班、及び、第二班。 猟兵第五小隊と、その輜重隊。 衛生兵分隊、第一分隊。 これらを当てております。 中層の森の探索を担うには、これだけでは心許ない。 ですが、指揮官殿の御作りになられた魔道具や武器、装具があれば、可能かと。 これだけ全てを当てる訳には行きませんので、人員の選抜を行い近衛隊として再編します。 御許可を」
「……なるだけ、少なくしてほしい。 機動力が何よりも重要視されるのだ。 大所帯だと動き回る事が難しくなる」
「御意に。 中隊規模を考えておりましたが、増強小隊規模に抑えます」
「貴官に選定は頼む。 各兵の希望も訊いて欲しい。 中層の森は危険な場所である事は言わずもがな。 それに、御役目とは言え、命を的に熟すべき『討伐』任務とは別種。 生きて帰り情報を王国に齎す事が第一となるのだ。 拒否しても問題は無い。 兵の命の方が、『御役目』より重く感じているのだ。 御役目の危険度や重要度は、通常の任務とは段違いに厳しくなるのだ。 志願兵だけでも良いのだぞ」
「その辺りはご心配なく。 志願兵など募ろうものならば、遊撃部隊がそのまま指揮官殿に付いて行きますよ」
「なんだ…… それは……。 嬉しい事を言ってくれても、報奨は出ないぞ?」
「心情を吐露した迄。 一番先に志願するのは、私か…… あの娘でしょうがな、はっはっはっ!!」
一瞬の間を置き、副官が言葉と紡ぐ。 真剣な表情と真摯な眼差し。 重く事実を述べる彼の姿に、爺の事を思い出した。 彼もまた、騎士爵家が強者なのだ。 似ていて当然だと感じる。 言葉は重く、私の心に突き刺さる。
「前任の副官殿から、指揮官殿の事を託されました。 私の意思でもある。 貴方を亡くすことは、未来への光を亡くすも同義。 その事は、遊撃部隊全員の意思でも有るのです。 ご自身を大切にされませ。 我等に道を示して下され。 真摯なる願いに御座います」
深く頭を下げる副官。 感極まって、泣きそうになる。 そんな彼の肩をガッチリと抱き、頷く。 集まった者達も皆、同じ思いなのか、私達に近づき覆うように皆で肩を抱き合う。 辺境の倖薄い場所に於いて、人と人の想いの深さが、これ程力強いモノなのかと…… 歓喜に震える心の中で、冷静で冷徹な私が一人納得していた。
――― § ―――
――― 例の嘆願が通った。
増えた支配領域に対する対価は重く我等が騎士爵家に圧し掛かる。
王宮宰相府より、近隣の騎士爵家が望む支配地域の『割譲』が、認められたのだ。 曰く、経済的に困窮する騎士爵家の財政を鑑み、その重圧となる『魔の森』への備えを一つの騎士爵家へ統合する…… と。 歎願の通り、その策を献策した近隣騎士爵家の願い通り、願い出た騎士爵家の『魔の森』の支配権を全て『我等が騎士爵家』が、預かる事となったのだ。
王都の高貴なる者達は、その決定に何も言わない。 と言うよりも、北辺の騎士爵家がどれ程の支配領域を拝領したのかすら、判っていないと、そう兄上は仰っていた。 所詮は片田舎の貧乏貴族が集まって、家々の存続を目的として諸々の手段を講じた結果の出来事としか、認識されていないのだろうと、そう申されていた。 王都にまだ滞在中の父上からの書簡を読みながら溜息を落とされた御様子に心が痛む。
しかし、決せられたモノは受け入れるしかない。 陛下の藩屏たるを自認する貴族ならば、否応も無い。 よって、当初より計画し準備していた事柄が実働に入る。 願い出た近隣騎士爵家への合力は直ぐに成され、各家の対『魔の森』用の戦力は、コレを我等が騎士爵家に編入する事が決する。 また、上級女伯家に対し、広大な北辺浅層の森を支配地域に収める為に、浅層の森での魔物魔獣の討伐に依り得られる『魔石』の献上を、買取として頂く事に決した。
兵を養う為には、多くの金穀が必要なのだ。 騎士爵家一家で、それを賄う事は不可能なのだ。 よって、上納から買い取りへと変更して貰う。 あちらの取り分は小さくなるが、全てが崩壊するよりはましだと、そう判断された。 ちい兄様の存在も大きい。
勅命を受けた上級女伯家 当主の配として、お忙しい上級女伯に代わり、北辺の事実を開陳されたのだ。 自家の官僚団に対し、対魔物魔獣戦闘に於ける死傷率を示し、さらには、その後の兵の補充状況や訓練状況も具にお知らせしたらしい。 何よりも驚愕されたのが、兵達の給与と福利厚生費。
上級伯家や、伯爵家の領地で募集される領兵は、いわば税の代わり。 衣食住と装備装具だけが彼等の費用でも有るが、騎士爵家は領地を持たない貴族。 よって、税としての兵役は無いのだ。
つまり、兵を養うには途轍もない金穀が必要な事に、初めて気が付かれた…… と、言う事なのだ。 中央の貴族達は、そんな事も知らなかったのだ。 改めて、ちい兄様は『我等が騎士爵家』が負担する、対『北辺魔の森の浅層の森』全域の安全を護るための総兵員数の概算と、それを維持する為に掛かる金穀の総額を提示。 詰み上がる金額に、上級女伯家官僚団から表情が抜けたそうだ。
困ったら、助けてやるとばかりに馬鹿にしていた彼等にちい兄様は言い放つ。
「取り敢えず、一年はこちらで面倒を見なくてはなりますまいな。 あぁ、全額を我等が上級女伯家に於いて面倒を見なくては、北辺は『魔の森』に沈みましょう。 王国北側の国境は後退せざるを得なくなり、我等王国の寸土は縮小する事になる事は明白。 整備も何も出来ていない。 なにせ、我が上級女伯家の家宰を含む、王都へ帯同された方々が、北辺騎士爵家連の『嘆願』に対し上級女伯様の ” 顔を立てる為 ” とか抜かして、勝手に宰相府に受け入れを上奏したとか。 その責は、上級女伯家として取らねばなりませんからな」
王宮に呼び出された、家宰を含む官僚団は震えあがったらしい。 領地替えと領地の振興の為に、上級女伯家の台所事情は苦しいのだ。 そこに新たな出費となれば、財政自体が破綻の危機に直面する。 安易に税率を上げる事も出来ず、解決策を見出せない彼等に、上級女伯家の面子と矜持を持たせつつ、金策できる方法を口にしたのはちい兄様。
むかし…… こうなれば、もっと楽になるのにな…… と、雑談で交わした会話を覚えておられたのだ。
そう、魔石の上納を買い取りに変えて貰う方策を。




