――― 禁書の知識 ―――
結論付けられた開発目標、我々の生活空間における空間魔力量を維持する事。 それは、衣服を以て肌と衣服の間に薄い魔力層を作り出し、その空間魔力濃度を私達が生きている場所と同等に制限する事。 さらに、自身の内包魔力を介せず、受動的な制御が出来る事。 その三点を開発目標とした…… と、綴ってあった。
そうか。 わたしは、その点を理解していなかったのか。
単に外部の魔力を遮断してしまったら、身体が必要とする魔力の供給が行われず、臓器の基本必要魔力量が、体内保有魔力を喰い、保留魔力量が減少する一方となるのか。 今回の事故は、例えるなら、満たされた水桶の中に、からのグラスをいきなり沈めたようなモノ。
呼吸を通し、一気に流入した外部の濃密な魔力が内包魔力容量を満たすも行き脚の付いた重い荷が坂道を転がり落ちる様に勢いが付きすぎ、保留量を超えて溢れ出したにもかかわらず、更に濃い空間魔力により限界値まで圧縮された結果…… 魔力暴走に近い状況に落ち込んだと云う事か。
成程。
やっと、製造方法のページを目にする事が出来た。 主な材料としては、とても少ない。 僅少とも言える。 ただ、それが入手困難な材料と言う一点を除けば、これほど少ない材料で生成できる事に驚きを禁じ得ない。 その入手困難な材料と言うのは、特異点の魔蝮の脱皮した皮。
それも尻尾の先端から全体の約一割の部分を使用するとある。 いや、普通は無理だろ? ビットバイパー自体が危険種に指定されている魔獣な上に、特異点ともなれば個体数が著しく少ない。 さらに、その脱皮した抜け殻ともなれば…… 発見する事さえ稀だ。
しかし『砦』には、存在する。 たしかに、存在はしている。 それも『朋』の研究室に厳重に保管されている。
ヒュドラ討伐時、『身体変容』をする直前に、脱皮した抜け殻があった。 体長8ヤルドの巨大な抜け殻を、朋は一欠けらも残さずに回収していた事は知っている。 かなり輜重隊も苦労をして、砦に持って帰って来た事も又事実だ。
アレかぁ……
尾の先の部分を、魔法由来ではない高温で炙ると、液状化する。 その液状化した坩堝の中に同種の破片を投入し引き上げると、糸が引き出される。 コレも知っている。 魔力通信線を造る時の方法と同じだ。 引き抜く速度の指定はかなり遅い。 つまりは、太い糸を引き出す必要があると云う事だな。
熱を冷ましつつ、糸巻きに巻き取る。 その後、それを使い、布を織ると有る。 織り方の指定もあり、経糸緯糸の間隔も細かく指定されていた。 出来上がった布に魔法陣を刻み込むと有る。
出来るのか? 方法としては、染色を用いると?
使う染料は「魔力遮断塗料」で私が改良したモノだった。 その染料を弾く塗料を開発したと有る。 書き味が滑らかで聖水に溶け出す性質を持つ、特殊インクと言う事だった。 これも奴の開発した秘匿文書を書くインクの作成過程で出る副産物からの応用という。
まぁ、天才の考える事は、そう云う突飛な事でもあるな。 特殊インクを用い、パッシブ魔法術式を刻んで行くと有る。 術式は複雑なモノであり、相当に錬金術に造詣が深く無ければ理解する事も模倣する事も難しいだろう。 朋と一緒に錬金塔で色々と魔法術式を習得した私でも、読み解くのに苦労した。 いや、きっと、私でも理解できるように書いてくれたのだと思うが……
兎に角、変則的で常識を逸脱した魔法術式だったが、その意とする所は掴めた。 単純に云えば…… 外部の魔力量がどの様な濃さに成っても、内側に透過する魔力量は一定とする。 それだけだった。
書きつけた布を私の開発した『魔力遮断塗料』を薄めたモノに浸す。 そして、乾燥させ、もう一度浸す。 この工程を五度、繰り返す。 魔法術式を書きつけた以外の部分が、しっかりと魔力遮断塗料により染め上げられたのを確認してから、大量の聖水により『洗い』に掛ける。 特殊インクは聖水に溶け出すので、その部分が染め抜かれる事となる。
ふむ…… これは…… 前世で云う『ろうけつ染め』の技法か。 辺鄙な土地に建つ工場付設の昏い寮で、ごみ集積場から拾って来た『雑誌』に載っていた目にも鮮やかな図版は、記憶に残っている。 記事には、その詳細な行程が綴られていたな。
前世でも、その道に精通した職人たちの英知と努力の結晶たる、美しい染付を施した反物…… その作成方法に酷似しているのだ。 如何せん、この方法を使うとなると、柄がボケる事が多く緻密な魔法術式を描き出す方法としては不適格であると云わざるを得ない。 が、材料の特性を生かす為には染め抜かなくてはならないのだろう。
出来上がった反物を贅沢に使い裁断する。 術式は背中と腹に来るようにと、これも指定が成されていた。 裁断のパターンも独特で、それを切出すのには私が彼に渡した人工魔鉱製のナイフを用いる事まで指定されていた。 つまり…… 糸が強靭なのだと推察できた。 縫製は、同種の糸を使い縫製方法も細かく指定されていた。 親方に紹介してもらった、縫製職人も苦労した事であろうな。
出来上がったモノは…… 何というか…… 図版に示されてはいたが、コレを着用するのか? 下着のさらに下に着用せよとある。 下着の部分…… 厠に行くときに苦労しない様に、股の場所は大きく切り抜かれている。 上下の分割は無く、一枚モノの薄い衣服。 前世の記憶と照合すれば、全身タイツとも言える。 頭部は無いがな。
この糸の特性は、大きな弾性にある。 伸びるのだ。 股の大きく切り取られた部分から頭を通し着込むと有る。 両手と頭を抜いた後に、下方に伸ばしつつ着用し、両足を入れる。 股の部分は通常の下着でも良いが、出来れば『魔力遮断塗料』で染めたモノを使用せよとある。
手首と足首それに首元は肌に沿い、密着すると有る。 手の方はガントレット、足の方は装甲靴で固めるので、其方に遮断塗料を塗布する事。 頭は何時もの兜で良いとの事。
アレは、元から外部からの魔力を遮断しているから、追加の塗料塗布は必要ないとの事。 後は面体を付ければ、外部の空間魔力量がどの様な状態でも、内側は一定の魔力量に保たれると…… そう記載してあった。
アイツ…… 私の持つ前世の記憶と同等の情報を持っているのか?
アイツも…… 遣り直しを命じられた者なのか?
その考察と、現実に落とし込んだ術式の数々に舌を巻く。 製法書を一通り読み、魔道具の内容を頭に入れた後、葛籠を開ける。 成程、畳まれた薄地の服?が、かなりの量入っていた。 一番上のモノを取り出し、作業台の上に乗せる。 製法書の内容を思い出しつつ、魔法術式の紡がれている場所を見詰める。 成程、ある程度は、分散しても良いように重複して綴ってあるのか。
背中と肚にこの術式が来るように着込むのか…… 一度全裸にならなくてはならないとか、どういうつもりだったのか?効率的にその方が良いと判断したのであろうが、研究室で全裸になるのは気が引ける。 それに、魔道具は装着して試してみない事には、改善点など見つかる筈もない。
一着を手元に残し、葛籠の蓋を閉じ封印の呪印を施す。 製法書は、私の執務室に持って行く。 別々に保管した方が良さそうなのだ。 万が一外に漏れると、なにかと厄介な事になると思われる。
厄介事からは距離を置くのが吉なのだ。




