――― 努力と才の煌めき ―――
「兄上、全快しましたら、一度本邸に行きます。 忙しさのあまり、本邸に顔を出しておりませんでした。 甥達に顔を忘れられているやもしれませんね」
「それは無い。 が、父上が離して下さるかな」
「大層、甘やかされておられると?」
「アレは…… 騎士爵家の伝統だ。 既に息子たちの剣の手解きをすると、御自身も鍛練場で汗を流されておられるよ。 ご自身が受けられなかった騎士爵家の伝統を今更、持ち出してな」
「左様ですか。 父上の健康の為にもそれは善き事ですが…… 腰を痛められないと良いのですが」
「持病だしな。 まぁ、その前に色々と汗をかいてもらう事になる」
「我等が王国の未来の光、第一王子の立太子の祝賀の件ですか?」
「なんだ、知っていたのか」
「朋が教えてくれました。 朋も出席予定だとか」
「成程な。 弟も大変な御役目を戴いたモノだ。 苦労するだろうな」
「上級女伯の配なれば。 織り込み済みに御座いましょうね」
「確かにな」
鈍く笑う兄上。 やっと、御怒りも収めて下さった。しっかりと私を見つつ、言葉を紡ごうとして居られるが、『言葉は』口から零れ落ちることは無かった。ただ、ただ、ジッと私を見詰めておられた。その視線には、強い感情が乗っているのが理解できる。
『死ぬな』と言われた。
『少なくとも私より先に逝くな』とも云われた。 お役目を鑑みるに、絶対はない。 そして、私の口から明確な答えを引き出す事は、兄上には出来ない。 辺境の過酷な現状を知る者ならば、それは望み得る最高の未来。 ただ、伏し祈り、無事の帰還を待つしかない事柄。
熟知しておられる兄上は、もう言葉を重ねられる事は無い。 よって、視線に感情を乗せられ、私に自重を求められるのだ。
家族…… か。 その途轍もない深い愛情に身が竦む。 確かに…… 私は愛されているのだと、そう自覚できるのだ。 兄上の祈りを成就せんが為、私は私の為すべきを成します。 そして、時が満ちるまで、必ず家族の皆様方の元に帰還する事を諦めぬ様に努力し続けましょう。 ええ、ええ、お約束します。
―――― § ――――
数日の休息。 これまでの無茶が祟り、全快にはそれ程の時間が掛かった。 体内魔力経路がかなり傷んでいたと、護衛隊 衛生兵班長が私に伝えてくれた。 さもありなん。 あれ程の魔力擾乱は生まれてこの方、体験した事すら無かったのだからな。 寝台で寝ているばかりでは申し訳なくなり、その場で出来る書類仕事を優先的に処理していたおかげで、幾許かの自由時間を手に入れる事が出来た。 遊撃部隊の指揮権は副官に移譲し、今は指揮官権限も停止中なのだ。 個人的な時間が取れる隙間があると云う事に他ならない。
寝台から起き出せるように成ると、いそいそと自身の研究室に向かう。
『朋』が残してくれている、新たな魔道具を確認する為だ。 研究室の作業台の上に、葛籠が一つ。 中型の衣裳行李とも言える、移動時に衣服を入れる葛籠だった。 隣に『製法書』として一冊の製本された作業手順書の様なモノが置かれている。 葛籠を開ける前に、製法書に手を伸ばす。 どの様な効能や性能を発揮するのか、そして、注意点を知っておかなくては、事故が起こる。 魔道具の現物を見る前には必要な手順だ。 特に、新規に考案されたモノならば、その行程を端折る様な事は厳に戒めねばならない。
まして、天才たる『朋』が考案物。
その視点や、原理を理解しておかなくては実用上でどのような不具合が、無知により引き起こされるか、判ったモノでは無い。 中層域探索を目的とする私には、死地で魔道具の動作不良と言う危機的な状況に陥るのだ。 要らぬ危険は避けねばならない。
研究室の作業台に備え付けてある椅子に腰を下ろし、細い窓から差し込む日差しの中、朋の綴った製法書を読み込んで行く。 基本的な性能と、その効能。 前世で云うスペックシートと言う奴だ。 その後に続くは開発趣意と目的。 開発経緯と問題点。 さらには、解決策と製造方法と続く。 しかし、この製法書は通常の記載事項とは別に、特別考察部分が追加されていて、その部分がやたらと厳重な秘匿処理が施されていた。 そして、この部分を閲覧しない限り製造方法のページは開かぬ様な仕様となっている。
秘匿処理は、朋が作り上げた秘匿文書閲覧術式が組み込まれ、指定した人物以外の解除は難しい。 つまり、この製法書はわたし専用と言う事になる。 朋か私しか、魔法具を造る事が出来ない仕様書ということだ。 余程、他者には見せたくない情報が詰まっているのだろうな。 手を翳し、自身の魔力を注ぎ秘匿部分の解除を行う。
文章自体は朋らしく淡々と綴られていた。 ただ、内容が内容だけに、秘匿が必須となる事は理解出来た。 引用元が魔法学院の禁書と言う所が至る所にある。 そして、それが重要な部分でもあった。 古来より、王国では人族とは特別な存在であり、神が御手により作り給うた『生命』であると広く信じられている。 これを事実と捉え、教義の根幹に据えているのが王国教会であり、権威という面においては王族と同格と言われる。 その王国教会の教義に真っ向から異を唱えた内容であるからこそ、秘匿する必要があったのだ。
“ 神の創造物である『人』は、神を信仰せぬ『獣』とは、存在を異とする。 清浄なる世界に於いて世界を与えられたる者なり。“
王国教会の聖典 第一章第一節の言葉でもある。 此処に先人の研究者や『朋』は、異を唱えたのである。 この世界に生きとし生ける者はすべからく同質であるべきであり、生き物として何ら異なる部分は無いと。 空間魔力を体内に取り込み、そして魔力が身体に干渉した結果、臓器が魔力を利用して自己強化している説を支持している。 『魔力過多症』と『魔力欠乏症』は、その均衡が破れた時に発症するモノであり、生き物が暮らしている環境下における空間魔力濃度により生物の生存域が限定される と、記述されている。
生物の個体特性として、体内にどれだけの魔力が蓄積できるかは、個体、個体で違う。 特に大きな差異がある種族が人族であるとも、推察されていた。 獣、魔獣、魔物の差異は、その体内魔力の量と、外部に干渉できる力、すなわち魔法の行使が出来るか否かで分類されているが、人もそれに倣う事が出来るのだと。 獣は只人。 魔獣は騎士爵級から子爵級の内包魔力を持つ者。 魔物は伯爵級以上の内包魔力を持つ者と云えると、そう結論付けられている。
人と獣の違いは、言葉を操り、思考を持ち、経験則と考察を文字として記録し、次代の学究的精神的土台と成し、研鑽を積み騎士爵級の内包魔力を持つ者でもある程度…… ささやかなモノでは有るが『魔法術式』を編む事により、魔法を発動できる所にあると。
そこを踏まえれば、私が朋に託した中層域での自由行動を保証する魔道具の開発に『道を』見出す事が出来るとあった。
アイツ…… 知っていたのだな。
依頼直後に自信満々で請け負ったのは、既に様々な考察を重ねていた結果なのだろう。
対処方法もある程度は見えていたのか。
染色職人と服飾職人を要求して来たのは……
この知見を持っていたからなのか。




