――― 骨肉を分けし兄弟 ―――
「貴様の配下には、土魔法を使える部下が何人もいるな? 騎士爵家の配下としては、異例な程の人数だ。 他家の事も少なからず知ってはいる。 が、貴様の家の者達の多くが魔法を行使出来るのは何故だ? その割合など、伯爵家に匹敵するほどだ。 なにか、この北辺の地域に、特別な地域特性などがあるのか? 市井の者が魔法を使えるとなると、王国の根幹にかかわり、貴族制封建社会が崩壊する。 中央の者達が知らぬ間は良いが、これが知れれば中央の貴族共の強烈な反応を引き起こしかねない。 人の…… 躍進と言うか、身体変容がそこまで起こっているのか、それが知りたい」
朋の口調は真剣そのもの。 貴族社会が成り立つうえで、内包魔力の多寡は重要視されている。 そして、魔法の行使が可能な者は貴族に限られ、『持たざる者』たる庶民は首を垂れるしか無いのだ。 それが、王国の封建制を支えていると云っても過言ではない。
辺境に於いて『人』に革新が齎され、只人が魔法を行使出来るようになった…… とすれば、それはまさしく朋の言葉通り、中央の者達の激烈な反応を引き出してしまうだろう。 が、そうでは無いのだ。 理由が有るのだ。 我等が騎士爵家支配領域に於いて、多くの庶民が土魔法を行使できる理由があるのだ。
「あぁ、その事か。 確かに我が騎士爵には魔法を使える者が多く存在する。 別に地域特性があるという訳ではない。 理由が有るのだ。 隣領騎士爵家が立ち行かなくなった時に、我が騎士爵家が手を貸した。 と言うよりも、嘆願を受け我が騎士爵家が併呑したと云ってもいい。 その際、その近隣騎士爵家の者達は我が騎士爵家の連枝となり支えてくれる」
有難い事なのだ。 有力な力持つ人々が、散逸する事無く我らが故郷に留まってくれている。 そして、自身の家ではなしえなかった事を、我が騎士爵家に託してくれたのだ。 北辺の漢であれば、この意気に応じねばならない。
受け継いた支配領域も又、北辺の騎士爵家達の故郷なのだ。 そこには、民草が暮らしているのだ。 持たざる者として、必死に生きているのだ。 それを知らばこそ、我等は彼等を受け入れ、一丸となって困難に立ち向かう気概としたのだ。 紡ぐ言葉は声高では無いが、心の底からの真実の言葉だ。 朋は黙って聴いてくれる。 そう云う漢だ、我が朋は。
「……我が家の連枝は、我が家の係累ばかりでは無いのだ。 隣領の者達の一族もまた、我等が騎士爵家に内包される者と成り、この辺境の地を護る者達となった。 その際に、貴族籍を喪失した多くの貴族家の血を受け継ぐ者が、我が騎士爵家支配領域に『民草』として定住してくれた。 元々、農業を主体とする各家だったので、土魔法の使い手は多かったのもある。 貴族の血を引き魔法の行使も可能な彼等の末裔達が、民草に混じり軍事にも手を貸してくれているのだ。 世代を経れば、民草の間に紛れるだろう。 魔法を行使出来る者も減じるであろう。 が、彼等は我等が故郷の至宝なのだよ」
「成程、そう云う事か。 民草は基本的に体内魔力量が少なく、魔法の行使が出来ぬ者達なのに、この北部辺境の貴様の家内には魔法を行使する民草が多く存在していた事を疑問に感じていたのだ。 元は…… 貴族だったか」
「既に、その意識は薄いがな。 問題があるのか?」
腕を胸の前で組み強烈とも云える意思で、朋は断言する。 自身の研鑽と研究の果てに見出した事実を私に開陳してくれているのだ。 心して聴かねばならない。
「ある。 ……空間魔力量に対して、敏感に反応するのは貴族の血を受け継ぐ者達の方が多い。 体内保有魔力の多寡が関係している物だと推測される。 貴様の配下はそう云った意味では、『中層の森』の探索には向かない…… が、そう云った者達の方が、能力的に適している。 気を配ってやれ。 亡くさば、二度と手に入らぬ特別な貴様の『宝』だ」
「理解している。 見くびらないでほしい。 保有魔力量の多寡など、私にとってはどうでもよい事なのだし、人の可能性の方がどれ程『重要』な事かは、骨身にしみているのだよ。 王都の貴族達は内包魔力量を誇りにしているが、それで何を成していると云うのか。 少なくとも、この北部辺境域に関して言えば、王都の者達の助力を受けた覚えはない。 皆が必死で生きているのだ。 私は、そんな彼等の安寧を護りたい。 故に、彼等が傷つくような事をしたくはない」
「それを聞いて安心した。 『馬鹿』をやらかすのは貴様だけだと云う事なのだからな」
「馬鹿とはなんだ…… 少々、不注意だっただけだ」
「それだ…… いいか朋よ。 不注意が貴様を殺す。 諸事万端に気が付く貴様だが、時々大きく気が抜けるぞ。 気を付けろ。 貴様が傷つく事を、配下や街の民草も望んではいない。 そして、貴様の家族も…… だ。 ん、もうそろそろ…… やって来るぞ、特大の『愛情』を胸に抱いた、憤怒の御仁がな。 ……その想いを受け入れろよ、よいな。 ……では、暫く暇をする。 健勝にな」
朋が言う、特大の愛情とはなんだ? 言葉の意味が良く判らぬ私を後に、朋は別れの言葉を紡ぐ。 王都に向かって旅立つ時間だと云う。 私の意識が戻るのを待っていたかのようだった。 言いたい事を言いたいだけ言って、朋は王都への道を辿る事となった。 見送りは、寝台の中から許してもらう。 まだ、そこまで回復していないようだ。 護衛隊 衛生兵班長も私に休む様に促す。 遊撃部隊の指揮官が倒れているなど、有り得ない事柄なのだと諭す様に言葉を紡ぐ。
「まぁ、もう少し起きておいては…… 頂きますわ」
と、意味深な言葉を吐き、私の私室を出ていく。 残されたのは、私と射手班 第一班の班長たる彼女。 休養日を私の看護に使ってくれている。 茶を出してくれた。 安らぎを覚えるのは、此処の所色々と忙しくしていたからなのだろうか。 落ち着き、心安らかな時間を送る事が出来たのだ。 朋や護衛隊 衛生兵班長の言葉の意味がしっかりと理解できたのは、それから数刻後。
兄上が『砦』に来訪し、未だかつてない程の雷を落とされたからだった。
―――― § ――――
寝台に身体を起こし、射手第一班の班長の入れてくれた茶を含んでいると、本邸から兄上が見えられた。 その姿、伝説の魔鬼も斯くやと云う程。 怒髪天を突きかねない程の怒りに満ちておられたのだ。 私が『中層域の森』で人事不省と成った事で、遊撃部隊、射手班 第一班の面々に過大な心労と危険に晒した事を御怒りなのだと思っていた。 開口一番……
「お前は! お前は! 何故、自身に全てを負わすのかッ!!」
……だった。 ちょっとした実験と、思いつきから此度の事態を引き起こした事は反省に値する。 誠に申し訳なくも思う。 しかし、此処まで私自身の事をご心配になられるとは思ってもみなかった。 そうか、これが…… 朋が口にした事柄なのか。 でも、何故『朋』がそこまで知っているのか。 私よりも兄上や騎士爵家の支配領域の民を含め、皆の心が判っているのか? 少々、理不尽なモノを感じてしまう。
「何はともあれ、無事でよかった。 仕出かした事の大きさに、恐怖を感じたが、以前言葉にした通り、『約束』は守れよ」
「……努力します」
「『魔の森』の探索は、危険は付き物である事は理解している。 しかし、回避できる危険を冒す事は、使命を果たす上で害悪としかならぬ。 心せよ、お前を支える者達は、お前の安寧も願っている事を」
「有難く…… 心に刻みましょう」
「全く…… そうだ、お前にもう一つ錘を付けてやろう」
「はい?」
「妻が子を宿した。 順調に育っている。 ただ、内包魔力が増大傾向にある。 母上がお前を宿した時と同じようなのだ。 どうすればよい?」
「魔力過多症状が出ているのですね。 それならば、辛い時には小規模な魔法を連続して発動すればよいでしょう。 御義姉様はたしか今は無き隣領騎士爵家の係累の方でしたね。 ならば、その素養はあるかと」
「ふむ…… 確かに、男爵級の内包魔力を持ち、初級の水魔法と火魔法は使えると聞いた。 しかし、規模は小さいぞ?」
「それでよいのです。 調整が容易です。 大規模な魔法を使えば、男爵級の内包魔力ならば、容易に魔力枯渇状態に陥ります。 そうですね…… 水魔法を使用可能であれば【聖水召喚】が良いでしょう。 それ程魔力は消費しません。 清浄な水を魔法陣から細く出し、善き頃合いで止めるだけで、相当に楽になると思います」
「そうか。 判った。 そう伝える。 母上の時は、魔法に精通する者が近くに居らず、苦労したからな」
「要は均衡の問題なのですよ」
兄上にそう話した時に天啓が降りる。 そうなのだ。 均衡。 朋の作成した魔道具がどの様なモノかは、まだ見ていない。 が、あれ程に自信ありげな表情をしていたのだから、相当なモノだろう。 製法書も有ると云う。 なんなら、私が手を出しても良いと云う。 ならば、天才の所業を現実に合わせ調整するのもまた私の役目なのだろう。 朋は王都に向かっている、私がするしか無い。 さて、その魔道具はどんなものなのだろうか。
喜ばしい話に心が明るくなる。 重き使命の事ばかり考えていれば、心塞ぐ事にもなりかねない。 双子の甥達は元気にしているのだろうか。 歩ける様になったら、一度本邸に向かい、甥達との交流を持ちたく思う。 あぁ、父上が許可してくれるかな?
うっすらと話を聞く所、善き『お爺様』となり日々世話を焼いていると…… そう、母上が溢していたな。
幼い甥達を真綿で包む様に慈しみ大切にしているらしい。
やはり、孫は可愛いのだろう。
愛情深い父上の事だ、甘やかしすぎないか少々不安でもある。




