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――― 観察者 ―――




◆ 孤高の武人を、観察せしむ者の打算




 十六歳になる貴族の子弟が出席する『成人の儀』。




 いわゆる、一人前の貴族の一員と認められる時。 生家のある辺境でも、祝いの宴は行われる。 教会に於いて、成人貴族となった事を宣誓し、民の為、家門の為に尽力すると誓うのだ。 ここ王都では、少々趣が違う。 神に宣する代わりに、国王陛下へ藩屏たるを誓う。 と云っても、国王陛下が御臨席に成られる式典は、五年に一度。 王族の何方かが、陛下の名代として魔法学園を訪れ、行く先を決めた十六歳の紳士淑女の藩屏たる宣誓を受け取られる。


 本年は、第二王子殿下が王族として十六歳と成られる。 よって、式典も盛大な物と成る事が予想された。 二年前に第一王子殿下の成人に際し、国王陛下が魔法学園主催の式典に御臨席と成られたため、今年は王族のいずれかが名代が立てられる筈。


 そうは言っても、第二王子が出席される式典で在る事に違いはなく、魔法学園側も相当に気合を入れて準備をしていると感じられた。 


 其処で困ったのが、私のパートナーに関しての事。 当然の事の様に、式典後に盛大な夜会である謝恩会が行われる。 未来ある紳士淑女が恙なく社交界にデビューする為のモノであるから、親族もまた招待されている。 盛大な夜会には付き物である社交ダンスも企画されている。


 自身の婚約者とファーストダンスを華麗に舞う。


 淑女として、紳士として、社交界に第一歩を刻む重要な儀式でも有るのだ。 魔法学院の生徒は基本的に入学前に婚約者を決定している。 未来をともに歩く者と共に、社交界に自分の足跡を刻む重要なモノだとは理解している。


 が、私の婚約は破れたのだ。 子爵令嬢とは、もう随分と直接連絡は取っていない。 生家からも婚約の解消を証せられた証紙を送られている。 婚約の肝煎りである、筆頭『寄り親』である侯爵閣下の承認印もしっかりと捺印されている正式なモノ。


 つまり、大事な式典には、私一人で出席せねば成らず、ましてファーストダンスの相手など存在しなくなったと云う事。 あれからも子爵令嬢元婚約者の噂話は小耳にはさんでいる。 情報の収集は、貴族社会に生きるのならば必須の技能。 辺境の騎士爵の小倅(こせがれ)と云えども、貴族の内側に入っているのだから、其処は間違えぬ様に、きちんと情報の収集も怠らなかった。



 故に元婚約者が絡む『 噂話 』は、まさしく『 醜聞 』と、言い換える事が出来た。



 あの日、渡り廊下で大公令嬢の御話を伺った限り、元婚約者の行動を高位貴族令息達の試金石と成すとの判断が朝議に於いて決せられた。 つまりは、この五年間じっくりと彼等の言動、貴族社会に於ける影響は『観察』され続けていたのだと、承知している。


 わたしが元婚約者に対し、何かしらの動きを見せる事は、その『観察』の邪魔になると云う事で、婚約は早々に白紙に戻された経緯もある。 もし、私が高位の貴族の息子ならば、このような事態になった時点で、この祝典におけるパートナーと成るべき人は、王家や高位貴族の方々から気に掛けられ、それとなく用意されて然るべきモノ。 


 が、そこは王国の爵位でいえば最下層の騎士爵家。 それも三男の私にそのような配慮がなされる筈もない。 それに、王都に在しても出世の芽は無く、辺境に帰ると宣言したわたしに見合う貴族女性など存在する筈もなく、斡旋しようにも人材が居なかったのかもしれない。 特異点の中の特異点と云う事だ。



 ――― 故に、ただ周囲の喧噪を無感動に目に映すばかりだった。



 わたしにはどうする事も出来ず、元婚約者の元に連絡を取る事もせず、ただ、ただ、通常通りの日々を送っていた。 せめて、辺境に帰る前に、わたしに出来る事は全うしたいと、そう思ったからだった。 級友たちは、わたしの婚約の白紙化に気が付いたモノも居たが、ソレの意図が掴めず、わたしが婚約者を放置し続けていた経緯も考慮に入れて、非はわたしに在ると判断していたらしい。



 ――― さもありなん。 



 貴族子弟の知らぬところで決せられた決定で、わたしの行動は魔法学院内では非難に値するモノであり、その為 非常に困った状況に追い込まれているのは『自業自得』と判断されても然るべきモノ。 底流にある、高貴なる方々の意思は、『黙して耐えろ』でもあり、わたしはこの状況を受け入れざるを得ない。


 しかし、中には良く見える眼を持っている者もいる。 王都に居を構える高位貴族の中には、親族の声なき声を肌で感じる事が出来る、本物の貴族が存在する。 魑魅魍魎の跋扈する王宮に於いて、自身の立ち位置を盤石にするために、情報の収集を御座なりにせず、拾った断片を組み合わせ、深く思考を巡らし、状況に照らし合わせ、何が進行しているのかを想像出来、且つ、その状況の中で最善を模索する者が居た。




「お前、礼服は持っているのか?」


「一応は」


「どうせ、学院支給のモノだろ。 式典に着用するのは、少々障りがあるぞ?」


「無い袖は振れない」


「ん。 そうだな。 その思い切りの良さが、教諭陣の目に止まる一因でもあったんだったか。 まぁ、いい。 明日、顔を貸せ」


「なんだ、それは」


「いいな、『貸し』だぞ。 お前との繋がりを、多少なりとも望んでいる者が居ると心して置け」


「つまりは…… 何らかの懐柔工作と云う訳か?」


「そうとも云う。 小気味よいな、貴様は。 その場に相応しい装いを纏わねば成らぬ事も有るのだよ、王都の社交界と云う場所はな。 貴様とて、魔物が跋扈する森に徒手空拳で挑む様な事はしないだろう?」


「成程。 兵站は整えてやる。 後は好きに戦えと云う事か」


「王都にも、そんな家が有ると覚えて置けよ」


「ふむ。 では、有難く」



 そいつは、軍関係のモノならば、擦り寄りたいと望む男だった。 軍務卿である侯爵様の御令息だ。 たしか双子と聞いた覚えが有る。 片割れは、第二王子に侍っていると。 そう云えば、同じような顔をした令息が、第二王子の傍にいたな…… 元婚約者とその仲間達に篭絡された一人だったか……


 しかし、その令息は違ったらしい。 醸す空気感は軽いモノが有り、噂でも軽薄な漢だと云う事だったか。 認識を改める事とする。 あまり会話などは交わしていない間柄ではあった。 別に我が家門の寄り親の系譜に繋がる者と云う訳でも無い。 全く別系列の派閥に所属する家門の男でもある。



 ―――― 優柔不断で、優男。 



 なんでも問題なくこなすと評判の令息だった。 わたしとは違い、専門性の高い上級学園軍士官学校に進学予定で、その課程を終了する事が出来れば、たとえ嫡男ではなくとも、王宮に出仕できる条件は整う。


 いや、実戦指揮官として期待されていた筈だ。 軍の上層部の覚えも良かった筈。


 高位貴族家の身内ならば、親の影響力を使い、猟官も可能ではあるが、そいつは敢えて一番険しい道を歩むらしい。 己が力で、権力の階段を一歩一歩昇って行く気概が有ると云う事だ。


 普段の軽薄な言動とは裏腹の、極めて覚悟を求められる道を突き進むモノだと、密かに感嘆してた事は……




 ――― 心内に留めた。 






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将来将校を目指すならば在野の天才軍師とのパイプは必須事項 それに下品な娼婦に尻尾を振った双子の将来も当然伝えられているでしょう? いくら学園での醜聞は見逃されると言っても醜く歪んだ為人は見逃されません…
自分語りと研究テーマを語っている時以外は全く信用できんし語り部ですよ三男さん シビアな身分制度と ちゃんとそれに従事している人々もいるけどやっぱり政治闘争はあって、 おまけに元婚約者が三男さんの同類で…
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