――― 探索行への鍵 ―――
依頼した魔道具の開発には、かなり困難な開発であった事は間違いない。
今度の事を踏まえて、それは私にもわかった。 人は空間魔力無しでは、容易く魔力欠乏の症状を呈すると判った。 『魔力遮断塗料』を用い、空間魔力を遮断してしまえば、如何な濃密な空間魔力漂う環境においても、魔力欠乏の症状を引き起こしてしまう事柄により、人もまた魔力を糧に生きているのだという理解に及んだ。
そんな中で、面体を外した愚かな私。 濃密な空間魔力を肺臓に目一杯に吸い込んだため、露出している魔力経路に直に魔力が入り込み、体内保持魔力の容量以上の魔力が流れ込んだと云う事になる。
行き脚の付いた重い荷が坂道を転がり落ちる様に、空隙となっている私の体内の魔力保有量を超える魔力が流れ込んで来たとも言えるのだと理解した。 ほぼ、完全魔力欠乏に近い私に、注ぎ込まれる濃密な空間魔力。 そう云う事だったのか。 理解した。 しかし、朋の言う『難しい』とは、その事象の解明の事では無いと云う響きがあった。 躊躇いがちに口にする言葉で、私に理解させようとして来るのだ。
「貴様も身を以て体験した事で薄々と理解しているだろうが…… 人族も他の獣達と同じく、魔力を以って生きる糧にしていると云う事だ。 教会の言う『他の獣とは違う、神が造りたもうた特別な存在』などと言う事は断じてないのだ。 よって、生きていく為には基本的な空間魔力も必要となる。 教会の連中は、” 王都や王都近郊には空間魔力は存在しない ” と、宣う。 だから、濃い空間魔力の下でのみ生きる事が可能な魔物や魔獣とは違うのだと云っている…… 」
腕を組み、瞑目しつつ言葉を継ぐ朋。 思いの外、現状に苛立ちを感じているのだと、その仕草から理解出来た。
「だが、それも研究の末否定されている。 教会は認めんがな。 それが故に、その研究に関係した文献は全て禁書扱いとなる。 実家を頼って迄、閲覧許可を求めた文献の数々には基礎的な研究資料が残されていたよ。 教会からの反発を喰らう事は出来ないと、それには綴られていた。 秘匿すべき案件に成る。 開発した技術は辺境のこの地のみで運用する。 間違っても王都教会には知らせる事は出来ない事なのだ。 ……全く、こんな事に成るのなら、錬金塔で読み耽って頭に叩き込んでいた事だろう」
「こんな事? 私の愚かな行為か?」
「それも有るが、違うとも云える。 『禁書』の守護人として、書物と一緒に此方に来られた兄上から対価を求められた」
なにやら物憂げな朋の様子から、事は重大な事。 朋の、これ程の憂い顔は久しく見ていないから、特にそう思う。 推察するに、私の依頼が、朋を追い詰めたのやも知れぬ。 申し訳なく思う。
「対価…… か。 王都に戻ってこいと、言われたか?」
「当たらずと云えども、遠からずだな。 第一王子殿下が王太子に冊立され、今度立太子される。 と、同時に大公家の姫様と御婚姻と成るのだ。 祝賀の大舞踏会が催される運びとなり、私にも出席の打診が有るのだそうだ。 表向きはな。 その実、外せない会合が、私の元に届いている」
「会合…… か。 相手はどなただ?」
「宰相閣下だよ」
「それは、外せんな」
宰相府からの呼び出し。 宰相閣下から何かの命令なり、成果を引き出されると云う事か。 つまりは国王陛下の御意思。 第五席と言う高い地位にいる魔導士ならば、応えぬ訳には行かぬであろうな。 まぁ、祝賀行事に出席と言う形で、王都に召喚されたと云う事か。
第一王子殿下の立太子の義と御婚姻ならば、高位貴族家は挙って参加されるのも無理はない話。 その騒ぎを逆手にとっての召喚なのだろうと当りは付いた。 えっ? ちょっと待て。 第一王子殿下の立太子と御婚姻ならば、王太子妃となられる大公家は…… 動かれるな。 いや、間違い無いだろう。
「それ程の大規模な祝賀行事ならば、上級女伯様にも招待状が届いているのだろうか?」
「勿論だ。 なにせ、大公家の姫の『影』であった方。 その上、ご自身の婚姻式に大公夫妻が親代わりとして見えられて、今もその御威光は上級女伯家にとっては、霞むことは無い。 上級女伯の御身の重要度は、周囲から見ても跳ね上がって居られるのだよ。 大公家の御意向として、ブライドメイドとしての御役目を発令されるな。 ならば、上級女伯ご自身を含め、ご夫妻は王宮に留め置かれるだろう」
「そうか。 ……ちい兄様も、大変だな」
「そうだな。 騎士爵家の御当主も招待されて居る筈だぞ?」
「我が騎士爵家も? なんでまた。 最下層の爵位だぞ?」
「そりゃ、上級女伯様の『配』たる者の、ご両親だからな。 あちらも相当に評価しておられるのよ」
「大変な負担だな。 父上が倒れられなければよいが……」
「……そうだな。 王都では騎士爵家の立場は弱い。 よって、王城に入られる可能性も高いのだ。 上級女伯様の『配』のご両親として、王宮…… と言うよりも宰相府の采配と聞く。 まぁ、楽しめるモノでは無いがな。 悪いが、そんな事情により、暫く『砦』を離れる事になった。 貴様からの要請で作り上げたモノは、未完成なのだが『試作品』は作り上げる事が出来た。 先行量産品として、二十五セットを作ってある。 詳細は製法書と共に、貴様の研究室に保管してあるからそちらを見ておいてほしい。 もっとも、一名だけは、私自ら採寸し裁断し縫製した別注扱いの品だがな」
「成程…… 試作品を通して、改善点を貴様の帰還までに洗い出せと、そう云う事か」
「ご明察。 まぁ、貴様の事だから自分で弄るのも視野に有る。 使用した魔法術式は全て製法書に記載してある。 あぁ、内緒は無しだ。 それを踏まえて、有益な情報や変更点があらば、知らせろ」
「承知した。 ありがとう、朋よ」
「なんの、私は天才だからな。 それよりも、無茶をするな。 肝が冷える」
「確かにな」
改めて朋は私に厳しい視線を向ける。 じっくりと私を見詰めた後、朋はおもむろに言葉を発する。 疑問と言うよりも、私への警告とも感じる言葉だった。 危惧するのは何か。 彼の立場は、王宮魔導院第五位の魔導士。 ならば、魔法関係なのだろうか?
朋の口調は、疑問を解消する為の質問とも取れる言い回しだった。




