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―――  憧憬と敬愛と……  ―――


 自身も慌てているのは自覚している。 それでも尚、状況を好転させる為に、魔法学院で修得した魔力制御を強引に実行する。


 頭に血が上る。 倍程に頭部が膨らむような感覚が、強く私を掴む。 制御しきれない魔力が更なる暴走を増大させていく。 こ、このままでは、魔力暴発が起こり得るのだッ! 何とか、体内に取り込んでしまい暴れている魔力を排出しなくてはならない。


 こんな場合の緊急手段として、【魔力放出(マジックドレイン)】の魔法術式がある。


 ほぼ動かせない腕を無理矢理に動かし、なんとか指先で術式を空間に刻む。 発動までは、時間の問題。 術式内に魔力は確かに充填されている。 クルリと術式が回り、確かに魔法は発動した。


 ―― 確かに、魔法は発動したのだ


 が、魔力は放出放射されていない。 体表に厚い魔力の壁が出現したかの様な感覚に陥る。 そして、それが又、体躯の中に潜り込む様な、ムズムズした蟲の這う様な感覚に苛まれる。 何だ、コレは!! 脳裏に過る一つの仮説。 私の装具は、今『魔力遮断塗料』を塗り込んでいる。 内側に在る私の肉体は、魔力が溢れだしている状態。 つまり…… 


『蓄魔池』と同様の状態になっているのか? 魔力がその圧力により噴出してくるのは、当然『魔力遮断塗料』が塗り込まれていない場所となるのだ。 装具で魔力遮断塗料が塗り込まれていないのは…… 魔法を行使する関係上、塗れなかった装甲手袋(ガントレット)の掌革部分と、(メティア)やら面体のある頭部との接合部分……


 気が付けば、両手と首から凄まじい勢いで魔力が噴き上がっているのだ。 極彩色の噴き上がりが視界を奪い、何も見えなくなる。 外から観測しても、この光は見えないだろうが、私が強度の『魔力酔い』に晒されている事は、一目瞭然なのだろう。 彼女の声が上ずり、恐慌を来してさえいた。



「指揮官殿、聴こえますかッ! し、指揮官殿ぉ…… だ、ダメだ…… き、緊急事態を宣言!!」



 スゥと大きく息を吸い込む彼女。 彼女もまた、辺境騎士爵家 遊撃部隊 射手第一班の班長たる兵なのだ。 彼女は鍛え上げられた騎士爵家遊撃部隊の射手第一班の班長たる精強な兵で有り、状況に怯えるような小娘では無いのだ。 状況を把握した彼女は自身の為すべき事を実行に移す。 『信』の置ける、本当に有能な兵なのだ。 近距離用の念話を最大発振にして、射撃班 班員全員に通達を行っている。



 “ 現状通達!! 緊急事態を発令!! 指揮官殿は意識すら保持しておられない。 緊急事態回避条項により、私が指揮官権限を継承しますッ! 第一種緊急事態を宣言! 皆! 聞こえますか! ……指揮官殿の指揮続行が不可能と判断し、射手班班長が指揮権限を掌握。 同時に、現在位置を知らせる。 近くに居る者は、速やかに集合。 時間の掛かる者は、退路の確保、急げ!! ”



 彼女の声が、極彩色の景色の向こう側から聞こえる。 いつもより、何倍も鋭敏化した私の感覚は拡大し、見える筈も無い射手班の班員達全員の行動が『視える』のだ。 (メティア)に刻まれた様々な魔法術式が、次々と焼き切れていく中、その術式を複製した私の魔力が『焼き切れた魔法具の術式』の代わりに、次々と術式を起動しているのだ。 そして、叩き込まれている膨大な魔力。 幾重にも幾重にも重複していく魔法術式。 その共鳴と拡散は…… もはや自身では制御できない。


 全てがゆっくりと動いている。 私の頭が事態を処理できる速度が跳ね上がっているのだろうか、感覚時間が引き延ばされているのだ。 彼女は肩から下ろした銃の弾倉を抜き、ポーチから『特殊連絡弾』が収められた小箱から必要な信号弾を短い弾倉に押し込んでから『銃』に叩き込んだ。 準備を成した『銃』を手にした彼女は足を傍らの石に掛け、大きく銃口を持ち上げる。 真っ直ぐに天空に向けて、引き金を引く。 都合、四度。



 “赤色燐光弾 三。 白色燐光散弾 一。 発光、爆散…… 今。 信号弾の真下、指揮官殿と私が居る。 認識確認!”


 “第三分隊、赤三、白一爆裂を確認。 すまん、遠すぎる。 規定時間内に到達できない。 退路の確保に向かう”


 “こちら第四分隊。 同じく確認。 こっちも遠すぎる。 第三分隊、白色燐光弾を上げろ、今の位置が知りたい”


 “了解、撃て(テー)


 “此方第二分隊。 規定時間内に到着可能。 暫し待たれよ。 行くぞ!!”


 “第四分隊、第三分隊を確認。 こちらも、白色燐光弾を上げる。 用意撃て(テー) よし、こちらの方が橋頭堡(ポンティス)に近い。 第三分隊は此処と指揮官殿の間を繋げ”


 “第三分隊、第四分隊の位置を確認。 了解。 班長と第四分隊の間を繋ぐ退路を確保する。 行くぞ!!” 



 手順通りの緊急事態対処法。 十分な訓練を続け、緊急事態によく対処している。 深い満足を覚える。 しかし、私は予断を許さない。 今にも装具の内側で魔力が暴発しそうな事に変わりは無いのだ。 彼女は、その【広域念話】を聞きながらも、すぐさま銃を放り出すと、何がわたしの状況を悪化させているかを考え、最適解を引き出したのだ。



「指揮官殿、御無礼を!」



 そう云うが早いか、私の装具の内胸部装甲を引き剥がしにかかる。 両脇の留め具を引き千切る様に外し、胸を覆っていた胸部装甲が取られると同時に、【魔力放出(マジックドレイン)】により、排出されていた魔力が勢いよく噴き出す。 対処方法に確信を持った彼女は、腰部装甲も剥がして、事態の収束を試みる。 魔力汚染(・・・・)が酷いと見て、弾薬袋からスリング用の弾を持ち出し、弾頭部の弾帽を私に叩きつけて来るのが『視えた(・・・)』。


 アレも又、対人殺傷能力を削ぐために、生身の人に当たると自壊する魔法術式を組み込んである。 そして、内部の『魔法粉(マジックパウダー)』も同時に刻まれている【聖水召喚】を発動するのだ。 違いは、一気に発動するのでは無く、順次(・・)という点 つまり、いつもは密閉容器なり魔物魔獣の身体の中で爆発的に解放される【聖水召喚】が、階層的に順次発動する事に成るのだ。


 結論、私は聖水で包まれる事になる。 このような使い方は、『砦』での訓練の最中に射手達が自身で見つけ出した使用方法である。


 任務中に『毒』、『呪い』、『魔力汚染』に見舞われた場合に、『聖水』での清浄は一時的にしても良く効くのだ。 スリングを中距離武器として正式に装備の中に組み込んだ後、訓練場で『その効用』に目を付けた元狩人達が、自分達で体系立てて運用方法を確立して上申したのだ。 遊撃部隊ならではの…… 遊撃部隊の皆が誇るべき『自身の考えで考察し、実証し、証明した』、独自運用なのだ。 私も誇らしく思うと共に、まさか私に適用されるとは思いもせず…… 諧謔味(かいぎゃくみ)を感じた。


 脱がされた装具により、身体に感じていた蟲が這いずる様な感覚は無くなり、身体の表面にあった妙な感覚は全てが霧散した。 聖水による【清浄】が、魔力に汚染された部分を昇華したのだろう。 もう、魔力暴走による壊滅的な状況からは脱せられたと思われるのだ。


 つまり…… 助かった。


 射手第一班の班長の必死な表情。 微かに視界に映り込む。 何故に、そこまで必死になるのか。 その心情は、何の発露なのか。 遊撃部隊の中で、彼女を認めて重く用いている私に対する、憧憬なのか? 遊撃部隊の指揮官への敬愛なのか? それとも…… 


 そんな彼女に意識を向けたまま、安堵と生温かい聖水により包み込まれたような私は……


   彼女の顔を見続けつつ……


       意識を手放した。





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やれやれ。。。 ありますちゃんガンバー
フラグ? フラグですか? 後顧の憂いなく戦いにでるにはもってこいの妻 子供もポンポン産んでくれそうだし暖かな家庭を作れそう 唯一心配なのは 主人公の立場だと奥方もいずれは王宮や社交界の女社会で 違う…
ヒロイン力が弱過ぎるかなぁ 「使命」的にも次代に魔力持ちは不可欠だし一般人は妾にしか…
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