――― 閃光と暗冥 ―――
橋頭堡で考案した耐空間魔力装備の『効果』は、思ったほどでは無い。 と言うよりも、行軍速度と行動半径を著しく低下させているのだ。 『魔力酔い』の症状は出ないが、反対に『魔力欠乏』の症状が出た。 初回の探索行では、なんら問題も無くあの高台に到達できた私だったが、巡視ついでに周辺探索目的で歩き回って直面した問題であったのだ。
体内保有魔力を使い、魔法を行使すると体内保有魔力が減少する。
コレは判り切った事であり、森の外でも通常そうなる。 そして、幾つも幾つも魔法を行使すると当然な事で体内保有魔力が消費され一時的に枯渇する。 体内を巡る魔力が著しく減少し、肉体の生命維持にすら支障が出始める。 脱力感と筋力の低下、視力聴力の減衰、挙句には脈動すら緩慢になる。 『魔力枯渇』とも云われる症状だった。
特に体内魔力の大きい貴族、それも高位貴族ならば、十分に注意すべき症状でもある。 それに対して民草には、ほぼ問題が無い症状とも言える。 この症状が強く出るのは、体内保有魔力が大きい者に顕著に出現する症状なのだ。 持たざる者は、最初から持っていない為、症状が出る事も無いと云う事なのだ。
身体が魔力に依存しているか否かが焦点となる問題なのだ。 体内保有魔力の大きさにより、溢れ出す魔力を制御する事が必須な貴族に対し、民草はその様な事をしなくても何ら生活に支障は出ない。 まして、民草は【魔法】を直接行使するような事も出来ない。 魔法を起動し行使するだけの魔力を魔法術式に供給できないのだからな。
魔法学院での教育は『持つ者』が、より効率的に魔力を操る事を重視している為、其処での学びの機会は民草には開放されていないとも言える。 勿論、極少数の特異点とも言える人物は存在するが、極めて稀であり貴族学院に学ぶ資格を与えられる『伯爵級』以上の体内保有魔力を有する者は、どのような形でも貴族家の系譜に繋がる者であるのだ。
持たざる者には必要のない教育という側面が、入学資格である『伯爵級以上の内包魔力を持つ者』と言う『規則』を成立させている。 多くの体内保留魔力…… 内包魔力が大きい者は、反対に『技巧』を天から授かる事は無い。 内包魔力の多寡により、天より与えられる『恩寵』の差が、この問題を複雑にし階級、階層間の断絶を大きくしている点でもあると思う。 いや、今はそんな事はどうでもよい……
今の私の状況は『魔力過多症』とは真逆であるのだ。 今まで、魔力枯渇が起こらなかった私の身体が、急にその症状を呈した事が問題なのだ。
どの様な『生物学的代謝』かは未だ解明されていないが、消費された内包魔力は、眠る事によって回復する。 使った魔力に応じ眠る時間は長くは成るが、おおよそ一晩経てば、伯爵級内包魔力も回復する筈だったのだ。
『砦』周辺ならば、短時間の休息でも回復はする。 私の体内保有魔力は『伯爵級』と言う膨大とも言える大きさなのだが、歩き回る時間と共に減少の一途を辿り、小休止も大休止の時にも一向に回復する気配が無い。
コレは由々しき問題でもある。
特に大型の魔法や、連続的に魔法を使った覚えはない。 全て魔道具により賄っているからだ。 魔道具の運用は『蓄魔池から供給される魔力から行われている。 よって、私自身の魔力はそれ程多くは使っていないにもかかわらず、歩き回るだけで減少の一途を辿っていたのだ。
考察に値する。 何も魔法を行使しなくとも、一定の魔力は常に消費されていると云う事なのか。 それは、魔法学院の教育課程でも一度も言及された事は無かった。 特別な状況下以外では、起こり得ないと教授されていた筈なのだが? しかし、事実は教えと相反する。 つまり……
私の生命を維持する為の力の一部が『魔力』だと云うのか?
臓器が魔力に依存していると? 民草よりも頑強な身体で在る事は理解しているが、その原因がコレなのか? 装具に『魔力遮断塗料』を塗り付ける事により、外部の空間魔力から切り離され状況を作り出した事により、この症状が出ているのか? 判らない。
魔法学院で指摘されていた特別な状況下…… そう云えば…… 私の身近にその『特別な状況下』と言うモノが存在している事に気が付いた。
『朋』の御母堂が身罷った直接の原因が、この『魔力欠乏』と聞いた。
『朋』の体内保有魔力量が準伯爵級とは聞いた事がある。 つまり、『上級伯級』とお聞きした朋の御母堂の内包魔力とは著しく乖離した『朋』の基本体内魔力保有量…… 常に胎児だった『朋』へ、御母堂からの魔力が流れ続けた結果、御母堂の生命維持に必要な体内保有魔力が慢性的に足りなくなり…… 結果、多臓器不全により儚くなられたと聞く。
そして、現在……
体内保有魔力の恒常的不足により魔力欠乏が起こり、臓器が必要とする魔力が必要量を下回り、機能を停止して行くのだと…… そう推察された。 状況を俯瞰的に考察すれば、現状の魔力欠乏は、私の装具が外部の空間魔力を遮断している事に起因していると考えられる。 外部の濃密な空間魔力を魔力遮断塗料により遮断して、『魔力酔い』の症状を防ぐのが目的であったのだ。
一つ…… 実験的な事柄を思い付く。
小休止の際、自分の身体を使って実験も出来る。 だが、観察者は必要だ。 昏倒してしまえば、それまでなのだ。 今回の哨戒任務も二人一組での行動を厳守している。 万が一、予測し得ない事が発生しても、相棒により最悪は脱せられると考えられる。 私の状況を外部から観察して貰おう。 よし、やってみるか。 面体越しのくぐもった声で相棒に声をかける。
「あぁ、君。 小休止だ」
「はい。 周辺警戒に当たります」
「いや、少々考える事がある。 一つ、頼まれて呉れないか」
「御命じ下されば宜しいのですが?」
「任務とは別の『検証』となる。 君が願いを聞き入れてくれなければ実行できない。 個人的な頼み事なのだよ」
「はいっ! いや、でも…… 宜しいのですか?」
「今後の探索行を鑑みて、基礎的な検証とも言える。 どうか」
「御力になれるのでは、嬉しくあります」
「これから、この場でマスクを一時的に外す。 わたしの状態を見て、問題あればすぐに進言をして欲しい」
「はい、承知いたしました」
射手の彼女は、快く引き受けてくれた。 大木に身体を預け座っている私の前に周囲の警戒を怠る事無く、私に意識を向けてくれた。 兜を取り、マスクを外す。 濃密な空間魔力に焼かれるような感覚が頭部を襲う。
「指揮官殿、顔色が相当に悪いです。 大丈夫ですか?」
「問題無い。 一時的に魔力枯渇症状が出ているだけだ。 直ぐに治る」
なんの根拠もなく、その様な事を彼女に伝える。 そろそろと、息を深く吸う。 深呼吸を二、三度…… 目の前に極彩色の蝶が飛ぶ。 おかしい!? これは、魔力枯渇による視界異常では起こり得ない。 魔力枯渇ならば視界から色が抜ける事が普通なのだ。 それは、実証も検証もされている事実なのだ。 それが…… 視界に色が溢れかえり、極彩色の蝶や蟲が飛ぶ…… こ、これは……
『魔力過多症』の症状だっ! な、何が起こった。 たった数度の深呼吸で枯渇寸前の体内保有魔力が溢れる程に回復しただとッ!?
「し、指揮官殿!! どうされました!! 異常です! 今すぐマスクを!!」
慌て切った彼女の声が聞こえる。 視界が回り始める。 深刻な魔力過多症の症状だ。 その上、手足がしびれ動かす事もままならない。 多く吸い込んだ濃密な空間魔力が私の体の中に急激に流入し駆け巡っているのか?
保有すべき魔力が、魔力経絡を激しく押し広げながら、流入していると云う事なのか?
ま、魔力制御を!!




