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――― 探索への障害 ―――

 


 時を視る。 時勢を読む。 それは、貴族家に生まれたモノにとっては、生まれ乍らに持つ能力とも云える。 私は後天的にそれ(・・)を手に入れた。 前世では、それが手に入れられなかった為に、上手く立ち回れなかったのだ。 私だって、学習するのだ。



 そして、時が来たと判断したのだ。



橋頭堡(ポンティス)』に、巡視部隊の『拠点』としての機能を持たせた。 そこから『浅層の森』へと下る道を中心に巡視する為にだ。 『拠点』と成したのは、『魔の森』中層領域の探索の為の根拠地とする為。 今後の事を考えると、最良の場所とも云える。 よって決断した。



 基幹道とした幹線(トランクライン)は、魔道具【鳴子残響機(エコー)】の常時監視を実現し周辺の危険度の高い魔物、魔獣の出現を知らせてくれる。 即時対応とまでは行かないが、相当なる精度をもって、出現した魔物魔獣を捉える事が可能となり、道行の安全を保障するモノとなった。

 しかし【鳴子残響機(エコー)】にも限界が在る事は、皆にも徹底させている。 油断は容易に人の命を奪う。 コレは遊撃部隊の兵達にとっては常識であり、『森に入る』事が危険な事に変わりない事を肌感覚で理解しているからだし、その洗礼も受けて居る。 失わなくても良い戦友の命を、自分の不注意で失うなど、人として許される事では無いのだからな。


 森の端、幹線(トランクライン)の起点となる邑にも、遊撃部隊の屯所を一つ設けた。 邑の者達も、諸手を挙げて賛成してくれたのは嬉しい限り。 屯所にも巡察部隊の兵站拠点としての機能を持たせ、『橋頭堡(ポンティス)』との間に兵站線を引く事が可能となった。 後方の安全を護るためには、それがどうしても必要となったのだ。 浅層の森の中、南北に延びる兵站線を中心に東西に支線(スパー)を伸ばし、途中途中の『番小屋(ヒュッテ)』に【鳴子残響機(エコー)】を設置して行く。 


 徐々に『浅層の森』の全容が判明し始めた。


 何処に何が生息し、その生息域の環境がどのようなモノか。 小川が有り、丘があり、洞穴が有り、其処に住まう魔物、魔獣が居る。

 生息域に何らかの擾乱が起きれば、其処に住まう魔物魔獣の行動が活発化するのは、経験則から判ってはいたが、それがどの様な経緯を経て引き起こされるのかを理解する事が出来るようになった。 『魔の森』の神秘の解明にも役立ったことは間違いのない所。

 宰相閣下への報告もこれでかなり捗る事になる。 あちらとしては、もっと早く森の深層へと向かって欲しい所だろうが、環境の厳しさ故に出来る訳が無いのだ。


 『魔の森』を踏破してきた帝国軍は、濃密な空間魔力に対処する方策を準備していなかったのは判る。 輸送籠(トランポ)の中で息をひそめ、空間魔力の薄い川筋を辿っていたのだ。 初回の中層域探索によりその事は証せられたが、私達にその手は使えない。


 私達が探索するのは、帝国軍が歩んだ道とは比べようも無い程の空間魔力が溢れかえっている場所な上、休める様な『輸送籠(トランポ)』も無く、それを運んでくれるような巨大魔獣フォレストストライダーを使役する事もエスタリアンの協力が無い為、望めない。

 自身の足で一歩一歩、前に進むしか方策は無いのだ。 故に、慎重を期さねばならない。 そう、あの濃密な空間魔力をどうにかしないと、探索を続ける事は、出来はしないのだ。 朋に助力を乞うたのも、それが理由だ。 自信ありげな朋に、私の期待は嫌でも高まる。 近々に、朋は解決策を見出してくれると、そう信じていた。




 ―――― § ―――― § ―――




橋頭堡(ポンディス)』と『森の端』兵站屯所の間に開設した兵站線は、我等が故郷の生命線とも言えるようになった。 以前と比べて、格段に容易く橋頭堡に来られるようになった。 物資も潤沢に輸送できる事から、橋頭堡の備蓄もおおむね満足できるものと成っている。 拠点に於ける私の執務室も充実した。 

 拠点の内部を掘り下げ、広くした事が功を奏した。 執務室の壁面には、『中層の森』の判明している範囲の地図が掲げられている。 帝国の進行路と、遠く構造物を望むあの高台の間を走る、南北に森を貫くほんの一部では有るのだが、これが在ると無いのでは、状況判断に格段の違いも出てくるのだ。


 私の研究室の一部も、橋頭堡(ポンティス)に移す事にした。 研究は『砦』でしか行えない訳では無い。 何かしらの『思い付き』は、むしろ現場に近いこの場所で起草する事が多いのだ。 よって、その新たな知見を魔道具に落とし込んで、簡単な検証が出来るようにと整備した。


 指揮官先頭は辺境騎士爵家の矜持でもある。 私は哨戒部隊を率いて、橋頭堡に詰める場合もある。 自身を含め、遊撃部隊の指揮官級の曹長達と共に輪番でこの任務を務めていた。 その為、騎士爵家 支配領域の事柄に関する情報を入手する為には、通信には強く留意している。 何時、何処かで、魔物の出没が報告されるか判らないのだ。 兄上の御指示も、遊撃部隊に飛ぶかもしれない。 本当にゆっくりできるような暇は、今の私にはかなり貴重なのかも知れないと一人笑う。


 朋の研究は確実に私の『秘匿任務』を前に進めてくれる。 それは確かな事。 親方に頼み込み、工人ギルドから有職者を二人を回してもらい、朋の下に付けた。 織物職人と染色職人を求めた朋の目に叶う者ならばよいのだが…… しかし、朋からの知らせはまだ届かない。 色々と難渋しているのかと心配になる。 “ あの天才 ” が、これ程時間がかかる開発というのも、やはり難しいのだと改めて認識した。


  ―――――



 拠点から出撃する、定期哨戒任務。 指揮官先頭の伝統を重んじる騎士爵家ならばこそ、私は常に先頭に立たねばならない。 たとえ、それが周辺警備である定期哨戒任務であってもだ。 部隊の者達と共に、『魔の森』中層域と浅層域の間の哨戒を成していた。 


 私の悪い癖なのだが、時間が有れば思考の深淵を覗き込む。 それが、例え危険に満ちた『魔の森』での任務中であってもだ。 亡き爺にも、散々に注意されてはいたが、未だその悪癖を制する事は出来ずにいる。 今も、周囲の状況を確認しつつ、脳裏に浮かぶのは現在の自分の立ち位置と、任務を続行する為の方策。 考え込む事は無いが、集中力は些か落ちる事は否めない。 自身の考えを纏めるのは、こういった時間が最良と感じている自分も居るのだ。



 ―――  そして、思考は少々飛び回る事になる。 



 『砦』に於いて、朋に願ったのは、あの濃密な空間魔力下でも『魔力酔い』を起こさない為の装具だ。 私も一応は考えた。 が、決定打になる様な考えは浮かばなかった。 濃い空間魔力下での行動は、制約が多すぎるのだ。


 橋頭堡の研究施設で、現在の遊撃部隊の軽装具に魔力遮断塗料を塗りつけてみた。 これも、一応では在るが、耐高密度空間魔力の考え方だと思っている。 そう、魔力を遮断できれば、有効なのでは無いかと考察してみたのだ。


 取り敢えず検証にて、自身の装具に対策を施して、橋頭堡(ポンティス)から進出した。 哨戒任務とは反対方向、北へと道をとる。 哨戒任務は二人一組を基本とする。 何故かは判らないが、私が橋頭堡にこの身を置く時には、射手班 第一班がともに輪番に就く事が多い。 本当に多いのだ。 哨戒の輪番予定を組んでいる副官に『この事実』の理由を尋ねてみた所……



「休息、訓練、作戦の周期が合致するのです。 王宮魔導院の魔導士殿(あの方)も『指揮官殿の無茶を叶えてくれる隊は、射手班 第一班くらいしか無いよ』との助言も頂いております事ですし、その助言を踏まえた輪番となっております。 なにか、不都合でも?」


「いや、無い。 良く手入れの行き届いた兵装と装具を保ち、出現する脅威に対しても十全に対応している。 私の無茶とは……    なんだ?」


「中層域にも足を延ばされておられるご様子。 あの場所は兵にとっては死地とも云える場所ですよ、指揮官殿。 文句も言わず、『任務』と心得、身体の辛さにも負けぬ気概を持ち続けられる者達は、そうそう居りません。 その事も有り、ほぼ専属とさせて頂いております。 有能さに他の部隊に遅れが見受けられるほど、鍛え上げられております。 副官としては…… 指揮官殿の護衛には最適と判断している事も有ります。 その為、休息、訓練、作戦の周期も合わせているのです」


「無理を掛けているのだな。 済まない」


「……秘匿された『御役目』があると、我等は承知しております。 全ては……」


「「民と辺境の安寧の為」」



 声を揃え、『解答』を口にする。 そうなのだ。 それが最大の目的なのだ。 そして、それが故に森の深部への探索行は、どうしても為さねば成らぬ『任務』でもあるのだ。 只の任務とは訳が違う、この世界の安寧に向けた取り組みとも言える。 そして、今現在、それを成すべき事と直接視界に入れ『認識』しているのは、私とあの日あの場所に居た遊撃部隊の諸君等、そして王都の貴顕のお二人のみ。


 秘匿事項として扱われている事で、この先も表立っては公表されることは無く、深く静かに歴史の底流に流れる行動なのだ。


 勇者でも英雄でも無い私は、その事に納得はしている。 生き直し(・・・・)を命じられた『この世界』で、為すべき事を成す為の行動は、市井に頒布されている『物語』に語られるような『主人公』たるべき要素を  “ すべて削ぎ落した ”  ようなモノなのだ。

 故に、状況は飲み込むべきであり、一歩一歩の進捗のみが、私に与えられた『使命』であると云えるのだ。



 そんな事を思い出しながら、現実に戻って来た私は、射手第一班の皆に命じる。



「 マスクを装備せよ。 今より哨戒は、滝より北側。 『中層の森』に踏み込む事になる。 哨戒経路を確認の上、作戦を実行せよ 進発! 」 





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― 新着の感想 ―
部隊の皆も守るべき民なんだがなぁ 負担高すぎやん 危ういな〜
射手一班班長頑張れ
 いよいよ中層。これよりもっと激しい戦闘と難しい探索が迎える事となるのか。  まだまだ道半ば、とすら言えないか。  なんか射手娘ちゃんとの外堀が埋められつつあるような気がしないでもないが、実際能力的…
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