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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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幕間 11 『女の園』で蠢く思惑

 

 華やいだ空気が、其処彼処に漂う。


 豪奢であり、極めて品の良い調度で設えられた部屋。 静かな中にも、どこか浮き立った空気が混ざり込んでいる。 開いた窓からは、心地よい風が流れ込み、部屋の中の淀む空気を一掃している。 時折、大きくレースのカーテンが風をはらむ。 そして、撫でる様に部屋の中を一周して別の窓から外へと向かう。


 部屋を包み込むは、清浄な空気。


 『思考の妨げにならぬ様に』と、計算し尽くされた部屋は特別な設計が成されている。 常に未来を重く見詰め、現時点で最善を模索すべきモノ達が居を定める場所。 王家の係累のみが、住まう事を許される場所でもあり、そして、何人たりとも主人の許可を得ず足を踏み入れる事は、許されざる場所。


 王国後宮 王太子妃執務室。


 未来の王妃がその身を安らかにする為だけに存在する場所。 そして、他国からは「奸智」と呼ばれる、王国の女性達を束ねる為に知恵を絞り出す場所でも有る。


 公女は其処に居た。


 婚姻式はもう少し先では有るのだが、国王陛下や王妃殿下の願いから、婚姻前にその部屋を与えられた淑女。 歴代の王太子妃とは隔絶した才女。 現王妃殿下でさえ、既に何も言う事が無い。 礼法も知識も知恵も、何もかもが歴代の誰と比べても遜色の無い、そんな完成された女性が一人……


 王太子妃執務室のソファに座り、優雅に茶を楽しんでいた。


 そして、その面前のソファに腰を下ろすのは、既婚の貴婦人たる装いを纏った、うら若き淑女。 公女に勧められるがままに茶器に口を付けていた。



「それで、婚姻後は恙なく?」


「はい、殿下。 生涯を共にと願える方でした」


「そう。 それは何より。 わたくしの姉妹だからこそ、敢えて聴くわ。 次代の誕生は期待できるの?」


「既に…… 殿下のご懸念が、わたくしの身体の傷についてでしたら、御心配には及びません。 あの過酷な辺境の土地では、身体に傷を持つ者は男女を問わず散見されます。 また、その方々も身分の上下など無いとの事。 辺境の、辺境たる事実にわたくしは救われました」


「そう、重畳ね。 貴女に似た児ならば、美しく力強く。 そして、貴女の配に似たならば、雄々しく英邁となるでしょう」


「言祝ぎ、誠にありがとうございます」


「罪科無くして、辺境の上級女伯とされてしまった貴女には、本当に申し訳なく思っていたの。 せめて、生涯を共に出来る様な方を『配』にと…… そう願っていた。 その願いは天に通じた様ね」


「はい、殿下。 まさしく。 わたくしの『配』は、何時いかなる時も辺境女伯が配としての立場を守り、時に峻厳に、時に柔和に、わたくしが拝領いたしました御領を守って下さいます」


「貴女を含めて?」


「……はい」



 公女は、かつて姉妹として遇していた上級伯令嬢の心を推し量っていた。 自身の前では兎に角『我』を見せない彼女に不満を覚えた事は、数えるのも面倒なほどだった。 そんな彼女が、自身の蟠りや後ろめたさを敏感に感じ取り、望まぬ婚姻をさも幸せ(・・・・)であると、そう云っている可能性も考慮に入れる。


 頬を赤らめ膝に落とした手を見詰める上級女伯。


 その様子に、言葉に嘘は無い…… 若しくは、僅少であると判断を下す公女。 彼女の様子に胸を撫でおろした。 王太子殿下との婚姻式を前に、北部辺境たる上級女伯領から夫妻を呼び寄せたのは、自身のブライドメイドにかつての姉妹を指名する為でも有った。 既婚者がブライドメイドに指定される事は古来稀ではあるが、そのくらいの我儘は、公女を溺愛する王太子殿下は勿論の事、国王陛下や王妃殿下も許した。


 何より、彼女の英知による政策は既に実行の段階に進んでいる。 あの冷徹厳格な宰相も一目を置く人となっているのだ。 誰も、彼女の意思を曲げる事は無い。 





 ―――― 柔らかな風が二人の間を通り過ぎた。





 姿勢を正し、公女は上級女伯に問いかける。 鈴を転がす様な軽やかでまろやかな声音と正反対の内容が上級女伯の耳朶を打つ。



「それで、アレの事(・・・・)に関しての報告が滞っているようですね」



 上気していた上級女伯の顔から血の気が引く。 公女の下命に対し、なんら有益な情報が手に入らない事に、上級女伯自身も困惑していたからだ。 自身の配となった辺境『騎士爵家の漢』が、焦点の人物の『兄』と言う立場であったとしても、元来言葉少ない辺境の漢達の口から出る情報は少ない。 寝所での睦言(むつみごと)でも、対象の方の人柄を掴むまでには至っていない。


 何より、その人物の動向を知る者が、騎士爵家本家でも限られた者しか開示されていないという事実。 脅威たる『魔の森』へと侵入し、魔物魔獣の駆除に邁進しているとだけ伝えられている。 騎士爵家が内情は、如何な『寄り親』であっても『知る由』は無い。 騎士爵家が『当主夫人』の徹底した情報管理は、手練れの王都の諜報官でさえも韜晦する手腕を持つ。


 才女とは言われた上級女伯では有るが、まだまだ小娘に違いないのだ。 海に、山に、千年生きた古強者の騎士爵家が妻女には到底かなうはずも無し。



「いいのよ、気負わなくても。 でも、あまりに情報が少なすぎて…… アレが何をしているのかさえ分からないのは、少々問題ではあるの。 ただ、宰相府からは『この問題に関しては、王太子妃は関わるべからず』との通達も出ているわ。 出したのは宰相本人。 納得がいかないから、直接あの方に質したのよ、何故って」


「なんとお答えに?」


「まだ若い私には、『あまりに重き荷を背負わすのは、心苦しい。 いずれ…… ですかな』 ですって。 侮られたものね。 でも、あの方の表情は真剣だったの。 傍に付いていた、殿下の側から引き剥がされた元近衛参謀…… 現、宰相補のあの方もまた、一切の諧謔味を持たぬ表情で頷かれたわ」


「それは……」


「なにか始めている。 それが何かは判らない。 でも、王国にとって最重要な事と言う事は、あの表情を見れば理解できるわ。 王太子殿下も知らされていないみたい。 『王太子には荷が勝ちすぎる』と…… ほんとかしら?」


「妃殿下…… 調べます。 何が起こっているか。 この先どうすればよいか。 考察を含め今一度……」


「お願いするわ。 声の通らない、桟敷(・・)での観劇は性に合わないの。 聴くべきを『聴き』、見るべきを『見る』 そうしないと、正確な判断を下す事は出来ないわ」


「その為には、正確な情報が必須……」


「そうね、その通りよ。 王都に滞在する間に、貴女の配からアレの為人と野心の在処に着いて聞き出してちょうだい」


「御意に……」


「それにね、宰相補ったら、わたくしに云うのよ…… もう、『首輪の手立てはついている』って。 遠謀術策は宰相府のモノならば御手のもの。 更に言えば、あの宰相閣下が自ら育てていると公言してはばからない人物からの『言質』…… なにか、途轍もない事が進行しているのかも知れないわ。 それが、怖くも有り、闘志を掻き立てるのよ」


公女様(お嬢様)らしい御言葉です。 粉骨砕身の献身を捧げましょう。 宰相閣下を出し抜く…… 御積りなのですね」


「嫌だわ、そんな事を仰って。 爪は隠すものよ?」


「御意に」



 爽やかで清浄な筈の部屋の中央で、ゆらり、ゆらりと揺らめく鬼気が醸される。 自身の矜持を掛けた、王国内政の要たる王太子妃が故の言葉でも有った。 この国の屋台骨を背負うと決めた幼少の頃の決意は、未だ公女の胸の中には、赤々と燃え盛っていた。








業務連絡:


中の人の年度末進行に決着!

第二幕、近日再開の予定です!

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― 新着の感想 ―
うおーこいつらもブリーダー気取りかよ 好感反転してヘイト対象だゾ しんどいなぁ
才女と名高い公女様も女伯様も、まだまだ若いのォ
挫折を知らない公女さま なんか第2王子と重なるわ
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