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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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幕間 10 国王執務室

 

「陛下に於かれましては、ご機嫌麗しく……」


「なんだ、宰相。 どうかしたのか?」



 訝し気に国王陛下は宰相に尋ねる。 執務室に於いて、このような言葉使いをする宰相を、国王は若干の胸騒ぎと共に見詰めている。 ……考えを巡らすと、一つ心に浮かび上がる物。 最近は立太子に向け、第一王子が執務室に同席している事が思い当たる。



「二人が良いか?」


「出来もしない事を口にするもんじゃない」


「まぁ、そうか……」



 確かに、その通りだと思う国王。 既に立太子の予定は組まれ、後は式典に臨むばかりとなっている現在、国務の最高意思決定者としての研鑽を詰む為には、国王と同席し公務を実行する機会を逸する事は国の未来にも関わる。 反対に云えば離席する事は許されないのだ。



「王太子、失礼しても良いか」


「宰相。 いつも通りで。 此処には我等三人しかおりません。 私もまだ、立太子はしておりませんが、王国の屋台骨を担う覚悟はしておりますが故、この場における言葉遣いなどいう些事など、どうでもよいのです」


「それでは…… 陛下、『アレ』の話だ。 『目』からの報告が入った」


「ふむ。 それで、どうなった。 当初は時間が掛かると、そう云っていたな」


「驚くぞ、その進捗に。 アレは『浅層の森』を踏破。 開削も整備も恙なく押し広げている。 森を潰す事はしないが、危険を察知する事に掛けては、手間暇をかけて充足させているそうだ。 安全に配慮した、森の開拓と云ったとこか。 と言うよりも、森との共存を選んでいると云っても良い」


「人の住まう領域の拡大…… では無く?」


「森を、森のままとし、森との共存を選んで行くそうだ。 北部辺境域の事情は知っているな」


「あぁ、他の地域とは比べられぬ程、浅層域の森は浅い。 直ぐに中層域に達すると耳にする」


「その上、浅層域とは思えぬ強力な魔物魔獣が跋扈している。 過酷な土地柄であるのだ。 そんな場所で、安全とは言い難いが一定の安定を見出すに至ると、そう報告に有った」


「アレが…… 騎士爵家のアレの手足(遊撃部隊)が担っていると云うのだな」


「『目』が言うには、その通りだ。 中層域探索に必要な足掛かりを浅層域最深部に作り上げたともある。 驚異的な速度だと言わざるを得ない」


「成程…… やりおるな」



 国王陛下は存外に機嫌よく、顎髭を撫でながら朗らかに笑う。 宰相から最初に聞いた時には、驚愕を禁じ得なかった。 が、森の探索を開始する理由を聞けば、それも納得の事。 森の最深部、深層の森に且つて(つい)えた古代の国の末裔(エスタリアン)が、息をひそめて暮らしているなどと言う、そんな御伽噺の様な事が事実として開陳されたのだ。 その一端として、北の帝国が魔の森を縦走し、王国の背後に迫っていたとなると、もはや疑う事すら許されない。


 戦役が終結し、北の帝国の南側半分が『魔の森に沈んだ』現在、帝国が何をしたかの様々な証が国王の執務室に持ち込まれる。 真相を知らなければ、単なる報告としてしか処理できぬようなモノ。 魔の森を越えて侵攻したなどとは誰も思わない。 それが真実であったとしても、誰も証明する者が居ない。 国として成り立たなくなった北の帝国は、今や三流国以下という有様。 そこからの情報など、どれ程の価値があるというのか。 だが、王国は精力的に瓦解した帝国の情報すら収集に努めている。


 北部の小国の多くが団結し、連合を組む現在、情報収集は焦眉の急。 手を抜かず、小さな事柄も見落とさない、細心の注意を必要とする。 が、しかし、そんな中で潰えてしまった帝国の情報は、その価値が著しく低い。 ほぼ、未開の国となってしまった、強大な帝国の残滓は、今や生きていく事すらやっとの場所となり果てている。 が、そんな場所でも、其処から流れ出る文物は、王国にとって重要且つ収集に値するのだ。 


――― 古エスタリアンの存在を知るが故に


 それらの『些末』とも言える情報は重大な意味を持ってくるのだ。 王国とは反対側に立地する帝国の、森に対する政策は、正に殲滅と言うモノだった。 だったが故に、あちら側の浅層の森に関して言えば、相当に開かれていたと云える。


 人の生存領域の拡大に力を入れていたと、そう思われる。 そして、其処にあった『物』や『生物』の情報は、王国側には無いモノも多い。 しかし、乱開発の故か森の逆襲に晒されたとも云える、些細な情報も報告から読み取れた。 浅層域から中層に至る道に関しても、流出した軍関係の極秘文書から幾つか見出す事も出来た。


 王国の至高の階の上に君臨する者は、深層の森の情報を渇望していたのだった。


 国王と宰相の会話を静かに聴いていた第一王子殿下は、話の端々に出て来る人物に心当たりがあった。 あったが、何故にその様な身分の軽いモノの事を気にするのかまでは理解に及んでいない。 疑義有れば、直ぐに(ただ)す、素直で実直な上に、頑迷固陋(がんめいころう)な心など一片(ひとかけら)も持たぬ第一王子殿下は、宰相に尋ねる。



「宰相…… アレとは? それと、『目』とは? 私の…… 考えが間違いなくば、北部辺境域 騎士爵家が三男と、魔導卿家が次男と推察するが、間違いは無いのだろうか?」


「そうですな、まぁ、あまり表には出せぬので、『アレ』と呼称しておりますが、その認識は間違い御座いません。 アレに関しては、宰相として命令を下しておりますし、監視としてヤツを配していると、御考えになっても宜しいかと」


「そうか、邪魔をした」


「いえいえ…… さて、少々困った事になった」



 宰相が国王に対し居住まいを正しながら口を開く。 国王は宰相に対し疑問の視線を向ける。 



「上級女伯家を通じ、北部辺境域に居る騎士爵家の者達からの連名での嘆願が届けられた」


「なんだ」


「『浅層の森』が薄き地(・・・)の騎士爵家の者達。 過酷な状況で立ち行かぬと申している。 そこで、隣接するアレの騎士爵家に、自身の支配領域である『浅層の森』を分譲したいとの事。 歎願してきた騎士爵家の者達は、アレの実家の隣接する騎士爵家とそれに近い者達。 中層域も近いアレ等の支配領域は、常に魔物魔獣の脅威に怯えているとの事だ。 その中で、アレの騎士爵家は反対に森の奥に支配領域を伸ばしていると云う。 ならば、その力を以て安寧に勤めて貰いたいと…… な」


「どのくらいの地域に成るのだ」


「嘆願を全て『諾』とすれば…… そうだな、北部辺境域『浅層の森』が薄き地を網羅する事となる。 面積で云えば、軽く上級女伯領に匹敵する事になる」


「……騎士爵家が治めるには、広いな」


「今でさえ、相当な広さをその支配領域に収めているのだ。 何年も前の話だが、立ちいかなくなった両隣の騎士爵家を併合したのは記憶しているな」


「知っている。 あまり、重要な事柄では無いし、併合された騎士爵家もアレの実家の連枝扱いとなるので許した覚えがある」


「それの限定拡大解釈と思っても良い。 良いのだが…… なにせ対象が広大すぎるのだ」


「成程な。 王太子よ、どう考える」



 いきなり話を振られた王太子は、それでも尚考えを巡らす。 これも又試練なのだと、そう自分に言い聞かせながら、善き考えを模索する。



「……いっその事、独立領としアレを当主として据える事は可能でしょうか? 騎士爵家は領地を持たぬ貴族ではあります。 支配領域と言う曖昧なモノで誤魔化しておりましたが、これも森の開拓により、領地の大きさが変動する為の処置と、そう法典の付則書に有った覚えがあります。 最初から、開拓の意思がなく、その大きさに増減が無くば、国境の事を度外視し『その地』を領地と成せば宜しいかと」


「男爵の領地基準を大きく逸脱している。 面積は上級伯家が治める面積に等しい」


「ならば、それ以上の爵位で」


「表立った功績無くして、綬爵する事は出来ない。 まして、騎士爵家の三男という無冠のモノに、高位の爵位を与える事は、貴族序列を破壊する事に他ならない」


「ならば陛下、特位としての爵位では如何でしょう。 辺境伯位は、我が国に併呑した元他国の王族が家系。 その辺りの爵位ならば有効かと」


「王族ならばな。 アレにそれを適用するのは難しい。 と言うよりも、無理だ。 ……宰相、どうすべきか」



 ニヤリと宰相は嗤う。 



「既に、アレに森を与えようと宸襟に在るご様子。 ならば、遣り様も御座います。 諸々の雑事は引き受けましょう。 では、その対価に一つ」


「なんだ、宰相。 悪い顔をしているぞ?」


「お前もな。 まぁ、人を一人くれ。 鍛え上げたい」


「…………ふむ。 どうか、王太子」


「…………やむを得ません」


「決まったな。 次期宰相として、今後鍛え上げる事にする。 さて、軍務卿にはどう伝えるか。 継嗣を取り上げるのだからな、相応に礼を尽くさねばならん」



 黒い嗤いを頬に乗せ、宰相は機嫌よく笑う。 その明晰な頭脳の中に、幾多の絵図面が浮かび、消える。 密命を与えた騎士爵家が三男。 目としての役割を与えた魔導卿家次男。 自身の後継たるを望んだ軍務卿家が継嗣。 


 森の深淵に向かうが為の……



 世界の真相を得るが為の……



 民と王侯貴族と国…… そして 世界の安寧を手に入れる為の……





 ――― 手駒(ピース)は揃ったと、宰相はほくそ笑んだ。







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― 新着の感想 ―
ちょっと鳥肌が立った。全てのピースが揃った。あとはエロじゃなく嫁だな。
まーた傲慢の罠にハマりよる 大丈夫か王家 ヤングケアラー問題と同じ沼に突貫してんのに気づけや 何様だ
てっとりばやいのは、三男のところに王女の降嫁もしくは末端の王族女性との婚姻だろうね。 それに伴い領地を与える流れ。 肩書きは辺境伯あたり。 そうなると、遊撃部隊の彼女の淡い想いが破れるから難しいところ…
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