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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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幕間 09 刻み始める 魔導卿家の刻 ②



 魔導卿家の次男は、貴族家の男児として、いささか『貴族の常識』から外れた行動をする者では有った。 生い立ちにより、魔導卿家では扱いに苦慮する存在では有った。 が、彼の良く学ぶその姿勢と深い洞察力は、魔導卿家の男児としては『体内魔力が異例なほど少ない事』をも糊塗するに至る。 魔導卿家に於いて彼に付けられた家庭教師達が絶賛するも、彼はそれは、さも当然あるかのように振舞った。


 ” なにせ、私は天才なのだからな ”


 そう(うそぶ)く彼を(たしな)めることが出来る者は、兄である継嗣と、父である魔導卿しかいない。 いないが、心の中に『(わだかま)りの在る』彼等は、次男に対し家族の強い愛情を示す事は少なかった。 辛うじて…… 辛うじて、兄である継嗣は幾許かの交流を持ってはいたのだが……


 ――― 御次男は自身の身の置き所に苦慮していたのではないか


 と、執事長は推察している。 家政婦長もまた、それを危惧していた。 事実、魔法学院在籍時、高位貴族家の次男としては、多くの高位貴族家の子弟達とは深く交流を持たず、研究に明け暮れていた。 唯一『朋』と呼んだ者が、体内魔力量が多いだけの ” 身分の低い『辺境騎士爵家が三男』 ” だけだったのだ。 


 魔法学園からの席次報告(通信簿)などから、彼の魔法学園での生活は逐一魔導卿家に報告されていた。 元より魔導卿自身は、強い興味を次男には示していない。 問題を起こす事が無くば、何をしても関心は薄いのだ。 執事長は次男の交友関係の狭さを危惧し、指導教官への『依頼』として社交性を身に着ける機会を持つ事を求めても居た。


 その結果、生まれた『友誼』が身分の低い『辺境騎士爵家が三男』だった。 そして、その縁により魔導卿家の『光』は遠く北部辺境にその身を置く事を望んだのだ。 執事長は自身の行った『要請』が、彼を魔導卿家から出してしまう事に繋がった事に、忸怩たる思いを抱え込んでも居た。 そう、強き心を持つ、主家の御次男の事を見誤っていたと云っても過言では無かったのだ。



  ――――



 自身の信念を貫き通す為に、御国からの要請を断った御次男。


 それが故に、主家に『禍』を呼び込まぬ様にと『貴族籍』を捨て出奔された御次男。 その大胆な行動に魔導卿は自失呆然とし、御継嗣は其処迄追い詰めた自身を責めた。


 更に『この話』が広がると同時に、魔法学院入学時、彼と婚約していた伯爵家から魔導卿家に『婚約の白紙化』を通達された。 家から出奔し、貴族籍を抜け『謀反人(・・・)』と見なされる彼との婚約は伯爵家にとって受け入れる事など出来なかったのだろう。 更に……


 ――― 御継嗣の婚約も同時に破れている。


 身内に『謀反人』を輩出した『家』には嫁がせる訳には行かないと、継嗣の婚約者の父からの言葉と『婚約白紙 趣意書』だった。 軍務系統の伯爵家だったから、仕方ないのかも知れない。 御継嗣様は苦く笑いつつも受け入れられた。 また一つ、魔導卿家に『灯』が失われたと執事長は胸を痛めていた。


 御兄弟の婚約者様方は、御兄弟を見限り戦役中にもかかわらず、早々に次なる婚約を結ばれたと、使用人の伝手で話が伝わっていた。 ” 所詮は、そんなものだ ” と、執事長は思い、家政婦長と共に肩を落とす。 たった一つの醜聞は、家だけではなく、家門の衰退すらもたらす事を嫌と言う程に見せ付けられた。


 それに比し、御次男に付けられていた従者達は、御次男の『信条』に共感を覚え行動を共にした。 紛う事無き『貴族社会の異端者達』だった。 執事長もこれには参った。 魔導卿家の連枝の彼等が、御次男と行動を共にし、「謀反人」の(そし)りを受ける事を『是』として、御次男に付き従ったのだ。


 一族の貴族的な地位はこれにより徹底的に(おとし)められたと云う事に他ならない。 出奔した日から、彼等の足取りは掴めなくなった。 執事長は、その事実を知った時、小さく呟くにとどめる事で、心の中の穏やかざるモノを抑え込んでいた。



 『傍付達の…… お前達の気持ちは判る。 気持ちは…… 』



 だが、現実を見つめ続ける執事長にとって、最悪としか言いようが無い事態は連鎖してしまったのだ。 魔導卿家の『灯』は消えたまま…… 漆黒の深淵に飲み込まれたかのように…… 沈黙を以て、時が来るのを待たざるを得なかった。 まだ、戦役の先行きが見えぬ中、魔導卿家は存亡の危機に立っていた。 魔導卿も御継嗣も王宮魔導院での立場が大きく揺らいでいた事も、執事長の心を重くさせていた事は言うまでもない。




 ―――― しかし、転機は訪れる。




 戦役が終結し平穏が日常に戻ったあと、王城宰相府の命により、『魔導卿家 次男』の所在を明らかにするよう伝えられた魔導卿。 本来ならば、謀反人(・・・)として処罰されるべきところ、宰相閣下を通じた『国王陛下の御裁可』により魔導卿家 次男の『恩赦』が宣下(せんげ)され、『貴族籍』の復籍が叶った。


 次男の頑なで強固な思いを、国王陛下が御認めに成ったと云う証左。 この陛下の御意思に、他家の者達も認めざるを得ない。 この宣下により、地に落ちた『魔導卿家』の世評が一気に持ち直したのも事実。


 が、しかし。


 当の魔導卿家 次男は雲隠れしたまま。 探し出すまでに相当に時間がかかったのも又事実。 驚くべき事に第一王子が側近の近衛参謀が、王国の諜報機関の者達を動かし探索に当たり、従者達を探し出し遂に魔導卿家 次男 を見つけ出すことに成功した。


 そして、御帰還が叶ったのだ。


 魔導卿家は喜びに沸いた。 その御帰還の日、且つて上級伯爵夫人に仕えた者達は、その姿に夫人の御帰還を見た。 見てしまった。 昏い昏い闇の中に差し込む一条の光の様に。 


 そして、狂った。 誤認を…… 天啓を得たと認識してしまう程に。 『奥様』が帰られたと、信じ込んでしまう程に。 結果…… 魔導卿家の次男は、実家に身の置き所を見失う。 縋った相手は、たった一人。 


 そう、北部辺境の下級貴族の子弟、『騎士爵家の三男』である 『朋』 だったのだ。




          ――― § ――― § ―――




 遠く北部辺境域から一通の書状が魔導卿家に届く。 御当主様宛のその手紙。 内容を精査するまでも無く、御次男様の手によるもの。 内容は、当主と継嗣しか知らない。 『親書』の形式を守っていたからだ。 秘匿すべき内容が綴られている可能性は高かった。


 一大事かと、執事長、家政婦長は身構えたが、当主、継嗣ともに苦く笑いながら言葉を口にする。



「 アレらしいな、全く…… 」

「 なにせ、” 天才 ” ですからね、私の弟は」



 と、互いに感想を口にしていた。 ただし、その後 精力的に動き回られた事は周知の事実。 数日もしない内に用意が整ったのか継嗣が執事長へ『公務』を伝えた。


 ― 重要文献輸送任務 ―


 発令先は宰相府。 受令は王宮魔導院。 正式な効力を持つ公文書と共に、継嗣はにこやかにこの任務を請け負っていた。 さらに数日後、全ての準備を整えた継嗣は魔導卿家の玄関先に佇む。 家政を仕切る執事長を前に、朗らかで吹っ切れた笑みを頬に乗せ、軽やかに出立の言葉を口にする。




「じゃぁ、行ってくるよ」


「……お早い御帰りを」


「そうだね。 弟が必要としている『秘匿文書』を持って行くだけだから、時間は…… 多分、掛からないよ」


「御当主様はなんと?」


「元気にしているか見てこいってね。 父上は不器用な人なんだ。 ご自身で行けばよいのに。 醜態を晒した事を今も気に病んでおられるのだよ」


「判ります、その御気持は。 それで…… 御継嗣様が自ら『その文書』を持参されるのですか?」


「あぁ、本来ならば魔法学院の秘匿文庫からの持ち出しは禁じられている物なのだよ、これらの秘匿文書は。 しかし、” 王宮魔導院の第五席が必要とあらば ” と、持ち出しも許可して頂けた。 ただし、責任者は必要だ。 そこで、私…… 研究局 第三席が手を挙げたということさ」


「……それはまた、横紙を破られましたな」


「何かしてやりたいと思っていたのだ。 辺境にも興味がある。 王宮魔導院の奥深くに籠って研究に携わってると、視野も狭くなる。 良い知見を得られるだろうな。 ……さて、いってくる。 継嗣として君に命ずる。 家内の事は任せたよ、執事長」


「御意に」



 馬車の扉が閉まり、遠ざかり小さくなっていく。 執事長の耳に幻聴が聞こえた。 規則正しく時を刻む天桴(テンプ)の音と、軋みを上げて、ようやくその動きを始めた歯車。 馬車の走り去る情景を見詰めつつ、執事長は魔導卿家の刻時器(とけい)の針が、確かに新たな時を刻み始めたのだと……



 そう…… 感じたのだった。





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― 新着の感想 ―
ロミオってる奴らキンモすぎぃー
魔導卿に(正真正銘の)娘が居なくて良かった。 色々ヤバい事になっていただろう。
家中から敬遠されていた中でそれなりに接してくれていた兄ですらあの反応されたら家に居所なんて感じられなくても仕方ない
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