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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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幕間 08 刻み始める 魔導卿家の刻 ①

 


「奥様の最後の御言葉は、あの場に居た者達は決して忘れてはいない」


「そうですね。 しかし、奥様が ” あのような形 ” で御帰還に成られた…… のでは、無かったのですね」


「我等が『そうであった』と思うのは、奥様の意思に反しているのは理解している。 が、それでも、奥様だと認識してしまう程に、似ていらっしゃった」


「執事長様。 ……坊ちゃまが御邸を出られたのは、我等の浅慮が原因でしょうか?」


「皆、奥様の御言葉に囚われていたのだと、……そう思う。 違うだろうか?」


「確かに、そうなのでしょう。 『何時の日か必ず帰ってきます。 必ず…… 』 その御言葉の意味する所を、我等は取り違えていたのでしょうか?」


「もし、本当に御帰還されていたならば、あれ程 愛されていたご家族の元から離れられる事は無いだろう。 あの方は間違いなく坊ちゃんだったのだ。 その事実を我等は、見ようとしていなかったのだ」


「御当主様はどう成される御積りでしょうか? このまま、北部辺境などと言う野蛮な場所に、御次男様を置かれる御積りなのでしょうか?」


「勅は…… それに『諾』と宣せられた。 相応の責務を果たさば、その地位と身分を保証し、その身を置く場所を自由意志で決められる…… と。 国王陛下の御意思なのだ。 御当主様が重鎮たる『魔導卿』と言えど、『勅』に疑念や箴言を挟む事は許されない。 御継嗣もまた、同じだ。 坊ちゃまの報告と成果物の提出は王宮魔導院を通じ王国に報告される。 取り纏め、成果の確認は御当主様である魔導卿の責務でもある。 強く繋がっている…… と言う事だけが、今は…… 心の拠り所なのであろうな」



 魔導卿家。 奥向き。 魔導卿家の家政を司る執事長と家政婦長。二人の顔に昏い影が落ちている。思い起こすは、この状況に至るまでの魔導卿家に忍び寄った数々の禍。魔導卿家の家政を司る者にとっては悪夢の連続。 それを見事に断ち切った者が居た。 



 一瞬の光芒。 亡き奥様の御帰還。



 魔導卿家 次男が自身の名誉を回復し、その貴族社会ではまずあり得ない程の決意を、国府の者達が認めた結果、『恩赦』と言う形で貴族社会に復帰したのだ。 更に、父である魔導卿が長を務める王宮魔導院に第五席の魔導士として職責を与えられる名誉まで頂戴できる事になった。


 深い漆黒の深淵から魔導卿家を救い上げた『慈悲の手』とも言える。 朗らかな笑顔と天真爛漫な性格で、家人はおろか使用人達からの忠誠すら受ける御次男の帰還は、魔導卿家にとって喜びでしか無かった筈なのだ……


 しかし、死の床に就いた魔導卿家 上級伯爵夫人が口にした言葉を、二人はしっかりと耳にしていた。 自身亡き後、魔法と魔法術式に心を奪われている夫を、幼い長子を、生まれて間もない次男を心配して、必ず戻るとそう云われたのだ。



 ―――  全ては魔導卿家の為。  ―――



 そして、夫と可愛い息子たちの為。 息絶えようとしていた夫人の、命の灯が消えいる時に誓った誓約だったのだ。


 王宮魔導院から帰らぬ主人。 まだ幼い長子。 生まれたばかりの次男。


 魔導卿家の家政を司る立場の二人は、夫人の最後を看取るしか無かった。 厨房長がその場にいたのは、偶然だったのかも知れない。 夫人の為に厨房長自らが食事を運んでいたからに過ぎない。 そして、彼も又、夫人の誓約を聴いてしまった一人となった。


 誓いを口にした後、この世界に心を残したまま、夫人は静かに息を引き取った。 眠る様に横たわる姿は、魔導卿家の温かな光が消えた事に他ならない。 すすり泣く侍女達の声がいつまでも執事長の耳に残った事だけは確かだった。


 間に合わなかった魔導卿は、静かに眠る様に息絶えた夫人のベッドの横で、己の未熟さと、如何に夫人に甘えていたかを知る。 魔導卿の心の中に大きく穿たれた虚無。 それを埋める者はおらず、そこから何年も何年も暗闇の中を彷徨い続ける事となった。





      そして、月日は経ち、年を経て…… 





 あの日、魔導卿家の者達は皆、邸の玄関に奇跡を見た。 目の前に立つ小柄でありつつも、大きな存在が魔導卿家に帰還したのだ。 はにかむ様に微笑む表情。 それに反するが如く、凛とした佇まい。 失ってしまった且つての優しく暖かな風が、暗闇に沈む魔導卿家に再び吹き込んで来たような錯覚を覚えたのも無理はない。


   『灯が消えた日』を知る者達は、混乱よりも歓喜に沸いた。


 邸内に一気に明るく朗らかな空気が吹き込まれたような感覚。 真摯に祈り、そして、守られた誓約。 玄関ホールに立った『人物』を一目見て、出迎えた者達は皆…… そう確信した。 ……してしまったのだ。 



 出奔されていた御次男の名を名乗る  ……『奥様』の御帰還を。



 漆黒の深淵に差し伸べられた慈愛の手。 そう認識してしまう程に…… 似ていたのだ。




 時が止まったままの魔導卿家。 様々な『失ったモノ』を嘆く者達により止まってしまったままの、そんな場所に『強い衝撃』が齎されたのだけは間違いは無いのだ。 止まり、固まっていた魔導卿家と言う巨大な刻時器(とけい)は、『進む力』を取り戻した。 『進む力』は、己が征く道を自身で決断し、実行された。 まるで『善き指針』の様に、そして、『進む力』は誰もが持っているモノだと云うかのように。


 執事長の耳に幻聴が聞こえる。


 ” 前を向き、進みなさい。 民を護るのは貴族の在り方。 王国を支える者達に慈愛を向け、大切にしなくては『貴族と誇る事』など無意味なのです。 『魔導』を修める我が上級伯家に於いて、それはより顕著な事。 民に幸せを齎す事が我が上級伯家に課せられた『使命』でも有るのです。 さぁ、征きなさい。 前を向き、力強く。 わたくしは、何時までも見守っておりますのよ。 判りましたか、執事長 ”


 執事長は、巨大な歯車の錆付いた軸が軋みを上げる音を聞いた様な気がした


 長い吐息が執事長の口から漏れ出す。 しかし、まだ、動きはしない。 灯された炎はまだ小さく、暗闇から脱するには、時間が必要なのだ。 視線を床に向けた家政婦長は、身動(みじろ)ぎも出来ぬまま後悔に胸を焼いている。 余りにも深い絶望の闇から、ようやく『光』を見出した者達が、その光を遠く北部辺境に(のが)してしまったと云う『悔恨』は深い。


 表層に囚われて、本質を見抜けず、『光』の意思を読み違えたと、魔導卿家の者達の苦悩は未だ終わりが見えない。 しかし、『善き指針』は示されたのだ。 魔導卿家の時は未だ止まったままなのだが、家人が、使用人が、己の『進む力』を、自身の内側に『まだ存在する』と…… 気付く事が出来るのならば……




 執事長は、予感と気配に小さな『喜びの種火』を胸の奥深くに感じた。




 巨大な魔法陣の起動には、十分な魔力の充填が必要なのは魔導卿家に仕える者ならば誰しもが知っている。 変革の時、動き出す前の静かな時間。 未来へと歩み出す為には、顔を上げねばならない。 行く先を見なくてはならない。


 正しき方向を、光への道に向かって歩む事は困難を極める。


 愚か者の(そし)りを受けても尚、己が信念を貫き通した者がその困難を撥ね退けた。


 そして『その信念』は、正しく魔導卿家の光とも言える『奥様が御存念』で有るのだ。 


 錆付いた魔導卿家の歯車が、確かに揺るぎ出した事に……





      ―――  執事長は気が付いたのだった ―――






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― 新着の感想 ―
勝手に苦しめクソどもがとしか思えんなぁ 本人地獄ぞ?
戻るというのが肉体を伴って戻るのではなく 続く子孫達の血の中に意志が続いてゆくという話かも知れないし、または主人公のように転生かもなのに 亡くすきっかけになった子を遠ざけ、外側が似てたから抱きしめる…
 亡き奥様、本当に戻って来る時が有ったとしても……居場所が既になかったりして。 涙、奥様にも二男坊にも……
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