第一幕 ― 終幕 『魔の森』との共存への模索 ー
「魔の森」神秘の探索者として、自分自身を定義したい。 遠く視線が広がり、天空と大地の間に矮小な自分が居る事を再確認できる場所。 そんな場所なのだ、今の私にはぴったりだろう。
巡る階段を上り、監視塔の最上階に到達する。
青い空と白い雲。 遠くに見える大パノラマは何時もの如く。 風も穏やかで、静かすぎず喧しすぎず。 思考の深淵に自ら飛び込む者にとって、これ以上の環境は無いだろうと、ほくそ笑む。
一脚の椅子に腰を下ろし、周囲に広がる大パノラマを目にしつつ、一人考え込む。 研究者としてではなく、探索者として。 目的を持った探索。 意味ある物体。 試練…… 千々に飛ぶ思考の断片。 眼に写る雄大な景色も、思考の渦の中に薄らぎ、幻影に紛れ巻き込まれて行く。
――――
あの場所で目にした、アレの事に関しての思考を深めていった。 探索の目標は出来た。 朋の様子から、あの場所に渦巻く濃密な空間魔力に対し、何かしらの対策も立てられよう。 私に出来ること、為すべき事、それを考え始めたのだ。
目にした『構造物』を思い浮かべる。
森の中に突如として立ち上がる、巨大な多層構造物。10クーロンヤルドの距離をしても、その構造が目に入った。 アレは…… アレは確かに人工物だ。 前世の記憶が強く私を揺さぶるのを自覚している。 高さ六百ヤルド以上。 真っ直ぐに切り立ち上がっている基部。 途中から緩やかに角度を持ち、頂上に行く程細くなる形状。 更に、中間部に瘤の様に出ている球形の出っ張り。 そこに穿たれる幾つもの規則正しく並ぶ穴。
――― 人が『住まい』『暮らし』『働く』場所だ。
複合重層高層建築物のように見えたのだ。 前世の記憶の中に幾つもの似たようなビルが思い浮かぶ。 いや、その記憶の中の構造物の複合体とも言えた。 私の記憶の中にあれ程に『巨大且つ複合的』な構造物は無い。 幾つもの記憶の中にある建物を繋ぎ合わせ積み上げた様なモノでも有った。
それが、自然と拮抗し、想像を超える年月を超えても倒壊しないとは…… 一体、何者がアレを建築したのか。 前世の知識や常識ですら、説明できるモノでは無い。 全く未知なるモノだ。
あれだけの巨大構造物ならば、その足元にどのようなモノが有るのか。 広大な街を想像する。 近くに寄らば、高層建築物はアレ一つでは無いだろう。 あの塔の近くは盛り上がる『魔の森』の樹々の樹冠は、幾層にも重なって見えた。 まるで、湧きあがる雲の様に。 そう観察できた。
つまり、相応に高い建物群が森に沈んでいると推察されるのだ。 前世で云う都会のビル群とも言えよう。 いや、あれ程密集した建物群など、私は知らない。 もしかしたら、あの磐座の足元はすでに、その勢力圏となっているのかも知れない。
きっと古エスタルの街が『丸ごと一つ』森に沈んでいるのだと…… 推測できる。
古の人々の日常を今に伝える姿がきっとそこに有るのだろう。 あのエスタリアンが『禁足地』として指定している程の場所でもあるのだ。 罪を犯した者達が住んでいた『穢れた都市』。 何が在るのか判ったモノでは無い。 空間魔力が極端に濃い場所でも有る。 魔力そのものが、何処かの施設から吹き上がっている可能性すらある。
それが何を意味するのかは、今のところ分からない。 判らないが故に、想像をたくましくできる。
推察が加速し、一つの推論を得る。 古エスタルに於いて、あの都市で何らかの研究が行われ、実験し、検証され、そして事故が起こった。 あの場所は、あの場所こそは…… エスタリアンの『原罪の証』なのだと。
風が頬に当たる。 ドカリと腰を下ろした椅子が微かに軋みを挙げる。 見上げる視線の先には無限に広がる空が有った。 且つてこの世界に存在したであろう文明の残滓を…… 私は探索する事に成るのだと。
その為には、『魔の森』を理解せねばならない。 『森』と敵対するのではない。 敵対すれば『森』が私達を拒否する。 拒否されてしまえば、古エスタルの神秘には絶対に届かない。 エスタリアンの長老達との邂逅すら望めなくなり、古エスタルの『罪』とエスタリアンの『罰』を、知る術も無くなる。
世界の真理など、届こう筈も無い。 『安寧』から遠ざかるばかりとなる。
『私の本懐』は遂げられる事無く、私は『無明の闇』に沈み込む。 それは、許容し得ない。 ならば、どうすれば良いのか。 一つの『確信』が私を捕らえた。 そう……
―――― 『魔の森』との共存への模索 ――――
それこそが、世界の真理に達する唯一の道なのだと、そう理解した。
理解した事は間違いないと確信した。
何故ならば……
心地よい風が、髪をさらい、撫でる様に吹いていた。
誰かの手により、頭が撫でられるような感覚に、気持ちが穏やかに成る。
まるで、「よくできました」と、言って下さると、思える程に。
高次の神聖なる方が “ 誉めてくださる ” かのように
――― そう、感じたのだった。
第一幕 終幕
©龍槍 椀
第二部 第一幕 終幕
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幕間を挟み、第二幕へと続きます。 どうぞよろしくお願いいたします。




