――― 探索行の在り方 ―――
陽が落ちる前に、『橋頭堡』に帰還して、身の回りの整理をする。 当然風呂にも入って身を清める。 流水は魔力を流すのだ。 入浴が魔力酔いには効く。 新たに手に入れた知見でもある。 持ち回りで食事の用意もする。
冷えて堅い行軍携帯食では無い、温かい食事は明日への活力にも成るのだ。 温かいスープと、肉料理。 俄然、皆が元気になって行くな。 重畳、重畳。 ようやく人心地が付いた。 疲労と魔力酔いは、体力を限界まで削るのだ。 あの場所まで歩くのは、相当にキツイ。
それに、魔力酔いの症状が強く出たのは、内包魔力が少ない兵達だった…… あの環境では『魔力酔い』が最大の敵か……
何としても、対処方法を模索しなくてはならない。 重き任務なれど、兵を使い潰す様な事をしては成らないのだ。 『橋頭堡』の食堂で夕食を皆と囲みつつ、探索行の問題点を探る。
口々に言葉にするのは、あの濃密な空間魔力量。 足を踏み入れる場所では無いと云うのが大勢だった。 しかし、あの場所を踏破しなくては、その先には進めない事もまた事実。 嫌がる人間に、死地に飛び込めとは言えない。 ならば、どうするかを考えねば成らない。 課題は難解で、解法の糸口も未だ見えない。 闊達に議論を交わしている兵達を見つつ食事を取る。 一人の古参兵の曹が言葉を紡ぐ。
「しかし、隔世を感じますな。 私が若いころなど、この『橋頭堡』が作られた『中層の森』の入り口など、別世界でありました。 強大な魔物が居り、人を餌としか思わぬ魔獣が闊歩する中層の森。 そんな中に生きている間に到達できた事など、若い頃の私に云っても鼻で嗤われましたでしょうな。 小道を整備し、『橋頭堡』を造営し、「中層の森」に足跡を刻む。 指揮官殿は、それも、一つの『通過点』としか考えておられぬ模様。 これから先、何処へ連れて行ってもらえるのか、楽しみでなりませんな、指揮官殿」
朗らかに笑う強面の曹。 確かにそうなのだ。 諦める事はしない。 それは、多分…… 私の本懐とも云えるのかもしれない。 民に安寧を齎す為には、『護り』だけでは不十分なのだ。 『魔の森』と言う脅威に対し、抵抗する為には『魔の森』の事を知らねば成らない。 奥へ、奥へ…… 深層域最奥までも踏破せねば、『魔の森』の真実には到達しないだろうと思っている。
「そうだな。 諦めるという選択肢は無い。 高密度の空間魔力に関しては、『砦』に居る朋にも相談しよう。 才豊かな彼ならば、何らかの光明を見出してくれるかもしれない」
「そうですな。 『面体』でしたかな。 アレは良い物だ。 あれ程の高密度の空間魔力の中でさえ、楽に息が出来るのだから。 アレが無ければ、行程の半分も行かぬ間に『魔力酔い』で動けなくなっていたでしょうな。 惜しむらくは……」
「惜しむらくは?」
「ちょっと小さい。 顔に張り付ける様にとの思召しでは有ったが、何度か浮き上がってしまってな…… いきなり魔力を吸い込んでしまい、クラクラしましたよハハハッ!」
「個人差の問題か。 判った。 今後の参考にさせて貰う」
「善きモノなのですがね」
そうか、問題点も有るのだな。当初の計画では明日も探索を、と思ってはいたが、見かけは回復したが『魔力酔い』の症状は潜伏するのだ。 無理や無茶は絶対に御法度なのだ。
空間魔力の薄い『橋頭堡』ならば、十分な休養を取る事も出来る。
なにせ、まだ、此処は『浅層の森』の最奥なのだ。 森の端を抜けるまでは、何が起こるか判らないのだから。 私は飛び抜けて優秀な訳では無い。 勇者の様に、英雄の様に、救世主の様に、聖騎士の様に…… 振舞う事など出来ないのだ。 地道に、少しずつ着実に…… 進んで行くしか方策を知らない。
だが、決して諦めない。
辺境の漢の “ しぶとさ ” は、生来の性格であり、昏い過去を背負った前世の私の『習い性』とでもいうモノだ。 この世界に生まれて、良い方向に作用していると云っても過言ではない。 だから、今は前だけを見て進んで行こうと思う。 障害を乗り越える為に知恵を付け、力を借り、一人で出来ぬ事ならば、衆知に頼ろう。 人が一人で出来る事などたかが知れているのだからな。
状況にへし折れ掛けた私の心は、特任隊の皆との食事で癒された。 多分だが…… 問題が解決できるならば、また、ついて来て呉れような。 朗らかに笑う兵達。 ……その『気概』は受け取った。
――――
一日の休養日を取った後、私達は『砦』への道を辿る。 『橋頭堡』から魔導通信機で『砦』に緊急事態が入信していないかどうかも確かめた。 至って平穏が続いていると、そう “ 応え ” を貰った。 先ずは一安心。 攻めと守りを天秤に掛けた様な事になってしまったが、何とか均衡は取れているようだ。
安全に配慮しつつ『砦』への道を急ぐ。
輜重隊が使う荷馬車が通れるようになった『魔の森』浅層域の小道。 随分と移動時間を短縮できるように成ったモノだ。 盛んに周辺を『索敵』している兵達も、誰一人欠ける事無く帰還の途につけるのだ。
――― 喜ばしい事なのだ。
極力避けた戦闘では有ったが、それでも尚何度か征く道の障害となる魔物や魔獣を討伐した。 勿論、魔石をそのままにして置くと、魔蝮のような事が起こる可能性も理解しているので、輜重隊も含め皆で解体し魔石と素材を取り出した後、土魔法で穴を掘り、火炎魔法で焼き、そして埋葬した。 相手は『中層の森』の魔獣や『浅層の森』深部の魔物や魔獣。 魔石も相当な大きさと輝きを持っていた。
一部は『寄り親』たる上級女伯へ上納せねば成らぬ程の輝きを持っていた。
つまり、それだけ強いのだが…… 射手の致命の一撃と猟兵の武技で、なんら困難を感じることは無かった。 つまり、騎士爵家の遊撃隊の実力がそこまで向上したという事なのだ。 彼等が精強であるならば精強である程、騎士爵家の支配領域には安寧が訪れる。 生涯の誓いは、徐々にだが形になりつつあると、そう確信できる事だった。 おかげで、荷馬車には大量の『魔物』『魔獣』由来の素材が積み込まれ、帰路が徒歩となってしまった。 しかし、思わぬ副産物が手に入った。 これもまた、『善き事』なのだ。 それに……
朋に頼みごとをする為には、相応の対価を支払わねば成らないのだ。
『浅層の森』を抜けるのは、およそ『半日の道程』だった。 『森の端』の邑で休むことなく『砦』へと向かう。 もうここまで来たら安心しても構わない。 騎士爵家の支配領域を縦横に走る街道を使い、『砦』へと帰還できた。
―― 想定以上の早さでだ。
休養日を取ったとしても、特任部隊の疲労は目に見えて明らかだった。 すぐさま解散を命じる。 原隊復帰する前に、十分に休養を取る様に命じた。 「魔力酔い」は後から何らかの後遺症が出る。 兵を疲弊させてまでも行う探索には、意味と価値はない。 私は、そう信ずる。
『魔の森』の神秘への挑戦とは、日常の延長上に在らねばならない。
我々は前世の物語の様な、『特別な者』では無いのだ。 敢えて言う、私を含む騎士爵家支配地域に生きる者達は、至誠を以って王国と国民の安寧を護る『凡人』なのだと。
――― 全ては、日常の延長上に在らねば、『目的』を達する事など、出来はしないのだ。




