――― 敗残兵の末路 ―――
「酷い……」
そう呟いたのは射手第一班 班長の彼女。
たとえ、遊撃部隊の射撃兵とはいえ、目にするべきモノでは無かった。 綺麗事を言うつもりはない。 遊撃部隊を指揮し、魔物魔獣を討伐する私達に『死』は身近なモノだ。 そして、戦役に於いては、帝国に『教育』を施した。
死地に自ら入らんとする者は、自身の死を覚悟せねば成らぬ と。
しかし、目前に広がる惨状は、私の想像を超えていた。 フォレストストライダーの横転で潰れた兵員輸送籠の圧死で亡くなった兵はまだ幸運だった。 少し後、我等遊撃部隊が残置処理の為に訪れ、出来る限りは埋葬した。 が、生き残ってしまった者達は別だ。
彼等に対しては、侵攻手段を失った時点で遺恨は無い。 敗残兵として見なした。 そして、彼等を捕虜とする事は出来ない。 彼我の戦力差がそれ程大きかったからだ。 帝国の虜囚として扱われていたエスタリアン達を保護する事が精一杯、私達が成せた事。
後は見逃すしか無かったのだ。 処分は『魔の森』に任せると云う、見方によっては戦闘放棄に繋がりかねない遣り口を執った。 そして、期待したのだ。 将が兵を纏め、魔物魔獣が帰ってこない『黄金の時間』を用いて、組織立って帝国領に逃げ帰る事を。
帝国将兵は戦地に於ける自身の非道さを自覚していた。 故に、王国側に逃げると云う考えを持っていなかった。 敗残兵の扱いがどの国より酷いのが帝国と言う国なのだから。 自身の成した事が、自身に帰ってくるとなると、そう云う判断をしても可笑しくはない。
少なくない戦友を無くし、更に生き残った上官に帝国への帰還を命じられたと思われるのだ。
―――
折り重なる魔獣に喰われた死体、死体、死体。 五体満足にその骸を晒す遺体は無い。 一切無いのだ。 延々と続く帝国への道のあちらこちらに、そう云った骸が塚のように打ち捨てられている。 腐敗しきった骸から得体の知れない蟲が這い出てくるのは、見ていて気分の良いモノでは無い。
彼等とて、この世に生を受け生まれ出た者達。 愛する者も大切な者もいたであろう事は間違いない。
戦力差が有り過ぎる為に、彼等の処理を『魔の森』に託した張本人は私なのだが、これ程の惨状となるとは思っていなかった。 せめてまともな指揮官ならば、出来るだけ兵を集中させ、全方位に注意を配り帰還の道を模索するものだと思っていた。 それが指揮官たるべき姿であり、兵の命を預かる者の『責務』だと、そう思っていたのだ。生き残り全部は無理だが、ある程度は『黄金の時間』内に帝国本領まで踏破できると踏んでいたのだが……
それがどうだ……
使い捨てられるように兵達の命は、上級職の『肉の盾』となり深き森の道ならぬ道の上に骸を晒している。 それが判るのは、其処此処にある骸に残された装具が『一般兵』や『軍属』のモノ。 重装歩兵の装具など、何処にも無かったのだ。 つまり、生き残った上層部は下級兵を『肉の壁』、つまり魔獣達の餌として己らは逃散したとしか考えられなかった。 つまり…… 『精強なる帝国兵』は、” 強権 ”を持つ者が力を背景に兵達に犠牲を強いる集団だったという事だ。
王国人の思考とは相容れぬ訳だな。
王国は人を大切にする。 才を愛し、伸ばし、見つけ出す事に重きを置くのだ。 私も錯誤していた。 あまり、勝算は無いが頑張れば『黄金の時間』内に帝国兵達は将に率いられ帝国支配地域まで残兵達は、帰還できると思っていたのだ。 それがどうだ…… 目の前にある、幾つもの骸の塚。 下級の者達が上級の者達の『肉の壁』として最後まで留まる事を強いられ、為す術もなく死に落ちた。 たとえ、その余裕が無かったとしても、『追撃戦』をしなかった意味が失われていた。 『教訓』にすら…… なりはしなかったという事だ。
私の口を突いたのは、哀れなる帝国兵達への手向け。
「……埋葬しよう。 このままでは、遠き時の輪の接する処には行けぬ」
「はい」
「土魔法を使える者は申し出よ。 共同埋葬をする。 遺品の回収はしない。 彼等の持ち物には絶対に手を出すな」
「「 応 」」
惨状が散見された『帝国へ続く』森の道…… あまりの光景に言葉も無く、黙々と土を穿ち、火を放ち、埋めていく。 幾つも、幾つもの骸の塚を森の大地に戻し、そして祈る。 彼等の魂が輪廻転生し、次なる刻は安寧に平和に幸せにその生を全うできるようにと。 戦争は人命を軽くする。 特に下々の者達の命が、軽んじられる。
辺境に生きる者ならば、一つの命の可能性について、痛い程に理解している。 その者がどの様な生き様を見せるのか、何を成し何を残すのか。 森を切り開き、寸土を獲得し、耕地を得、黄金の実りをもたらす事も有るのだ。 野獣を狩り、魔獣を狩り、魔物すら狩る、優れた狩人にも成れるのだ。 人に歓びと安心を齎す神官にも、生活を豊かにする物を商う商人にも、有益な道具を作り出す工人にもなり得たのだ。
こんな益体も無い事で、可能性に満ちた命を失うなど…… 度し難い。 誠、度し難いのだ。 朋が何ゆえに、あれ程人を殺す魔道具の作成を嫌がるのか…… 魂から理解出来た。 この光景を彼は見た事が有るのだろうか? それとも、別の事柄で看破したのだろうか?
戦いに身を置く私なれど、人と人の闘争だけは何としても避けようと、そう心の底から誓った。
日は暮れ、辺りが暗くなり始める。 もう、これ以上奥には進めない。 既に『黄金の時間』は過ぎ去っている。 偵察任務を担っている兵から、幾度も注意喚起の声が聞こえている。 夜行性の魔獣の反応が『索敵魔道具』の索敵範囲に引っ掛かっているのだ。 これでは前には進めない。 幾度も続いた『埋葬』に、進んだ距離はそう長くはない。 決断の時だ。
「総員、橋頭堡へ帰投する。 これ以上の夜間探索は無用の危険を伴う。 転進! これより帰投する」
兜に組み込まれた『念話機』が、部隊全員に命令を行き渡らせる。 直ちに行動に移る部隊の者達。 凄惨な光景に胸を痛めていたのか、誰も軽口一つ叩かない。 極めて速い速度で、今日一日に進んだ距離を引き返す。
真っ暗な森の中を沈黙を守り、極力音を立てぬ様に我等は
橋頭堡へ続く道を辿って行った。




